第2話 三浦なお=結城天音

 > 実写映画『怪人二十面相』小林少年役に三浦なおさんが決定!


 中学一年生の少女は、じっとその一行を見つめていた。芸能活動を始めてから、まだ一年と少し。モデルとして注目され、短編映画にも出演したが、長編映画での主演はこれが初めてだった。


 それも、「小林少年」。


 日本の誰もが知る“少年ヒーロー”。名探偵・明智小五郎の相棒にして、怪人二十面相と対峙する勇敢な少年だ。


 彼女は自分のことを「僕」と呼んでいた。物心ついてからそうしていた。


 公には女の子であることをすでに公表しているが、一人称だけは、いまだに変わらない。


(本当に、僕がやるんだ……小林少年を)


 紅茶のカップに手を伸ばしながら、天音は心の中でつぶやいた。


 役を演じることに、ためらいはない。だが、自分の名前が“少年役”として全国に報じられたことで、言いようのないざわつきが胸に残った。


(“天音ちゃんがまた男の子やってる”って言われるのかな。“やっぱりそういう子だよね”とか……)


 不安をかき消すように、制服の襟をきゅっと正す。今日は学校に行ける日だった。


「天音、支度はいいか?」


 書斎から佐倉陽介が顔を出した。作家であり、天音の後見人のような存在だ。彼の声はいつも穏やかで、けれど、天音の変化には敏感だった。


「うん、行くよ」


 天音は短く答えたが、足はまだ玄関に向かっていない。スマートフォンに目を落としたまま、つぶやくように言った。


「……僕、小林少年って、変じゃない?」


 佐倉は少し驚いた顔をしてから、静かに笑った。


「変じゃない。むしろ、すごく興味深いよ。“なお”が演じる小林少年が、どんなふうに息づくのか。俺は楽しみだ」


「でも、僕は女の子で……」


 言いかけて、天音は視線を伏せた。彼女が公に性別を明かしたのは中学入学のタイミングだった。周囲はおおむね好意的だったが、それでもネット上では、今もさまざまな声が飛び交う。


「僕って、ただ演じたいだけなんだ。ただ、ちゃんとその役の中に入りたい。それだけなのに、時々、自分が何をどう見られてるのか、わからなくなる」


 その言葉に、佐倉は黙ってうなずいた。


「“見られる”ってことは、役者にとっては避けられないことだ。でも、その目をどう受け止めるかは、お前次第だと思う」


 天音は唇を噛んだ。


「僕、男の子になりたいわけじゃないよ。女の子として生きてるし、それは隠してない。でも、“少年”を演じることを変だと思われたら……やっぱり怖い」


「演じるってのは、自分を誰かに“貸す”ことだ」


 佐倉の言葉は、静かに、まっすぐだった。


「なおが自分の体と声と目線を使って、“小林少年”という人物をこの世に現す。それはきっと、どんな誰にもできないことだ。男の子か女の子かってことじゃなくて、役に命を吹き込めるかどうか、それがすべてだよ」


 天音は顔を上げた。陽の光が差し込む窓の向こうに、今日の空が広がっていた。


「……僕、“僕”のままで、小林少年をやっていいんだね」


「当たり前だ。お前にしかできない“少年”があるはずだ」


 天音は少しだけ笑って、リュックを背負った。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい、“少年探偵”」


 佐倉の妻の真帆に見送られ、陽介と共に登校する。


 冗談のように言われたその言葉に、天音の背中はすっと伸びた。春の風が制服の裾を揺らす。スクールバッグの中には教科書と、映画の台本が一緒に入っている。


 “少年”としての冒険は、すでに始まっている。


 “僕”として生きる少女は、今日も胸を張って歩き出した。

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