1話 どうやら俺は村の厄介者らしい

貧弱な朝日の光を存分に浴びて、村に住み着く元復讐者である男は二度寝していた。


以前からは考えられない程の怠惰である。復讐を決意し直向きに努力していたユージが今の自身を見たら、「何だこの体たらく…………」と絶句するだろう。




仕方がないと言うのは簡単だ。まずユージの性格は復讐向きではなかった。常に無気力だったユージが寧ろ20年も復讐に没頭出来た、それだけで十分すぎる働きである。




─と常に言い訳が頭の中で反発しあっているが正直醜すぎる。恥ずかしい人間にも程があるだろう。




ただ冷静に思い返していた。5歳の時に死んだ村の人達、もし天国でユージを見ているならこの復讐を遂げることに意味を感じれる。




しかし輪廻が巡り、生まれ変わっていたら?君の前世は魔族に無惨にも殺されたんだ。だから仇取るね!




自己満足極まれりである。恐らく心の奥底にこの思考が湧きつつあったのだろう。ユージは村の人に俺達の無念を晴らしてくれと頼まれた訳でも無ければ、神にやりなさいと命じられた訳でもない。




復讐とはその程度の自己満なのだ。やり遂げればその達成感で気持ちよくなれるだろう。本当にそれだけだ。全ての復讐をそうと断定するつもりはない。ただユージの復讐がそうだったということなだけ。




それにユージが共に過ごした村人との時間は拾ってくれた冒険者、もとい師匠と過ごした時間よりも遥かに少ない。




そう多種多様な人との思い出を紡いでいき、記憶が重ねられることで復讐の熱は冷めたのかもしれない。最早ユージの復讐は怒りで湧いたその慣性で突き進んでいただけなのだろう。




そして学を積んでいくことによってユージは不可思議な事実へと辿り着いたのだ─それが魔族の絶滅。




どうやら歴史上魔族は既に根絶やしにされていたらしい。ここがユージの復讐のブレーキを一気にかけた分岐点だろう。




じゃああの魔族と名乗ったやつらは何だったのだ?




途端に唯一の手がかりである"魔族"が消え去った。ユージはそんな馬鹿なと文献を漁り、裏の情報屋まで使った。




誰もが口を揃えて魔族は生きていないとそうユージに告げたのだ。突き付けてきたのだ。




「そりゃ、無いよな」




ユージは鏡台の前に立ちながらボヤくように吐き捨てた。




ユージは黒い髪をかき上げ、左目付近にできている切り裂かれた痕に触れた。失明とまではいかなかったが、それでも傷痕は一生残る。




「はぁ、」




ユージは重いため息を吐いた。結局ユージに残ったのは知識と経験と技術と傷痕だけなのだ。いいことなのだが




するとユージの部屋をコンコンとノックする音が聞こえた。




「どうぞー」




と反応する。まぁ大凡の予想は付いている。恐らく宿主がユージのことを追い出そうと来たのだろう。ユージは今宿に住み着いているから。厄介払いといったとろか。




「兄ちゃん、いい加減この宿から出ていってくれないか?」




開口一番、宿主は呆れたようにユージにそう言い放ってきた。




「金払ってるからいいだろ?」




「兄ちゃん、確かにそうだがな、」




宿主は禿げた頭をポリポリと掻いていた。ため息を零し、自身の髭を捻りにながらこう続けた。




「まだ兄ちゃん若いだろ、金だって無限に湧き出る訳じゃねぇ、そろそろ真面目に働いたらどうだ。」




ユージは名も知らぬ宿主にニートの息子に語りかける母のようなお叱りを受けた。違う点を上げるとするならば愛から来るものか厄介払いから来るものかだろう。




「まぁ、そうだな、」




宿主の発言に深く考える。別に職が無いわけじゃない。学校を卒業した時点でユージは冒険者登録を済ませてあり。一流の冒険者になっている。




ただ今はお休み期間、言うなれば休職と言ったところか、とりあえずユージにはありとあらゆる無気力の塊がのしかかっている。それがユージを怠惰へと導いてるのだ。




だがはじまりの村を歩いてみれば村人の目がやけに冷たい。村総出でユージを除け者扱いしてるのだ。




そんな冷たい視線に耐えれるほどユージのメンタルは強くない。否、精神面の話をするならば、幼い頃から復讐を誓い、過酷な世界へ飛び出ているのだから、恐らく世間的には鋼と呼ばれるほど精神は太いだろう。




が、ベクトルがあまりにも違い過ぎる。なのでこの機を境に少し冒険者としての役割を果たそう。勿論しぶしぶだが、気が少し乗った今しか行動は結果を残しちゃくれないだろう。




「わーったよ、着替えるから外出てくれ」




ユージは宿主を部屋から追い出すと冒険者の服に着替える。




と言って大した物ではない。薄暗い青の服にグローブ、ジーパンのような配色をしたズボンにブーツだ。




ただ剣をだけは拘っている。と言っても師匠がワザワザ良い鉄を使い剣を作ってくれた。なにやら不純物が限りなく無いとかなんとか、さらに創り手もよく、鉄とは思えないほど良い剣らしい。その代償に冒険終わりは必ず研がなければならない。その時間を犠牲にして生み出された剣なのだ。




