3話 スライム5>貴族1
「いってぇ、」
貴族の女性とは思えない程の言葉遣いで彼女は腰を上げた。地面と接した場所に所々泥がついていたが気にするようすがない。─貴族は汚れることを毛嫌いしている気高き人種だと思っていたが彼女は別のようだ。
もっと言うならば対極に彼女は存在していた。
「だ、大丈夫か?」
ユージから思わず零れたのは心配の意思、だがミハイル・クレイバーという気高くも逞しい貴族の女性はスライムに1度吹き飛ばされたとて挫けるような軟な人物ではなかった。
志100点実力0点と言ったところか、やる気だけは突き抜けてある。
それもそうだクレイバー家の崩壊の危機に直面し集金という目標に冒険職を選択したのだ。たった一度躓いたとて転んだままではいられない。
「平気だ、にしてもつぇなコイツ」
「────────」
恐らくスライムを強いと誉め称えたのは人類史で見ても彼女が初だろう。無論厄介なスライムは存在する。
しかしこのスライム五体はナチュラル、つまりは何も加工が施されていない。武器を溶かして来ることも無ければ毒に侵される心配もない。
そのスライムを強いと厄介な敵と認識するのをユージ自身も初めて目撃した。
はじまりの村近辺にいるのが良い証拠で剣を降れば倒せる。─勿論当たればの話だが
「っしゃあ!今度こそいくぞ!」
「───────────」
当たり前のよう空振り、彼女は再び低空に宙を舞い地面へ大の字で倒れた。ここまで来たら彼女の根底からもう駄目なので助っ人に出ようとユージが足を進めると
「待て!」
ユージの足は自然と止まる。彼女は剣を地面へ付きたてゆっくりと立ち上がる。
「これはアタシの戦いだ、手出すなよ」
「────────────」
スライムに悪戦苦闘を強いられながらもこんなに熱いセリフが吐ける女は二度と存在しないだろう。
それから彼女は何度も何度もスライムに吹き飛ばされていた。ユージは恐らく歴史的にも珍しい光景に立ち会えてる気がして胸が震えた。
△▼△▼
それから数分、彼女は貴族とは思えない程に至るところに土の汚れがついていた。ユージはそろそろ本気で引き止めようと一度止めた足を再び動かした。─すると
「ああ、もう、剣が駄目ならこれだろ」
「おい人の剣!!」
彼女は剣を振るうように投げ飛ばし拳を大きく振り上げた。右足を1歩前へ踏み出し叩きつけるかのように彼女拳がスライムを捉える!
「おい、スライムに打撃は───」
効かないのだ。スライムの体は拳を型取るように沈み込みそのまま弾性の要領で彼女を弾き飛ばした。彼女は尻もちをつき顔を歪ませる。
「スライムに打撃は効かないんだよ」
「早く言えよ!」
剣で仕留められなかったから拳で行こうなんて破天荒な思考に至ることなど想定していないという冷静な反論を心に閉じ、ユージは呆れたように彼女を見つめた。
彼女はふてくされたのか地面へ寝そべり、夜空を見上げていた。
彼女と邂逅した時の空は暖色に染まっていたのに今はもうすっかりと星々が輝きその存在を強調していた。
「やれやれ、」
ユージはため息をつき彼女の現状を憂いた。ナニュラルなスライム相手にここまで無様を晒す者がいたのだろうか。
それも別に冒険職の中でも最初の難関や初見殺し、果ては登竜門等と大層な二つ名がついているものでもない。
初心者はまずこれというチュートリアルなのだ。彼女は始まりにすら立てていないのに既にこのザマなのだ。
「────なんで、」
だが彼女は倒れたなかった。意地なのだろう、それはもうヤケの域にある志だが、"倒れ切る"ということを彼女は嫌っていた。
「アタシは!ここで踏ん張らないといけないんだよ、」
「───、」
必死だった、クレイバー家の詳細はよく分からない。それでも彼女は必死にもがいてた。ユージとの遭遇はもう頼れる最後の糸なのだろう。
腐っても貴族、彼女が体を売れば恐らくは冒険職を選ぶよりも容易くクレイバー家を救えるだろう。
それをしないのは彼女が臆病なのだからではなく自身に、クレイバー家に誇りを持っているから。
ユージは誇りというものを知らない。だが彼女が自身の家の為に体を張る。その決意は以前のユージと重ねてしまったのかもしれない。
ユージは右腕を突き出した
「───フレイ・ボルク」
詠唱を刻むと同時ユージの突き出された掌から緋色の魔法陣が浮かび上がる。あっという間だスライム五体の接する地中から遥かに空、星に向かって火柱が上がった。
スライムを殺すにはオーバーキルな魔法、だがそれでもその鮮やかで且つ大胆な魔法に─
「すげぇ、………………」
ミハイル・クレイバーは見惚れていた。ユージにとっては何の変哲もない魔法。だが恐らくその火柱には未知の世界と可能性が湧き上がっていたのだろう。
「って!手出すなって言っただろう」
「───────」
