トイレのナースコール 第一章【見切り発車】

 初対面のときの定番の質問といえば、「趣味はなんですか?」とか「お休みの日は何してるんですか?」などがあります。ですが、趣味とはなんとも答えにくいものです。ましてやアラサー独身男にとっては尚更。

 男が「サウナと筋トレです」と答えると空っぽなしょーもない男だと思われるし、「ゲームが好きでFPSとかよくやります」とかいうと浮気するしょーもない男だと思われるし。かといって「読書や音楽、映画鑑賞です」、「資格取得のために勉強してます」なんて答えても退屈でしょーもない男だとおもわれてしまいます。

「じゃあみんな聞かなきゃいいじゃないか。」、そうもいきません。

 相手が多少なりとも回答に困るのはわかっていても、こちらが会話に困るとつい聞いてしまうんです。こちらから聞いてしまうと当然聞き返されてしまいます。悪魔の質問てなわけです。


 「お休みの日はなにされてます?」、あの日そう聞かれたら「シール帳の台紙を探すために、朝からチャリを漕いで百均を巡ったりしています。」と答えることになってました。これもまたしょーもない男です。


 さて、Kさんは「ママ死ね」の話を提供してくれたTさんと同じ、高校からの友だちです。現在は看護師をしています。

 Kさんとの電話インタビューは午前11時に実施。貴重な日曜日を怪談聞いて終わらせるわけには行きませんので、朝10時前には家を出てレンタル自転車にまたがり、アパートを背にぐんぐん南に進み、シール台紙探しの旅が始まりました。


 そんなのどこでも買えるだろって思ってますよね?甘いです。台紙と言いつつもプラスチックでできたお目当ての品は、本来はトレカを入れるための分厚くて柔軟性のあるスリーブで、これにぷくっとしたシールを貼るとその素材感や光沢感がまあなんとも可愛いんです。可愛いからまあインスタやらTikTokでバズって、現在は品薄&転売ヤーの標的となってしまい、10倍近い金額で某フリマアプリに出品されています。梱包とは配送費考えると、稼げるのなんて昼飯食えるかどうかのはした金なんですけどね。真っ当に働いてほしいものです。


 ぼちぼちの暑さの中チャリを走らせましたが、一件目の百均にはお目当ての台紙はありませんでした。

 二軒目は東へ。6月といえど梅雨は一体どこへやらというカンカン照り。十分ほど漕いでたどり着くもこちらにもなし。

 三件目、そろそろ約束の時間です。到着するとそこは大きなスーパー。百均

はその中、三階に広めの店舗を構えていました。ですが、そこにもなし。区を跨いで移動しているのに…転売ヤー許すまじ…。

 落ち込んでいる暇もなく約束の時間に。スーパーの外のベンチに腰掛け、Kさんに電話をかけました。



 Kさんが聞かせてくれたのは、働く病院で起こった出来事でした。

 僕は入院の経験がないので知らなかったのですが、四人部屋や個室には部屋の中にトイレが付いており、そこにもベッド横と同様にナースコールが付いているそうです。もちろん、トイレで何か異常があった時の備えでもありますが、例えば、歩くのにも助けが必要な方は、ベッドで一度ナースコール鳴らしてトイレまで連れて行ってもらい、またトイレのナースコールを鳴らしてベッドに戻してもらうという用途が一般的です。

 ある夜勤の日、12時を超えたころに、女性四人部屋のトイレのナースコールがなりました。この時点ですでにKさんは悪い予感がしていました。「いつもだったらベッドから鳴らして、その後にトイレのが鳴るのね。けど突然トイレのがなったから、容態が急変した可能性が高いなと思って…。」

 ナースステーションから近いこともあり、Kさんは急いでその部屋へ向かいました。ドアを開けてトイレを確認すると、そこには誰もいません。いた形跡もありません。

 「誰かが間違えてボタンを押しちゃったのかなとも思ったけど、みんなぐっすり寝てて動いた形跡もないし。すぐに向かったから、ベッドに戻る途中でもおかしくないんだけど…。誤作動かなとも思ったけど、ナースコールでそんなことあったら一大事だしね。これ以来そんなこともなかったし。」

 Kさんはこの話を先輩にしたそうですが、先輩もどうやらその部屋付近に思うところがあるようで。

 そのフロアはコの字になっているのですが、コの書き始め、突き当たり付近にその部屋はあるそうです。先輩がその部屋を背にして歩き始めると、時々寒気がするということ。入院していた或るおばあちゃんも「あの辺りで気を感じる」ということを話していたそうです。


 (ちゃんと病院怪談だ…)となんだか感心してしまい、病院で働いている人のエピソードも貴重だったので、例に倣って聞き進めていきました。

 Kさんも霊感があるわけではないので、特にこういった話はないということ。

「たまにテレビが勝手についていたりすることもあるけど、もうそういうのも慣れちゃった。」 

 慣れとはなんとも恐ろしいものだと思いました。




 話を聞き終わり、四軒目の百均へ。やっと手に入りました、シール台紙。怪談収集というなんだか罰当たりなことをしてますが、僕の運には関係しないようです。まあ買い占めている転売ヤーの方が罰当たりですからね、相対的に僕が許されたのかも?

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