ユージは剣を腰にかけて深緑のマントを羽織った。久しぶりに着たが妙に落ち着く。




ユージは宿主に一礼をしたあと宿を後にし、集会所へ向かった。




基本冒険者がクエストを受ける場所を集会所という。村に設置されてる場所は少ないのだが、はじまりの村という名前だけにビギナーの冒険者がここを訪れることが多い。




なので王都が特別にこの村に集会所を設けたのだ。─もっともこのユグリス大陸最西端に位置する村も対して近辺には魔物がおらず、収集クエストが主に飾られている。




集会所へ入り込みユージは掲示板の前に腕を組みながら立つ。




「収集クエストばっかりだ、、、」




王都の学校で2位という好成績を修めているユージからして収集クエストなど楽しくできるはずも無い。もっとも仕事である以上はその文句はお門違いなのだが




ここでは関係のない話なのだが、収集クエストはその場所によっては魔物と対峙する可能性が多くあり、ビギナーがこぞって受けたら強敵と遭遇して死にました。なんていう恐ろしい話は少なくないのだ。




その実態を知っているユージからすれば初心者釣りのこの掲示板はギョッとするところではある。─もっともはじまりの村に限っては関係のない話だが




「いても、スライムとかだよな」




一つの依頼書を掲示板から剥がし、じっと見つめた。唯一掲示板に存在していた討伐クエストがこのスライム5体の討伐と書かれた依頼書。




『商人がよく使うルートにスライムが群れを形成して居座ってるよー、通れないからなんとかしてー』とのこと




ただスライムといえど侮るなかれ。この世界のスライムは打撃が効かない。種類によっては魔法が効かない、酸性のスライムもいて何やら一つの皮膚を溶かすスライムもいるらしい。  




子供が草原で寝ていたら酸性スライムに襲われて足が無くなりましたなんて事例は数少なからずある。




初心者が油断していたら人体に被害はなかったものの武器を溶かされたりすることがあるらしい。




学校ではそういった実態は教えてくれるが、学校を通っていない新米冒険者はそこで地獄を見る可能性があるり、とても危険であるとベテラン達は話し合っている




「─────────」 




ことユージにとっては全く無関係の話だ。スライムなんかに足元を救われたりなんかしてみれば、復讐に走った20年の時間は無駄になろう。




ユージはさっそく受付の人に依頼書と冒険者カードを提出した。




冒険者カードは所謂免許証みたいなものだ。クエストをこなしていく打ちにランクが上がっていく。ちなみにランクは鉱石で表される。最高ランクはアダマンタイトだ




かくいうユージのランクは金である。中堅のランクと言ったところだろう。




「無理です」




提出した依頼書と冒険者カードを鑑みられ、そう判断された。




「うん?」




「無理です」




自体が咀嚼出来なかった故の返事なのに無理やりまた詰め込むように現実を突きつけられた。




「冒険者ランクと依頼書のランクがかけ離れています。」




淡々と受付の人はユージにそう告げた。




「アラストル様の冒険者ランクは金、コチラの依頼書は石ランクの冒険者様のみ受注可能です。」




「…………………」




受付はユージにその詳細を説明していた。勿論絶句するしかない。─石とはつまり最低ランクの冒険者、とどのつまり初心者だ。流石ははじまりの村と言ったところか。




それほどのこの村の近辺は安全であるとの証明でもあり、また上級者達がこの村で乱獲するかの如く依頼を掻っ攫わないようにしたルールなのだろう。




実際そんな小物みたいなことする冒険者などこの世界で生きている──と言ってもこの村で受けようとしているユージはその小物に当てはまるので強く出れない。




「つまり、この村から出ていかないとか、」




ユージは面倒くさそうにそう呟いた。




「なにか俺にも受けられるクエストはないですか?」




とユージは藁にもすがるような気持ちで受付の人に懇願した。受付の人はゴミを見るような目でユージを哀れんでいたが、数秒後なにかを思い出したかのように引き出しを漁り出した。




「一つ、いい依頼がありますよ」




受付の人は引き出したから一つの依頼書をコチラに提出した。─その内容が




『村の離れに戦闘狂を名乗る女が居座りはじめたよー、助けてよー』




本当に助けて欲しいのかよくわからない依頼文だ。どうやら戦闘狂の強さが見透明なため銀クラス、即ちユージの1個下のランクから受注が可能となっている。何故その依頼書がはじまりの村に存在してるのかと言うと──




「今日中には王都に渡される依頼書でした。しかし今なら譲渡することも可能ですよ」




ユージから帰ってくる答えなどお見通しと言わんばかりの表情で選択を迫っていた。




「これしか受けるものがないな、」




「危険かも知れませんよ何せ戦闘狂を名乗る人物ですからね」




ユージの返答を遮るように受付は発言した。どうやら本格的な厄介者として村に浸透しているようで受付は、否─村全体がこれを機に出て行けとそう思っているのだろう。




しかしそれでも依頼書をチラ見せしたのは受付の優しさからであろう。




「俺は大丈夫だよ、その依頼」




「本当に危険かもしれませんよ」




「もう良いだろ!!」




このまま行けば無限に続きそうな漫才ブームを無理やり終わらせユージは依頼の受注に成功した。─まぁでも確かにはじまりの村に居座る休職中堅冒険者など邪魔でしかないだろう。




ユージは集会所を背にこの依頼をこなしたらはじまりの村を離れようと決意したのだった。

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