第4話 制服と教室 聖和学園
結城天音が通うのは、都内にある中高一貫の私立校──「聖和学園中等部」。創立百年を超える由緒ある学校で、制服もどこかクラシカルな雰囲気を纏っている。
女子生徒の制服は、濃紺のセーラーブレザーに金ボタン。襟と袖に白いラインが入り、胸元にはエンブレムが刺繍された小さなリボンタイが添えられている。スカートはプリーツ仕様で膝丈。
派手さはないが、落ち着いた上品さがあり、撮影現場でスタイリストに「可愛い制服だね」と言われたこともある。
天音はその制服を身にまとい、リュックを背負いながら校門をくぐった。その姿を見て、登校中の生徒たちがふと目を留める。名前を呼ばれたりはしない。けれど、そっと視線を送られることには、もう慣れていた。
(あの記事、やっぱり見られてるかもな……)
前日の映画キャスト発表。その影響が学校に届くのは時間の問題だと、朝からわかっていた。
昇降口に靴を入れ、廊下を進み、1年B組の教室前に着く。扉を開けると、すでにクラスの数人が席に着いていた。
「……あ、結城さんだ」
その声に、天音は振り返った。
声の主は、栗色のボブヘアに細い縁の眼鏡をかけた少女──相沢ひより。口調は穏やかで、文芸部に入っており、天音とはたまに読んでいる本の話で盛り上がることがある。
「天音ちゃん、記事見たよ。映画の主演、おめでとう」
「……ありがとう」
素直にうれしかった。けれど、教室の空気に少しだけ緊張が走ったのを、天音は肌で感じていた。
それも当然だった。昨日までと何も変わらない“クラスメイト”が、いきなり“主演女優”になっていたのだから。
「えっ? 主演って、あの『二十面相』のやつ?」
ぱっと反応したのは、前の席の少年──西田晴。短く刈り込んだ髪に、真っ黒なフレームの眼鏡。どこか理系男子っぽい雰囲気で、理屈っぽいところもあるが、基本的には善良で空気が読める子だ。
「うわ、マジで? あれ、オーディション倍率ヤバかったんじゃないの」
「……まあ、受かると思わなかったから」
「そういうとこクールだなあ……」
西田が妙に感心したようにうなずき、それにひよりがくすりと笑う。
「でも、男の子の役なんだよね? 小林少年って……」
その言葉に、ふっと空気が揺れた。
「あ、いや、変な意味じゃなくて。ただ、天音ちゃんがやるの、すごいって思っただけ」
ひよりが慌てて続ける。天音は苦笑しながら、首を横に振った。
「大丈夫。“僕”でいることも、“少年”を演じることも、ちゃんと自分で選んでるから」
「……うん」
そう応えるひよりの目は、まっすぐだった。それだけで、どこか安心した気がした。
教室の雰囲気は、決して悪くない。驚きや戸惑いこそあれ、誰かがあからさまに噂話をしたり、距離を取ったりする様子はない。
(……ほんとに、いいクラスでよかった)
天音は自分の席に鞄を置き、椅子に腰を下ろした。
ホームルームまではあと数分。教室の外からは、にぎやかな足音が近づいてくる。友人たちの笑い声、廊下を走る注意の声──すべてが日常の音だ。
その中で、天音は自分の存在が少しずつ“特別なもの”になり始めているのを感じていた。
(でも、“特別”って、孤独と紙一重なんだよね)
それでも、演じることを選んだ。“僕”という言葉に宿る意思と、“少女”である自分の体と、そして“少年”としての役を生きるということ。
それは簡単に整理できるものじゃない。けれど、それが今の自分だ。
天音は窓の外に目を向けた。光が、教室のカーテンを柔らかく揺らしていた。
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