2話 戦闘狂ならスライムくらいは倒してくれ
久しく外を歩いていなかったからか、森林を靡くそよ風が本当に心地よく感じれる。
鳥の囀りが、木々が揺れる音が、川のせせらぎが、耳から脳へ届き果てはその精神までもを穏やかにする。
それは戦闘狂と戦うという精神状態とは真逆に位置する。故にユージはこの穏やかさが少し嫌であった。
集会所のクエストは時間制限が儲けられていることが多々ある。今回は早急というものでも無かった。
正直今から戦闘するという殺伐した雰囲気にはなれなかったのでユージは夕暮れまで待つことにした。
△▼△▲
黄金色の日差しがユージを照らす。時刻は申の刻下がり、穏やかになったらユージの心音はようやく戦いへと奮いに変わる。
昼食はその辺にいた蛇を捕まえ焼いて食べた。狩りの腕もそろそろ鍛えねばな、という心境を心に留め村の離れにいるという自称戦闘狂に会いに行かねばならない。
こういう対処は本来王都の騎士が行うべきなのだろうが冒険者に丸投げをするその姿勢にやる気が微塵も感じられない。
とはいえユージも怠惰な一人なのであまり強くは出れない。寧ろお金が貰えるのだからWin-Winと言った所であろう。
「──────」
ユージは標的に近づくに連れ呼吸を整え、剣を引き抜いた。対話などする気も無い、相手もその気であろう。
必要なのは力のみ、なんとも純粋で分かりやすい事だろうか。敵は人なのに心構えは言葉の通じない魔物と同じ域で接せる。やりやすいのかやりにくいのかは人によるが少なくないともユージにとっては──
「ありがたい話だな、」
力を付けたユージにとっては武力行使による解決を求められている問題はシンプルで助かる。
そうやって森の木々を進んでいくにつれようやくその離れとやらに到着した。
「──誰だ、」
本来は奇襲でも良かったのだが、それでは誰が戦闘狂かは分からないしユージとてある程度の流儀は心得ている。──もっとも、理不尽に自分から奪った魔族とやらと対極で有りたいという無意識によるものということは勿論ユージは知る由もないが
「お前が、戦闘狂を名乗ってるやつで合ってるか?」
「─────」
しかしそれにしても場所がいい、辺りは葉っぱが散乱していて足を使う分にはどうしても音を鳴らしてしまう。流石戦闘狂と言ったところか、相手が何処から来るのかその足音で分かり、また人数も澄ませば把握できるだろう。
戦闘においての心構えはとてもいい、もっとも理解出来る場所にいる。─ただ理解し難いことが2つある。
「おいおい、無視は寂しいぞ」
「るっせぇな、」
一つ目が戦闘狂を名乗る人物が女性であること、ピンクと紫の間、秋桜色と言えば良いだろうか。その長髪を振り紫紺の瞳でユージを見つめていた。
「ふむ、」
出会い頭に「人だ!」と襲われることを想定していたユージは考えを少し裏切られ、観察を始めた。
彼女は剣を鞘に収めておらず剥き出しのまま、石垣へ立てかけていた。そして服装は紺のスカートを履いており制服に近しい格好をしている。
服には恩恵というものを編み込む事ができるため服装では一概に判断できないのだがとても戦闘する格好には見えない。─寧ろ戦闘とは対極の場所に居座る貴族に近い。
それに剣が刃こぼれしていない。しっかりと砥いでいるというのであれば高得点だがそんな印象はない。
そしてユージが理解し難い2つ目の思考が─
「なんで、ここにいる」
「────────」
ここは離れと言えどもはじまりの村、故に戦闘狂を名乗るのに駆け出し冒険者の縄張りに居座るとかただの初心者イビリをしたい小物にしか見えない。
が、そうしたいのならユージと出会った時点で態度に表れる。彼女を見るに寧ろそっとしておいてくれと言わんばかりに冷たい。
石垣の上に片膝を曲げ座る彼女見てユージは紡ぐ言葉を見失う。
ただ自身の幼少期もこんな感じでずっと座り込んでいた。それに話しかけてくれる少女がいた。─だからかあまりそっとはしておけない性分になってしまった。
と言っても依頼を受けた以上はほっとくという手段は選べないのだが
「なんで、戦闘狂を名乗ってたんだ」
深い理由はありそうだ。だが彼女の態度は相変わらずの無関心。ユージはすでに刀身を剥き出しにしているのにそれに動じないということはある程度肝は座ってるらしい。
とはいえ素性から目的まで何一つ分からないユージは、やや強行気味に行こうとした。
「お前がここにいるのを迷惑してる人がいるんだ、」
「いねぇだろ、そんなやつ」
「は?」
いるからこうやって村に依頼書が提示されているのだ。システム上は依頼を騎士団に提出する→危険性、信憑性を判別し集会所へ譲渡→さらに集会所で危険度を判別しここの冒険者達では無理と判断された場合は解決出来そうな集会所へと譲渡されるのだ。
この依頼書はさらに──の辺りに位置している。騎士団は信憑性を重視に確認する為、迷惑してる人はいないと断言するなど無理もいいところである。
ただそう断言できるケースが無いこともない。
「依頼書を見て来たんだよな?」
「ああ、」
「あれ、書いたのアタシだよ」
「???」
それが彼女自身が依頼者本人であるというケースである。貴族を彷彿とさせる格好。
佇ずまい、態度は貴族としては不格好であるが、もし彼女が貴族であれば金の力で騎士団を丸め込むことは容易だろう。
つまり何を企んでいるのかは不明だがユージはまんまと相手の罠に引っかかったのだ。冷静に考えれば商人に実害が出たわけでも無ければ村に危害を及ぼされた訳でもない。
