第4話 その名は弁慶


五条大橋の上に、月が照っていた。

欄干に手をかける陽翔は、川面に揺れる自分の姿を見下ろしていた。


(どう考えても勝てる気がしない……)


さっきまでの余裕はなかった。

刀を構えた途端、弁慶の殺気が襲ってきた。

今まで命を賭けた真剣勝負をした方がない。

これが初めてであった。


"やらなきゃ、死ぬ"


弱音をかき消すように、小太刀の柄を握り直す。


ドン、ドン……

橋の端から近づいてくる足音が、夜を震わせた。


六尺を優に超える巨体。漆黒の山伏装束に、異様な長さの薙刀。まさに“人ではない”存在。


「……いくぞ、“遮那王”」


「来てみろよ、ジャイアン」


陽翔は引きつる口元を無理やり上げてみせた。相手の眼光は冗談が通じるようなものではない。



「少しは楽しませてくれよ」


その言葉とともに、弁慶が地を蹴った。


(ッ早っ!)


予想より速い踏み込み。陽翔は横に跳び、小太刀を抜く。だが――


ゴッ!


薙刀の柄が横から飛び、脇腹を突き上げた。身体が浮き、橋板に叩きつけられる。


「ぐ……あっ……!」


呼吸ができない。痛みが焼けるように広がる。


「ただ避けるだけでは、何も残らぬぞ」


巨体が迫り、振り下ろされる刃。陽翔は転がってかわし、藁のように飛び起きた。


(これは……やばい。剣道どころか、戦闘ゲームでも勝てないレベル)


小太刀で斬りかかるが、弁慶は薙刀の柄でいなし、肘で陽翔の頬を打つ。

地面が傾き、視界が回る。


「足りぬ。技も力も、未熟!」


「……うるっせぇよ!」


陽翔は叫び、ふらつきながらも距離を取った。呼吸が乱れ、視界が霞む。


(……無理だ。速さでも力でも、全然歯が立たない。こいつ、バグキャラじゃん……)


陽翔は怖気付いて、逃げることに精一杯であった。


――そのとき、天狗との修行をふと思い出した。


"戦いは静を欠いたものから死んでいく。

相手の弱点を見極めろ"



(……そういや、弁慶で浮かんだんだよな、“弁慶の泣き所”)


昔、体育の授業で聞いたことがあった。

膝の内側、人間の急所。何でその名前かと言うと弁慶がそこを蹴られて悶絶したという、逸話があるって。


(ダメ元で……賭けるか)


陽翔は構えを解いた。重心を落とし、低い姿勢から一気に踏み込む。

弁慶は刀を背負っているため、動きは決して早くはない。

しかし、この橋の上で限られたスペースで

薙刀のリーチの長さが動きの遅さをカバーしてる。

しかし、隙は大きい。

絶対に右足を踏み込み薙刀を振るう。

そのタイミングで天狗から習った

一撃を撃ち込めれば。


「吶喊!」


叫びと同時に、弁慶が薙刀を振るう。陽翔は刃の軌道の下へ潜り込んだ。


(今だ――!)


小太刀の柄で、弁慶の膝の内側――泣き所を思いきり狙う!


天狗直伝、"逆鱗"


加速したスピードを殺さぬように

体重の全てを乗せて叩き込む一撃。



ゴッ!


「ぐあっっっ!!?」


弁慶の巨体が、崩れた。

膝が折れ、橋板が大きく揺れる。


「ぐ……そこは……ッ、卑怯な……!」


「そっちがデカすぎんだよ!

その荷物の重さに足が耐えられてもないだろ?お前は心も身体も背負いすぎてんだよ。」


陽翔は転がりながら距離をとり、構えを直した。


弁慶は膝を押さえたまま、顔をしかめる。が、やがてその口元が、かすかに笑った。


「……まさか、こんなガキにやられるとはな。さすが源義経。」


「源氏の名は伊達じゃないんだよ」


「名乗るに値する男だった。認めよう。我が“最後の一本”は、そなたにこそ相応しい」


弁慶は地に薙刀を突き立て、深く頭を垂れた。


「この身、この力、以後すべて、そなたのために使おう。命を預ける」


陽翔はしばらく黙って見ていたが、やがて小太刀を納めた。


「じゃあ、まずは下っ端は荷物持ちから、よろしく」


「承知した」


「……冗談だよ」


だが、弁慶の目は真剣だった。


こうして、五条の橋で交わされた一撃は、ただの勝敗を超えて――

新たな絆となった。

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