第4話 鶴





幼いころ、母はいつも“千代紙”で折り鶴を折っていた。

器用な人で、小さな紙から花や魚や星まで作ってしまう。


「願いを込めて折ると、紙はちゃんと覚えてくれるんだよ」


母はそう言って、折り鶴を窓辺に並べていた。


私は、それを信じていた。

紙に触れると、願いが形になる。

だから、私はいつだって母のそばにいたくて、小さな手で真似をした。



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母が倒れたのは、小学校の卒業式の数日前だった。

病院に行くまでのあいだ、家は静かで、季節がどこかへ行ってしまったみたいだった。


病名はあまり教えてもらえなかった。

ただ、「長くはない」と言われたことだけを、やけにはっきり覚えている。



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それからの数年間、私は紙を折り続けた。


千羽鶴も、意味があるって信じていた。

でも本当は、鶴を折るたびに“自分の心”を折り込んでいたのかもしれない。


母は、静かに笑う人だった。

苦しい日も、つらい日も、何も言わずに「折ってくれてありがとうね」と、ただそれだけを言った。


だから私は、「泣くのは失礼」だと思った。

泣かないことが、母を守ることだと。



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母が亡くなった日。

私は、ただひとつだけ鶴を折った。

少し分厚い、真っ白な千代紙。

小さな金の花模様が入ったそれを、ゆっくりゆっくり折って、両手で包んだ。



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今、私は大人になって、ひとりで暮らしている。

ふとした拍子に、千代紙を見かけた。

手が勝手に折り始めたのは、たぶん習慣なんかじゃない。


気づけば、白い鶴ができていた。

掌にのせると、どこか温かかった。


その瞬間、胸の奥からこみ上げたものがあって、私は初めて気づいた。


私、あの日から一度も、ちゃんと泣いてなかった。



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鶴を胸に抱えて、私はしゃがみ込んだ。

涙が、止まらなかった。


それは、悲しいからでも、寂しいからでもない。


ただ――

“ずっと、好きだった”と伝えたかっただけだった。



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折られた鶴の羽が、泪を吸って柔らかくなっていく。

願いが滲んで、紙に染みていくみたいだった。


そうして今日も、ひとつの鶴が静かに羽を閉じた。











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