これがミハイル・クレイバーという人間なのだろう。確かに釘は刺されていた。しかしここは普通に感謝をするところなのだ。
クレイバー家としての誇りというものはどの場面でもプラスに働く物ではないとユージはこのときに悟った。
△▼△▼
スライムを蹴散らして数時間、彼女に悪態を突かれながらも包帯に巻くことに成功した。
ユージは治療系統の魔法を使えない為に薬草と包帯で応急処置を施した。
草原にそびえ立つ大木の根本で彼女は猫のように丸まり睡眠していた。
「やっと静かになった、」
彼女を応急処置している時は「もっと優しくしろよ!」とか「下手くそだな!」とかで喚き散らかしていた為に果てしない疲れがユージを襲った。
正直今にでも逃げ出すべきなのだがそこまで非情になれるほどのユージではない。寧ろ彼女には自身に似た何かを感じた為によけいにその行動を取りにくい。
「なにやってんだか、」
ユージは後頭部に腕を組みながら夜空を見上げた。いつしか激しく燃えた熱が冷め、幕を下ろした復讐劇。
しかし逆境に抗う彼女との邂逅にもしかするとユージにも変化はあるかもしれない。どうせやることに行き詰まっているのだ。
それにユージ自身もこんな状況で拾われた身ではあった。師匠のようにするのが人道というもの。
「………………母さん、、」
「─、!」
彼女は丸まりながら弱々しくそう言い放つ。恐らく寝言だか今の彼女を見てみるとどうしょうもなく弱い一人の女性に見えた。
ユージに背を向け丸まる彼女から哀愁が漂っていた。その背中を見るだけでも何処からか彼女を守りたいという思いが揺さぶられた。
(───俺を拾った師匠もこんな感じで、、)
奇しくも師匠と同じ道を歩んでいるユージは微笑みなから天へと手を伸ばした。
─ふと何かを掴むような動作をしたあとに魔法陣が書かれた紙をポケットからだし地面においた。
するとユージとミハイルを守るように結界が展開される。危険もない場所で理不尽に故郷を襲われたユージは無意識に安全な場所と確立されている場所でも自前の結界を張って寝るのだ。
勿論はじまりの村の宿にもしっかりと細工してある。
「なぁ、」
「うおっ、びっくりした。起きてたのかよ」
寝返りをうった彼女は目を開き伺うようにユージを見つめた。
「ちょっと寝れなくてさ、ユージはその、」
「うん?」
ミハイルは先程からは想像できないほど弱々しく心細そうにユージを見つめていた。
「アタシの仲間になって、くれるのか?」
ミハイル・クレイバーの紫紺の瞳が揺れる。彼女は返答に怯えているようだった。一瞬訪れた沈黙を彼女は包帯を気にしながら時間を稼ぐ。
「え?うん、とりあえずは」
「本当か!!」
ユージが紡いだのは曖昧な了承、それでも彼女は体を起こし喜びの表情が浮かんでいた。弱々しく彼女から元気な彼女へと変わりコチラに手を差し伸べてきた。
「改めて宜しなユージ、」
ミハイルはユージに手を伸ばし握手を求めた。ユージも応じるように起き上がり彼女の手を握る。
「おう、よろしく」
彼女が抱えたクレイバー家崩壊の危機、その原因として予測される負債、それを払い切るまでの間だ。そのまで時間はかからないだろう。
「ちなみにどれほどの借金を抱えてるんだ?」
「聖金貨1500枚だ。」
「なるほどな」
俺は彼女から逃げるように手を離そうとするが離してくれない。
「逃げんなよ、一度吐いたツバは飲み込めないぞ」
「ぐぅ、」
聖金貨1枚の価値が100,000,000ゴールドに相当する。つまり彼女が抱えてるんだ負債が150,000,000,000、まずこの世界で聖金貨を手にする冒険者の方が少ないだろう。アダマンタイトクラスの最高峰の冒険者が命をかけ続け数十枚手に入るか入らないかとかそんなレベルだ。
ユージですらその実物を見たことない架空のような通貨だがそれが1500枚。彼女の体を売り飛ばしても多分集まらないだろう。──国の危機を救う、それも超大国だ。王国みたいな世界有数の国を救ってようやく半分は手に入るだろう。
気前がよく懐が広い王様ならそこで一気にくれるかもだが
─冗談じゃない
ユージは無理やり手を振りほどき地面を蹴り勢い良く飛び出した─瞬間
「ごッ!」
自身の張った結果に衝突した。ユージの大きく地面へ倒れこむ、その頭には惑星と星が周回していた。ミハイルの高らかな笑い声が反響する。
「アーハッハッハ、何にぶつかったんだよ今!」
結界を知らない彼女は目の前で起きた珍妙な出来事に対する原因の好奇心と醜態を晒すユージの面白さに感情がグチャグチャにされていた。
「ともあれこれからよろしくな!」
倒れるユージの頭上から顔をのぞき込ませながらそう言い放った。
───これからユージの途方の無い旅が始まった。
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