「ママ死ね」 第一章【見切り発車】

 叔母が兵庫から千葉にある我が家に来たのは、僕がおそらく5歳くらいのとき。叔母とその娘、僕と母でディスニーランドに行くことになっていました。そんなワクワク小旅行前夜、叔母は僕の部屋で一緒に寝ることになったのですが、夜中に叔母が目を覚ますと、部屋の隅で正座をしている僕の姿が。「ようこそいらっしゃいませ」 と言って頭を下げたようです。

 女将の霊が取り憑いたのか、僕の中の秘めたる女将が目を覚ましたのか、はたまた只の寝言かは皆さんの想像にお任せします。


 これはそんな寝言についての話です。


 怪談収集を思い立った2025年6月の或る金曜日、いつも通り定時にはさっさと退社し、インスタのストーリーに怪談集を作ること、何でもいいので怖い話や不思議な話などを提供してほしい旨を投稿しました。


 正直、「フォローしてる知り合いがこんなこと投稿したらキモいだろうな」と思いましたが、背に腹は代えられないというか。顔ファンがついているなんちゃってインフルエンサー的な投稿しているならまだしも、普段からアイドルだとか、母がスピってる話とか、上手くもない絵をアップしているだけなので、まあ怪談募集のキモさなんて誤差の範囲内ですわな。

また、フォロワーの中にはそういった話にアレルギー反応を起こす人も(おそらく)そこまでいないことも幸いしました。これは世代的なものなのか、いわゆる”類友”なのかは分かりません。少なくとも我が家の男老人(父と祖父)は拒否反応がすごかったので、ジジイがフォロワーにいないのも理由の一つかもしれません。


 そもそもの交友関係が広いわけではないので、集まったコメントは計5件。総スカン食らってもおかしくない内容なので、これだけ反応があれば御の字です。

投稿してくれた人たちは頻繁に会う友だちばかりでした。交流が乏しい友だちにいきなり怪談を投稿するのはハードルが高いですよね。僕なんか旧友の結婚報告ですら反応するの躊躇しちゃうのに。



 5件の投稿の中で、最初にインタビューに協力してくれたのは、下記のコメントを残してくれた高校時代からの友だちであるTさんでした。


 「まだカタコトしか話せない頃の妹が寝言ではっきり『ママ死ね』と連日言ったこと」


 最初にDMを見た時、思いも寄らない角度のエピソードだったので笑ってしまいました。確かに寝言も怖い話としてはいい題材ですよね。

幽霊とかの話ももちろん聞きたかったですが、不思議な話やなんとも言えない話の方が好みなので、早速こんな話が来るとはありがたい限りでした。

インタビューを依頼したところ、「これ以上の話は別にないけど…」と言いつつも時間をつくってくれました。


 Tさんは僕と同い年の20代後半で、3歳下の妹がいます。

 Tさんの結婚式の時に、妹さんを含むご家族にもご挨拶したことがありますが、Tさんと同じく温かくて上品なご家族で、育ちの良さの根源を垣間見たことが記憶に新しいです。


 Tさん曰く、「私が直接聞いたわけではないんだけど、お母さんが妹を寝かしつけをしている時に、2回くらいはっきり『ママ死ね』って言ったらしくて。親も絶対にそういう良くない言葉を聞かせないようにしてたし、まだ幼稚園にも通わせる年齢でもないし、そもそもカタコトしか話せない頃だったから、そんな言葉を覚えるはずはなかったんだって。お母さんはやっぱショックだったらしい。」


 意味がわかった上で言ってないにしても、幼い愛娘にそんなこと言われたら驚きますよね。僕は、驚きと笑いを交えた相槌をしながら、Tさんの話を聞いていました。

 せっかく時間を作ってもらったので、他のエピソードを思い出してもらうためにも、別の話題がないか聞き進めていきました。

小さい頃、妹さんはよく「霊を見た」と言っていたとのこと。

部屋の奥を見つめながら、「隅に座っている人がいる。」とTさんに言ったり、ドライヤーで髪を乾かしている時、視界の隅に足首だけが廊下を横切るのを見たことを教えてくれたこともあるそうです。

詳しい話まではTさんも覚えていないようですが、そういった話をお母さんにすると、「私も見たことがある。」と答えたということ。

 成長するにつれ、妹さんはそういった類の話をすることはなくなったそうです。見える見えないについてはわかりませんが。


 「T自身は何にもないの?」と質問してみると、「霊感とかは全くないけど、寝言は言ったりするよ。小学生の頃、寝ている時に急に上半身を起こしてよくわかんない言語を言ってすぐ寝たり、今でもムニャムニャ何か言っていることがあるみたい。」と答えてくれました。

 独身の僕からすると、寝言を聞いてくれる相手がいるというのは羨ましい話です。既婚者ならではのエピソードは、やはりパンチに体重が乗っていますね。油断していた僕はそれをしっかり食らって、一発KOになったところでインタビューはお開きに。


 後日、(もしかすると妹さんなら、怖いピソードを持っているかも)と思い、インタビューの打診をTさんにお願いしたところ、Tさんから下記の返信が届きました。

 


 実は妹はこの昔話すると嫌がるんだよねぇ

 エクソシストぽいからかも笑


 僕は作品の中でしか幽霊を見たことがないので、エンタメやある種の学問の一部としてそれらを捉えていますが、本当に見える人にとっては、そう簡単に折り合いをつけられるものではないのかもしれません。

 「そういう経験を興味本位で聞き出すのは良くないな…」と反省し、不躾な依頼をTさんに詫びました。

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