第2話 誓




あの日、降りそうで降らなかった空の下で、

君は「ここで待ってるから」と笑った。





夏の終わりだった。


バス停のベンチには、少しガタつく音がする木製の椅子。

隣に並んで座るには少し距離が近くて、でもそれが嫌じゃない関係だった。


遥(はるか)と拓海(たくみ)は、二人とも高校三年生。

塾の帰り道、ちょうど同じ時間にバスを待つようになったのが、出会いのきっかけだった。


別に「好きだ」と言ったこともない。

付き合おう、とか、そんなこともなかった。


ただ、毎週火曜と木曜の午後八時半、ふたりは黙ってそこにいた。

コンビニで買った麦茶を交互に飲んだり、どうでもいい話で笑ったりした。


ある日、彼が言った。


「もし大学決まったら、ちゃんと伝えようと思ってることある」


「ふーん。じゃあ、あたしはそれまで“ちゃんと”待ってる」


それが、約束だった。

たったそれだけの、言葉のない約束。



---


冬が来て、春がきて。

そして、夏がまたやってきた。


遥はひとり、あのバス停に立っていた。


片手には、麦茶のペットボトル。もう片方には、なにも持っていない。



---


拓海は、その春に事故で亡くなった。


滑ったトラックに自転車ごと巻き込まれたと、新聞に載った。


連絡先も、家も知らなかった。

お互い、本当にただ“バス停の顔見知り”だったから。


でも遥にとっては、あのバス停が、たしかに世界だった。



---


その日、遥は静かにベンチに座った。

誰もいない道。バスは来る気配もない。


ポケットから、手紙を出す。


――本当は渡すはずじゃなかった。

でも、彼がいなくなった春から、どうしてもこの“未完成”を持ったまま生きるのが苦しかった。



---


> 「拓海へ」


火曜と木曜だけ、ちゃんと来てたね。

麦茶も絶対、午後のやつだった。変なこだわり。


あんたが言いたかったこと、なんだったんだろうね。

伝えようと思ってくれてたってだけで、

ちょっと救われてたよ。


わたしは……多分、ちゃんと好きだった。


バス停って、毎日来る人変わるのに、

たったひとりを待つ場所にもなるんだね。





---


手紙を小さく折って、ベンチの下に押し込んだ。


誰かに拾われてもいい。読まれなくてもいい。

ただ、“ここ”に置いていくことだけが、遥にできる唯一のけじめだった。


ゆっくり立ち上がって、バスの時刻表を見る。


次のバスは、19分後。


……ちょっと待ってみようかな、と思った。




その空の下、何も言わずに別れたふたりの“もしも”が、今もベンチの隙間に息をひそめていた。


遥は俯きながら、小刻みに震えたまま微笑んだ。


バス停に、泪がひとしずく、音もなく落ちた。










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