第2話:姉の独白

「……お前もそういう口か」


 ここで死なせてほしい。

 そんな私の願いを耳にした竜は、目を細めてこちらをじっと見つめてくる。


「前にも死にたがっていた人が?」

「ああ、何人もいたな。不幸な境遇の人間ほど、生贄に選ばれやすいんだろうな」


 呆れたようなため息が私の前髪を揺らす。


「お前たちはなんでそんなに死にたがる。人間の命なんてたかが六十年ちょっとだろうに、死に急ぐ必要などないだろう」

「……生きていたって辛いだけですから」

「見たところまだ子供だろうに……いったい何がお前をそうさせた」


 ……どうしてこの竜は、こんなに親切にしてくれるのだろう。

 今日会ったばかりの、ほとんど赤の他人なのに。

 その優しさが今は鬱陶しく思えてきて……私は少し意地悪をすることにした。


「……私を食べてくれるって約束するなら、話してあげます」


 どうせ約束しないだろう、という企図があっての発言だった。

 実際に目の前の竜は訝し気に目を細め、どう答えたものか迷っているのか、しばしの間沈黙していた。


「……いいだろう。約束してやるから話してくれ」


 しかし……予想に反して竜は承諾をしてきた。

 何を企んでいるのだろう。話せば気が変わるとでも思っているのだろうか? 事情を知ればどうにか出来るとでも?

 私が16年間抱え続けてきた苦悩が、そう簡単に消えてくれるとは思えなかった。

 

「約束ですよ」


 何にせよ、約束を守ってくれるなら願ったり叶ったりだ。

 私はもう一度だけ念押しをしてから、深く息を吐き呼吸を整え、長い最期の言葉を紡ぐことにした。




「私には双子の……自慢の妹がいるんです」


 私の妹――アイリスは、あらゆる才能に長けていた。

 日が沈んだばかりの夜空のように美しく紫がかった青い髪が、整った顔立ちを更に際立てていて。

 運動神経も良く、真っ直ぐな性格で人望にも厚く。

 中でも魔法の実力は抜きんでて優秀で、王都の有名な学校に特待生として招待されるほどだった。

 その一方で私は……アイリスとは対照的に、何の才能も持たない平凡な少女だった。

 そして、双子であるがゆえに、どうしても私とアイリスは比較されることが多かった。


 二人でいる時は何の問題もなかった。アイリスがいるのに表立って私を馬鹿にするような度胸のある人はいなかった。

 しかし、何らかの用事で離れ離れになった時が地獄だった。

 ある時は才能の差をからかわれ、「アイリスとは大違いだ」「本当に双子なの?」とあざ笑われた。

 ある時はアイリスと間違われて遊びに誘われ、狼狽えて何も言えずにいると「姉の方かよ、紛らわしい」と吐き捨てられた。

 ……実の両親ですら、「アイリスの才能を少しでも分け与えられていたら良かったのに」と嘆いていたこともあった。

 去年、アイリスが王都の学校に通うために村を出た後も、アイリスの幻影と私を比較する村人たちの心無い陰口が、時々耳に入ってきた。


 ……かくいう私も、私自身のことが嫌いだった。

 何の取り柄もない、妹の才能の残りかすのような自分が惨めに思えて。

 優秀な妹と同じ顔をしながら恥をさらして生きていくのは、彼女の名声にも泥を塗るように思えて、こんな自分なんていない方がいいと四六時中考えていた。

 でも、自分で自分の命に始末をつける勇気すら私は持ち合わせていなかった。


 だから、竜神に捧げる生贄として選ばれたときは、どこか救われたような気持ちさえ生まれた。

 私が死んだところで悲しむ者など……きっと、いないだろう。

 だから、こんな地獄の日々はここで終わらせてしまうのがいいのだ。


「……そういうわけですから。遠慮しないで、一思いに食べちゃってください」


 私をじっと見つめる竜の目に、どこかぎこちない笑顔を見せる私が映る。

 宝石のように透き通ったその深緑の瞳には、悲しみとも哀れみともつかない色が浮かんでいた。

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