こんな村の離れに戦闘狂を名乗る人物がいたとて誰も困らないし誰も気づかないだろう。
「目的はなんだよ、」
「─────」
この二十年、色んなことを積んできたと自負できる。それ故かユージとて鈍くはない。彼女が戦闘目的では無いことなどとうに見破っている。
というのに彼女は一向にその本命を教えようとはしなかった。
「お前が依頼者本人なのは分かった。で?その目的は?」
「───てめぇ、アタシが何者か分かってないのか?」
「あん?」
彼女は秋桜色の髪を靡かせながら掌に顎を乗せユージをじっとした目で見つめていた。見れば見るほどその横暴さが分かる態度は貴族に相応しくない─が、今の一言でなんとなく貴族というのを理解してしまった。
それもそこそこ名の知れた貴族なのだろう。残念なことにユージは貴族という人種には何一つ関心が無くその知識を蓄えてこたなかった。
学園にもルビナス嬢とか呼ばれてる奴はいたがその自由気ままに他者を従え、不得手なものは自分自身でやらない。庶民を見下しイジメ倒すその様は腐った貴族の模写体と言っても過言ではない。
ユージの貴族知識はここまで、有名所を知っている訳でも無いし、なんなら偏見と印象で貴族の認識を歪ませておりとても褒められたものではない。
兎にも角にも貴族に対して良い印象を持たないユージに彼女は石垣から下り立ち上がると、木の葉を踏みながら優雅にユージの方へと歩みを進める。
「な、」
ユージはぐっと、警戒心を強めた。剣を握る手が自然と強くなる。
それを解すかのように彼女の広角が上がった。寧ろそれが君の悪さを引き立たせる。
ユージは剣先を向け彼女を間合いに入るなと警告を出そうとした瞬間─
「合格だ。よくぞアタシに怯まず矛を向けようとした」
「は?」
歯を見せニカッと笑う彼女の表情にただひたすら困惑するしかない。
ユージは上げようとした剣先を地面と垂直にし警戒を少し緩めた。
「アタシの名前はミハイル・クレイバーだ。これからよろしくな」
「ユージ・アラストル、──ん?これから?」
まるでここまでの縁で終わらず、これからも接点を持とうと言わんばかりの言い回し、というより言ってるのだ。
「ああ、知っての通りクレイバー家は今崩壊の危機に陥っている。」
「知らんが?」
「親父はアタシをどっかの貴族に売り飛ばそうとしてたんだ。」
俺をスルーし彼女は淡々と自身の置かれている立場について語り始めた。
「それが嫌って訳でアタシは冒険職に就こうと思ったんだ。」
「───────」
ここまでというより、たったこれだけで「合格だ」の意味を理解してしまった。とどのつまり仲間になれ、なる資格がお前にはあると突きつけているのだ。
「売り飛ばすって言っても金持ちと結婚出来るんだからイイと思うんだが」
「は、30のアタシを向かい入れる奴なんかまともじゃねぇだろ」
「は?」
彼女のほうが5歳上だった。戦闘狂を名乗り仲間を作ろうと励む30代、なんとも考えたくもない有り様である。
「それでミハイル……さんは、俺とパーティを組めと言ってる認識でいいんだよな?」
「なんでいきなりさん付けなんだよ」
「俺が25だからだよ、」
「は?全然見えねー」
彼女は腹を抱えながら大笑いし始めた。
この世界は15で成人する。貴族は基本婚約だの何だのでその歳になってすぐに結婚するのだ。
ただミハイルの売り飛ばす発言を聞いてわかった。性格に難あり故にいないのだ。隣に
「、、、、、、」
ユージは逃げるように背を向けその場を後にしようとした。
「あ、逃げんなよ!」
ミハイルは片腕を上げ鬼の形相で追いかけてきた。正直ここまでの縁にしたいのに
△▼△▼
野原に出た。ミハイルは無言でユージの後ろを付いてきた。
つい先程「ついてくんな」と思いっきり突っぱねたら赤子のように泣き喚いたのだ。もう三十路の年齢でこのザマ─否、寧ろ長年生きてる分女の武器をよく理解している。
ユージは泣き喚かれて結局許容してしまった。強制よりなため許容という言葉は少し語弊があるが
「あそこにスライムが5体いるだろ。」
「任せとけって、スライム如き倒せなかったらクレイバー家の名に泥を塗っちまうだろ」
「──────」
ユージが最後まで言い切らずに彼女は前進した。
自身の存在がその泥と気づけないのは本当に罪なことだ。
とは言え彼女には少し期待をしている。何故なら戦闘狂を名乗っていたからだ。生憎ユージには人の強さを見極める力が乏しい為実際に見なければ強さを判断できないのだが。
それでも彼女はそこそこの実力者であるとそう信じて─
「あ!剣を忘れちまった!」
「──────」
スライムを前にミハイルは後頭部を掻きながら恥ずかしからずに堂々とそう言い放った。
「ほら、剣やるから」
「危ねぇな、刃物を投げるなよ!」
「───────」
ごもっともな言い分だが戦場に出ればもっとも酷いものが宙を飛びまくっている。そもそも渡すつもりで投げたのだから怯えず受け取って欲しいものだが
だが剣を握れば人が変わるかもしれない─
「おりゃあ!」
「──────」
キレイな空振り、敵対していないスライムに奇襲に近い形で攻撃したのにこのザマとは流石に笑えない。
スライムは変形しその青色の体を伸ばす。勢いがつきそのまま彼女の頬に直撃した。ミハイルは無造作に吹き飛んで地べたに倒れ込んだ。
「─────────」
俺が彼女に抱いていた少しの期待はものの数秒でマイナスへと振り切った。
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