第5話

 結論から言えば、剣の道は俺にとっては早かったらしい。目の前で項垂れている麗奈さんを見て思う。


「真剣でも耐えられませんでしたか…」


 いたたまれなくなりながらも、ひしゃげた刀を両手で持つ。素振りをしたら曲がってしまった。

 木刀は振った途端に弾け飛んだことを考えるとまだマシではある。


「すみません、本当に」

「いえいえ智弘さんは悪くありません。私たちの見込みが少し甘かっただけですから」


 力を入れずに振れば刀が曲がるようなことはなかった。しかし一度高谷さんに指示されて全力で振ったら、その瞬間に刀がひん曲がった。だから力を入れすぎなければ大丈夫だろうとは提案してみたのだが、それでは意味がないと高谷さんは言う。


「持ち主の全てを引き出せなければ道具としては二流ですから」


 頭を下げながら、曲がってしまった刀を高谷さんに返す。それを丁寧に検分した高谷さんは、諦めたように溜め息を吐いた。

 柄の部分がそもそも砕けています、と高谷さんが呟いた。気が付かなかったが、持ち手に力が入り過ぎていたようだった。


 結局一時間もしないで稽古は解散となり、高谷さんはそのまま館の奥へと消えて行った。少し気まずさを感じて帰ろうとしたが、麗奈さんに引き留められた。


「まだ時間も早いですから、もう少しゆっくりしていってはどうですか?」


 断る理由も思いつかなかったので、ありがたくお邪魔させていただくことにした。

 少し残っていたお茶を前に座りながら、麗奈さんは小さく嘆息した。


「どうしましょうかねぇ、お父様の対処」

「その、寡聞にして申し上げないのですが、ご首長の戦い方はどのようなものなのですか」

「速度一点張りの抜刀術です」


 聞いたはいいものの、アニメや漫画でしか聞かない単語の羅列に頭を捻る。

 抜刀術がどうも速度と結びつかない。腰から刀を抜いているのに、普通に構えるよりも速度が上がるのはどうしてなのだろうか。


 何はともあれ、俺に瞬発力が足りないと言われればそうかもしれなかった。普段しているトレーニングはどちらかと言えばパワーと持久力に傾倒していて、スピードを鍛えようと思ったことはない。


「………それで、智弘さんは刀で切れるのですか?」

「試してみたことがないので分かりません」


 五年前のあの日から、人間の素体はその機能が大幅に向上した。それは筋力などもそうだが、特に顕著だったのはその回復力と筋組織の強さだ。攻撃に対して大きな被害を受けなくなり、例え怪我をしたとしても直ぐに治る。

 この結果、人の手が入らない武器は全てが弱くなった。その代表例が銃火器である。例え燃やされたとしても人間は殆ど死ななくなった。回復が上回るためだった。そのために、流行したのは刀や剣、そしてハンマーなど己の筋力に頼れる武器の数々だった。武器の時代は逆行したとも言える。


「もしかしたら、案外力で押し切れるかもしれませんね。高谷師範にも苦戦はしていませんでしたし」

「あまり美しくはないかもしれませんが」

「勝ちは勝ちですから」


 麗奈さんが静かにお茶を口にしながら、思案顔をした。


「瞬発力を上げるトレーニングをしてみませんか?」

「………ちょっと未知の世界なので、あまり分かってはいないのですが」

「私がメニューを組みますよ」

「良いんですか?」

「ええ、もちろん。父の相手は私から頼んだことですからね」


 もしかしたら、今以上に身体を鍛えられるかもしれない。そう考えると気分が高揚してきた。


「お願いします」


 麗奈さんに頭を下げる。こと体を鍛えるメニューに関しては、麗奈さんからアドバイスを貰ってばかりだった。今までに何度助けられて来ただろうか。本当にありがたかった。


「それで、相談なのですが、私に給金を払わせていただけませんか?」


 父の相手をするまでではありますが、と麗奈さんが付け足す。聞けば、トレーニングに専念してほしいとのことだった。


「ありがたいですが、良いのですか?」

「もちろんです。私としても智弘さんには勝って欲しいですから」

「なら、お願いしたいです。よろしくお願いします」


 頭を下げれば、麗奈さんが笑みを深めて頷く。


 その後、提案された値段は普段のバイトの倍以上の値段だった。これであればジムの月額料金も余裕で耐えられる。普段は食費も抑えていたが、それもいらなくなりそうだった。

 正直、本当にありがたい。何も考えずに生きられる日々というのは、夢にまで見た環境だった。


「本当にありがとうございます」

「こんなに喜んでいただけるとは。私も嬉しいです」

「少し生活が苦しくなっていたところだったので」


 バイトも割の良いものではなかったし、何よりも時間が足りない。肉体面での疲労は殆ど無かったが、精神的に辛い生活だった。


「ところで、智弘さんは普段どのように生活なされているのですか? バイトをして生活費を稼いでいるとはお聞きしましたが」

「そうですね………」


 一人暮らしの貧乏生活を語って聞かせるのも少し恥ずかしい。社会人にもなって就職していないのも、あまり自分から言いたいことではなかった。


 俺が言葉に詰まっているのを見て、麗奈さんが申し訳なさそうに眉を下げた。踏み込み過ぎましたね、と謝られて逆にこちらが申し訳なくなる。


「貧乏暮らしを赤裸々に語るのも少し恥ずかしくて」

「なるほど、そうでしたか」


 白状すれば、麗奈さんは優しく微笑んだ。

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