終わりの始まり

朝日が世界を照らしている。少女の住む街も、目を覚ます時間だ。しかし、街は異様な静けさに包まれている。

家を後にしたし少女は、ローファーの踵を鳴らしながら閑静な街中を歩いて学校へ向かっていた。登校するにはまだ随分と早い時間だったが、これが彼女のルーチンワークであった。既に太陽はのぼり空も大分明るくなっているが、街はいまだに眠ったままであるかのように静かだった。時折見かける通行者たちも、およそ起きているようには見えず虚な瞳で足元も辿々しかった。少女は何度も見かけているが、この通行者達のことは未だに慣れることはなかった。しばらく歩いていると大きな交差点に差し掛かった。そこは、様々な飲食店などが軒を連ねる場所でかつては学生や仕事帰りの社会人、主婦達に人気のエリアだった。しかし、今ではその繁栄は見る影もない。殆どの店は窓が割れ、荒れ果てた様子ですえた臭いが充満していた。少女は、家を出る時に付けていたマスクを装着して交差点に向かう。交差点のさらに向こう側に彼女の通っていた学校があった。交差点内には多くの歩行者がいた。彼らは皆、虚な瞳でと辿々しく歩いており体の一部分が腐敗し酷い臭いを放っていた。少女は、この光景を見るたびに、あの日のことを思い出していた。

 

1年前のことだ。それは私が住む街のローカルニュースとして地域誌の隅に小さく掲載されたある事件だった。誰もが見落としてしまうほど小さな記事が、世界を巻き込むうねりになることはまだ誰も知る由もなかった。その事件は人が人を襲ったというありふれた物だった。しかしただの傷害事件ではなかった。襲われた人物が数日後に気でも触れたかのような様子で別の人を襲ったというのだ。暫くして同様の事件が、今度は大きく取り上げられた。また暫くすると再び同様の事件が発生し、取り上げられた。事件が起きる頻度が増え、この事件は全国的に報道された。

私の父は家族観において原理主義的な思想を持っていた。家族は自らのステータスであり、それを傷つけよう物ならば酷い折檻をする様な人だった。とりわけ他人の尊厳を踏み躙る事を好み、私に対しても自らの威光を私に刻み込む為に行為に何度も及んだ。そして、面倒が起これば悉くそれを処理した。そんな父を母は崇拝していた。まるで父は神であるかの様に敬い天使の様に父を愛した。およそ良家の令嬢とは思えない程の体たらくだった。この事件をきっかけに元々狂人だった両親が一層狂い始めた。週刊誌などはこの事件を猟奇のカルト集団による儀式的事件として陰謀論と絡めて面白おかしく取り上げた。

政府が事態の収拾のために原因を究明しそれを周知してもその勢いは増すばかりだった。政府の発表したこの怪事件の真相は、新種の感染症によるパンデミックの一種だという物だった。この感染症による為に人が人を襲いだし、ゾンビパニックの様な状況を引き起こしているとした。この感染症は感染力が非常に強く、感染者の体液が自身の血液中に混入するだけで感染すると言われた。しかし、適切なワクチン接種などにより感染リスクは著しく減らせることも同時に解明され、人々は恐ろしくはあったがこの状況に順応しつつあった。だが、両親はそれを断固として信じようとしなかった。それどころかこれは政府による人口減少政策だとか第三国による生物兵器攻撃だとかそう言った陰謀論を仕切に語るようになった。

あの頃の私の世界は両親だけだった。あの狂人の住まう魔窟が私の世界の全てだった。

そうして私は狂人達に殺された。確かにそのはずだった。

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