地獄の檻

少女は、静かに目を開けた。一瞬思いを巡らせていただけの筈だったが、数分あるいは10数分その場に立ちほうけていたようだった。交差点内には随分と感染者が溜まっている。普通ならばただ突っ立っているだけでも即座に襲われてしまいそうな物だが、奴らは少女に見向きもしない。それどころか目の前を通り過ぎてもまるでそこにいないかのように無関心だった。奴らが彼女に対して無関心であるということに気がついたのは幾度目かの”あの日“だった。

件の事件から十数日経過した頃、自治体と政府は協力して地域住民に対するワクチン接種を押し進めていった。多くの住人はそれを望み政府の用意した施設へと移っていった。しかし、私の家族をはじめとした一定数の住人達は断固としてそれを拒否し政府により化け物にされると信じた。私は勿論そんなものを注射されることは無かった。それからはまさに地獄絵図だった。道を歩けば日増しに臭気が強くなる。見知った顔が次の日にはすでに化け物になっている。どれだけ国家の陰謀を信じようとも抗いがたい現実が既に目の前にあった。父は、そのような状況に日に日に苛立ちを募らせていき私に何度も当たり散らした。母は母で、自分の作り上げた”神様”へのお祈りの時間がどんどん増していった。

最初の事件からひ1ヶ月ほど経った頃、周辺地域全体に緊急避難命令が発令された。この街、そして周辺地域における感染者が外へどんどん流出し、芋づる式に感染者が増えていっていたのだ。事態を重く見た政府は2週間後に該当地域に対して“滅菌作戦”を行うことを発表した。父やそのシンパは怒り心頭と言った様子で、毎日のように抗議デモを行った。それはもはや暴動の域で、警官隊や政府関係者達は治安維持にあたるより他なかった。そのような状況になり、今まで街に残っていた住人達は一斉に街から逃げ始めた。相変わらず毎日の様に抗議活動を父は行っていた。しかし既に街にはほとんど誰もおらず、治安維持に当たっていた警官隊ら含めて生存者はほとんどゼロだった。明日には“滅菌作戦”が発動する為、避難誘導や治安維持も切り上げ既に撤収していた。ゴーストタウンと化した街に、父は私と母を連れ出した。それはただ父が自らがどれだけ正しいかの高説を垂れるだけでなんら中身のないものだった。同じく中身のない母はうんうんと頷きながら聞き入っていた。私は父の言っていることがわからなかったし興味もなかった為、ほとんど聞いていなかった。父はそのことに腹を立て、私に対していかに自分が素晴らしいかの演説を始め私がいかに愚かで無能かの説教し始めた。数分が過ぎた頃、父の出す声に引き寄せられたのか無数の感染者が私たちの周りに集まっていた。彼等は生きている者を襲う習性があった。父は、彼等に対して説得をしている様だったがそれも虚しく彼等は止まらなかった。父は凡そ人として、親として最低な行動をとった。近くに立っていた私を彼等の前に突き出したのだ。その隙に両親は逃げるつもりだった様だ。しかしどういうわけか彼等は目の前にいた私には目もくれず両親に向かっていった。私は呆然とただ2人の悲鳴が遠ざかっていくのを倒れ伏しながら聞いているだけだった。

私は来た道をまっすぐ戻り、家に帰った。玄関の鍵は掛かっておらず、廊下や壁紙などは泥や血で汚れていた。リビングへ行くと傷だらけの両親がそこに居た。父はソファに力無く座り込んでいたが、私の姿を見るや否や立ち上がり私を殴りつけた。どうやらこの男は私は政府のスパイで自分達を殺す為に派遣されてきたと言った内容の事を吐き散らしながら何度も私を殴りつけた。虫の息の私を見下ろし、父は非常に重厚感のある置き時計を持って私の頭の上に膝立ちになった。そうしてそれを、思い切り私の頭に振り下ろした。

その日から、私は殺される度に1日前にタイムリープする様になった。私は、地獄に囚われ続けることになった。


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