11. それでもオレはオレでいたい 前編

「……知ってたんだ」

「え?」

「そこまで手回らなかったんだ。もうごまかしても無駄だね」


 別人のように冷ややかな口調。けど、顔を上げたときに見せたいたずらっぽい笑みは、普段オレたちに向けるものと同じで、逆にそれが不気味だった。


「お前……綾乃、だよな?」


「誰なのか、もう、わかってるんじゃないの?」

 綾乃はそう言って冷笑した。


 タクトの生意気な口調が頭の中でリフレインした。思い出しちまったんだ。


——時代に合った記憶を作って、こっちの時代でずっと暮らしていたように思わせるくらい、わけない。

 だから、記憶は本物も同然。


「嘘、だろ?」 

 すがりつきたい思いで、オレは綾乃に尋ねた。


「ごめんね、板橋くん」

 ポツンと言った綾乃の一言が、耳の中で何度も繰り返される。


「冗談キツイよ」

 タクトのいう記憶操作者、それが

 ——綾乃だったんだ。


 そう気づいたとき、オレは、なんでか、笑ってた。


「ごめんね。キミを苦しめるつもりはなかったの。だから、そんな顔しないで」


 声を掛けながら、綾乃はオレに寄ってくる。

 わずかばかり視野に入った綾乃の顔は、哀れむような目をしていた。狂ったと思われたのかも知れねえ。自分でも気味が悪いくらいだった。


「別に、壊れてねーから」


 頭がおかしくなったわけじゃない。ただ、笑いたかっただけだ。


 タクトに言われた時は、どっかで笑い飛ばしてた。

 親の顔はもちろん、今までの友達の名前からガキん時の悪戯まで、当たり前のように覚えているんだ。 


 まして、操られていたことも知らずに、そいつのことが気になっていたともなれば。


 ……あまりにも間抜けすぎて。笑うしか、ねえ。


 今までのオレは、一体何だったんだ?


「こんなに早く気が付くなんて、思ってもいなかったよ。『板橋』くんがこっちの世界でも不自由しないように気を遣ったはずなんだけどな」


 綾乃は相変わらず笑っている。何も疑わずにいた馬鹿さ加減がおかしかったのか、それとも、戸惑っているオレが、よほど滑稽にみえたのか。


「信じられない、って顔してる」

「あっさり受け入れる方がおかしいだろ。……お前の言うとおり、オレの記憶が作られたものだとしたら、オレは一体何なんだ? 本当の将介ってのはどこにいるんだよ?」


 綾乃はしばらく黙っていたが、口元に何か余裕めいた笑いを見せるとゆっくりとオレを見上げた。そして言った。


「キミ以外いない。……ただ、持っている記憶が違うだけ」

「……」

「生まれてからずっと、キミはキミなんだよ」

「……意味わかんねーって!」


 違う! オレにあるのは、京子や司と一緒にいた生活だ。

 綾乃が作った記憶を持っているのがオレなら、作りモンじゃないもう一人のオレがいる、ってことだろ。 


 なら、オレは何処にいた? 何処で何をしていたんだ? いきなり生まれたとでもいうのか。


「ガキん時からずっと三人で育ってきてんだ。勉強ばっかで、大して面白いことなんかねえけど、それなりに楽しんできた」


 握り込んだ手のひらに馴染んでいる爪の先。この手の感触はオレしか知らねぇ。


「……けど、これが全て嘘だとしたら、元のオレ、何考えてたんだよ。何も出てこねーんだよ」

 綾乃は、戸惑う仕草もなく、言った。


「じゃあ聞くけど」

 宿題の解き方を教えるようなテンションで、続ける。


「——どこからどこまでがキミなの?」



 オレは咄嗟な返事ができないでいた。


 どこからどこまでがオレ?


「新しいものを覚えた分、使わない記憶は忘れるでしょう。しばらくプレイしていないゲームを久しぶりにやると、思うように手が動かなかったり」


 まぁ、あるな、こんなに腕落ちてたか、って。ちょっと悔しくなる。


「でも、自分じゃないなんて思わないよね」


 彼女はいつもオレが見る綾乃とそっくり同じ顔を作った。時々オレが掃除をサボった時に見せる微苦笑だ。とはいっても、今となっちゃ、本当に見たのかすらわからなくなっちまったけど。


「その繰り返しと思えばいいんじゃない? どこまでいっても、キミはキミなんだよ」


 思わず納得しそうになった。が、なんか、答えがずれてる。

 いや、すり替えようとしてる?


 記憶が積まれて、人格になる。まぁ、そこは知ってる。


 そうじゃなくて——


「全部、作られた記憶だったとして。それでも……『オレ』って言えるのかよ?」

 

 綾乃はゆっくり笑って、少し考えた後、また当たり前のように続けた。


「記憶の書き換えって、誰かの干渉で起こるんだよ。褒められてやる気を出したり、誰かに傷付けられて無理に忘れようとしたり。全部、自分じゃない誰かに作られてると思わない?」

 

 でもそれは、無意識だけど、自分自身がやってることじゃねーか。

 そう言い返そうとした。


「たとえ嘘だって、受け取る側が信じれば、本当になる。信じたものを無意識に選び取ってできたのがキミ」 


 ……もっともらしい事言うなよ。 


「なら、オレが自分で選んできたもんなんて、……ほとんど、ねぇじゃねえか。

……実際にはいつからオレはここにいたんだ?」


___________


ここまで読んで下さった方、

読むのに時間使ってくれてありがとうございます。

将介が飲み込んだ怖さや覚悟、少しでも胸に残ったなら、ぜひ感想や星で声をお聞かせください

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貴方の声で、ストーリーが変わることもあるかもしれません。

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