9.信じたいこの時間
奴の記憶が消されて、代わりにオレの記憶が埋め込まれただって? はっ、馬鹿らしい。幻か? 全て!
そんなわけねえよな。今まで十六年間、オレはずっとこの体で生きてきた。ガキのことなんか知らねえし、周りはオレが板橋将介だと認めてくれている。
「……知らねえよ、あんな奴ら!」
辺りの視線が全てオレに向けられていた。頭の中で毒づいていたつもりが、声に出ていたらしい。
「こんなとこまで来ちまったんだ」
目的もなしにひたすら歩いて、駅前通りを歩いていた。
オバさん連中が肉屋に行列を作り、世間話に花を咲かせている。見慣れた商店街。ガキの時、散々お使いに行かされた。
「どうすっかな……」
目的も何もありゃしねえ。財布や鍵も置いてきた。あるのはポケットに突っ込んであった皺だらけの千円札だけだった。
「……介!」
通りの向こう側で声がする。やたら元気で小学生のごとく無邪気な声だった。
「ん?」
「しょーすけー! こっちこっち」
顔を上げたら、京子が大きく手を振ってこっちに走ってきていた。後ろには司と綾乃がいる。あいつら、なんでこんな所にいるんだ?
……そういえば、四時に約束したんだっけ、すっかり忘れてた。丁度、鉢合わせちまったんだな。
「将介、用事済んだの?」
「あ? ああ、まあ」
「やったぁ。将介も行けるって!」
笑いながら、京子はオレの隣に肩を並べた。一緒に遊びに行くものだと、何も疑っていない眼。
こいつの中のオレの記憶って、どうなってるんだろう。二ヶ月前もこんなふうに話していたのか? それとも、話していると思い込んでいるだけなんだろうか。京子も、オレも。
司とは幼稚園からずっと遊び続けてきた仲だった。……はずだ。
京子、この口うるさい女も昔からこの調子で、ガキの頃にはこっちが泣かされた記憶すらある。
綾乃とは中学で知り合った。京子の親友で、すぐに手が飛んでくる京子の保護者みたいになってる。誰にでも優しくて、場をいい空気で包んでくれる。
日曜は四人で一緒にボウリング、先月は京子ん家で徹夜の中間対策会(オレはすぐに寝てしまった)。……他にもたくさんある。
幼稚園の頃に京子と司と見たでっかい夕焼け。赤く染まった空に、二人の顔も赤く照らされて、それが子供ながらに幻想的で。ずっとオレの中にある。
嘘、だよな。それが、現実に起こった事じゃなく、記憶の中だけの……オレの思い込みに過ぎないなんて。
ばからしい、そんなの信じてたまるもんか。
「やりぃ、将介、やっぱ今日、waiwai対戦する運命だったんだよ!」
司が肩に手をかけてきた。
「やだよー。あたしとアヤが暇なんだもん」
「そんなこと言わないでさー。tunagute。従兄弟が持ってたんだよ」
当然のように、やるよな、という視線を向けてきた。
「ええ? 演奏りたい! まだほとんど出回ってないやつじゃん」
普段のテンションになってるかちょっと心配だけど、ノリで返す。
「みんなも、将介に免じて付き合ってよ。あ、じゃあ俺らでジュース奢る」
司が調子良くうなづいて京子の頭を軽く撫でるように叩いた。司のその一言で京子は跳びはね綾乃とはしゃぎだす。本当に高校生か。でも、心底嬉しそうだ。
「やったぁ、ならいいよん。あたしバナナクリームフラペがいいな」
綾乃と京子は、高いコーヒー屋のメニューでキャーキャーと盛り上がりだした。
「わ、スダバとは言ってない。自販機!」
「板橋くん、ごちそうさま」
「……あ?」
綾乃に言われてオレは、オレも奢るという意味が入っていることに気がついたんだ。
「待てっ、おごるなんて一言も言ってないっ」
……あーあ。
オレは、こいつらが本当にオレのことを知ってたのか疑ってた。疑ってたはずなのに……。
なんだよ、これ。……めちゃくちゃ楽しいじゃんか。
この輪の中で騒いでるだけで、何だかほっとするんだ。
こいつらが心の底でオレのことをどう思ってても、みんなで遊んだことがオレの中だけの記憶であっても、そんなもんどうでもいい。
今のオレの存在は、確かにこいつらに伝わってる。
「やだー、将介。なにニタニタ笑ってんの?」
「……そうか? 普通だよ」
みんなが側にいてくれるのが嬉しかったからだ。……なんて照れ臭くてとても言えねえから、適当に笑ってごまかしたんだ。
◇ ◇ ◇
「お前、ID復活させろよ。せっかくのレア曲。協奏したかったのにー」
司が、Lサイズのコーラを片手に残念そうに呟いた。
「それが、IDもわかんねーんだよ。スマホの記録もなくてさ」
「それ詰んでんじゃん。やり直し?」
「ヤダよ、ランク上げるのにどんだけ注ぎ込んだと……」
本当にカードを作ってたのかも怪しくなってきたけど。
……今は、考えるのよそう。
ゲームセンターでwaiwaiやって、プリクラ撮って、ファーストフードで夕メシ。
「もぉ、二人ともゲームくらいでそんなに真剣に言い合わないでよね」
ポテトを口に放り込みながら、綾乃が呆れ顔を向ける。京子は、呆れ顔を通り越して、膨れっ面だ。予想どおり、ゲームに夢中になっちまって、二人を放ったらかしにしてたからなんだけど。
「何をそこまで燃えてるんだか。ガキだね〜。ね、アヤ?」
京子に同意を求められて、綾乃は困ったように頷いた。
「でも、良かった。いつもの板橋くんに戻って」
不意に、綾乃がそう言ってオレの顔を見た。
「オレ?」
「さっき、すごい顔して、そのままいなくなっちゃったでしょ? 待ち合わせた時も、ちょっと様子おかしくなかった?」
「そんなに怒ってた?」
三人はその通りとばかりに頷いた。
「ガチで空気重かったからな?」
一応、反省はしてみる。
「ごめんな。昨日から、センセには絞られるし、オレの偽物も出るし。ワケわからなくなっちまってさ。それを面白がって沢木が変な噂流したりするから」
本当は沢木じゃなく、ふざけた事をほざくあいつらが元凶なんだが。
「それで怒ってたんだ?」
理由を聞いて納得したのか何なのか、京子が他人事のように呟いた。まあ他人事か。
「怒る気持ちわかる。沢木くんもひどいよね、言い触らすことないのに」
と、綾乃。……確かにな。
「そりゃキモいよな。自分の顔がもう一人いたらさ」
しみじみとした口調で、司が続いた。
「あ、でも、嫌なときに代わってくれる分にはいいかも」
京子の言い方が、あまりにも能天気すぎて、逆に脱力する。京子は困った顔でオレを見上げた。
「ごめん。でも、悪い方に考えるのも嫌だなーと思って」
「先生に何か言われたら俺が証言してやるよ。それに、同じ顔でも全然別キャラみたいじゃん。そんな偽者、一発で見抜くって」
「だね。あんたと誰かを、私たちが間違えると思う?」
「ビビんなって。将介はさ、いつもどおりでいいんだよ。」
「……」
最後に一口残っていたハンバーガーを一息に飲み込んで、ちょっと考えてからオレはみんなに言った。
「みんな、サンキュ。元気出たよ」
こいつらは今のオレの存在を認めてくれている。心配してくれている。やっぱりオレはここにいた。いや、いたような気がする。
口ではそう言って収まったものの、やっぱり何かが引っ掛かってる。
本当にオレがオリジナルなのか? ……あのガキどもが言ってるのが真実なのか?
……どっちなんだ?
◇ ◇ ◇
「お待たせ、特製お好み焼きの完成〜」
「……悪いな、こんな時間に」
「いいって、コレ食って元気出せ」
1時間後、オレは司の家で箸を割っていた。
アパートに帰る気にはなれなかった。ガキ二人はオレを歓迎するわけはないだろうし、以前のショースケとやらと比べられるのも我慢ならねえ。あいつらで好き勝手にやればいいさ。
が、無一文、他に行き場がない。司に頼んでそのまま泊めてもらうことにした。
「お好み焼きってさ、あれを思い出すんだよね。一昨年の文化祭」
「もう一昨年? ヤッベ、早っ」
「将介は知らないかもしれないけど、焼き方がヘタで中身が生だったんだよ、途中で売れなくなって、後でノルマ作って食べたんだよな」
「食ったよ。しっかり生焼けだったわ」
そう、覚えてる。それに確かこいつは……。
「……あの時だよな、お前が京子に告ろうとしたの」
途端に、司の顔が真っ赤になった。
「なんでそんなこと覚えてっかな」
「ヘコみっぷりが半端なかったからな」
「うるさいな、ああ、今も幼なじみだよ! ってか、アルバムみよーぜ?」
司は本棚から黒い革の本を取り出した。
「これだ」
文化祭の写真だ。黄色地に赤でお好み焼きと書かれた看板の前にクラスの奴らが集合している。
「あれ? 将介いないじゃん」
「その時招待試合してたから」
「そっか」
店を手伝えない代わりに、でっかい看板にペンキ塗ったのは覚えてる。売れ残りの量見て、驚いたっけな。
ついでに他のページも開いてみた。司がいれば大抵その隣に京子がいる。……が。
「あれ?」
……オレ、この時どこにいた?
なんとなく開いたページも、司と京子だけ。捲っていくうちに、とうとう裏表紙まできちまった。
写真を見ながら話す司の話には、何度もオレが登場しているし、オレも会話に困らない程度の記憶がある。
だから、余計に気になってしょうがない。
「これって、見事にオレ外して写ってねえ?」
「え? マジか」
司は、不思議そうにページを眺めている。
「この時お前休んでたっけ? 修学旅行は迷子だろ?」
そんなわけねえんだよ!
言ったら認めちまう気がして、声には出せなかった。
わかっていながら、オレは更にアルバムを捲った。一枚だけでいい。隅でも、小さくでも写ってねーか。
それに、確信したわけじゃねーけど、他にも何かがおかしい気がした。
「こっちも将介いないな。……え、でもお前この時いたよな?」
何度もアルバムを最後まで見直して、ようやく抜けてたモノがわかった。
「え……」
呟いたオレの声は、司にも聞こえちまっただろうか。
もし……本当だったら……。
……オレ、どうすりゃいいんだよ。
「さて、そろそろ寝るか……ってなんだよ将介、また怖い顔して」
「……悪ぃ、やっぱ帰るわ」
「おいおい、今からか」
「急用思い出してさ。あとこれ、二、三日貸してくんない?」
「別にいいけど」
時間は十二時を回っていたが、アルバムを抱え込んで司の家を後にした。アパートにはいけ好かないガキどもがまだいるだろうが、そんなもの構うもんか。
けど、ガキんちょどもは、もう部屋にいなかった。昨日まであれほど騒がしく、うっとうしくて仕方のなかった四畳半は、奴らが来る前よりも静まり返っているように思えた。
締め切った窓の外から、時々、車の走る音が聞こえる。静かだったんだな、オレの部屋って。
「何処に行ったんかな。あいつら」
……別に、探すつもりもないけどさ。
「いなくなってせいせいすらぁ」
少し自棄気味になって呟いたら、急に空しくなった。玄関先で一人たたずんで、独り言を呟いて、……馬鹿みてぇ。
スニーカーを玄関に脱ぎ捨てて、司から借りたアルバムを机の上に置いた。それから、きれいに掃除された畳の上に寝転がって。スマホ弄ってたら……そのまま眠っちまったんだ。
明日がダメならまた明後日。
でも、オレにはもう……明後日は来なかった。
___________
文中のwaiwaiで遊ぶみんな
https://kakuyomu.jp/users/systemkkan/news/16818792440040961469
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