第5話 牛と鬼
陽翔と弁慶が連れ立って京の町を歩き始めたのは、夜が明けて間もないころだった。
五条大橋での激闘の名残は風に流れ、町は徐々に動き始めていた。
「一度鞍馬山に戻って挨拶済まさなきゃなー。弁慶も来てくれるか?」
陽翔が弁慶に問いかけると、巨漢は腕を組んだまま答えた。
「あぁ。着いていくさ。だがここの都をぬけるのも大変だぞ。
都には、表の通りと裏の通りがある。“五条の鬼”として知られた俺の耳には、どちらの情報も入る。……昨今、女児の行方不明が続いていると聞いた」
「……子どもが?」
陽翔の表情が強張る。
「人買いか?」
「いや。消えた娘たちは、すぐにどこかへ運ばれているらしい。手際が良すぎる。まるで、“組織”の仕事だ」
陽翔は眉をひそめた。
子どもの誘拐――それは現代でも許されざる犯罪だ。だが、この世界では、それが堂々と行われている可能性がある。
「じゃあ……先ずはそいつらを止める。それが最初の“仕事”ってことでいいな?」
「ふ。構わぬ。“刃”としての初陣よ」
弁慶はふところから巻物を取り出した。そこには、手書きでいくつかの名前と場所が記されている。
「情報筋によれば、最も怪しいのは“蓮台野(れんだいの)”。かつての葬送地だが、今は都の“はぐれ者”が集まる闇市と化している」
「そこに行けば何かわかるってことか」
陽翔はうなずいた。
⸻
陽が沈み、蓮台野の空に怪しい灯りが揺れ始める頃。
陽翔と弁慶は、闇に紛れるように路地裏を進んでいた。
蓮台野――表の京とはまるで別世界だった。
薬草に偽装された毒、密売される仏具、札束より価値がある“人の命”。空気がどこか生ぬるい。
「……ここ、地獄だな」
「それでも、生きる者がいる。生きるために、人を売り、嘘をつく」
弁慶の目は冷めていた。だがその奥に、怒りが燃えているのが陽翔には見えた。
路地の奥で、喧騒の合間から少女の泣き声が聞こえた。
「今……!」
陽翔は即座に駆け出した。弁慶がその後を追う。
辿り着いたのは、打ち捨てられた倉のような建物。
中には、髪を振り乱した女の子と、それを押さえつける二人の男がいた。
「手ぇ出すなッ!」
陽翔は叫び、飛び込んだ。小太刀を抜くと、男の一人が「なんだコイツ」と叫んだ。
「遊びは終わりだ!」
一閃。男の肩口に浅く斬りつける。もう一人が短剣を抜いて振りかかるが――
ドゴォッ!
弁慶の拳が男を壁に叩きつけた。
そのまま首を掴み持ち上げる。
骨の軋む音がして、男は沈黙する。
「……誰だ貴様ら、何のつもりだ……!」
陽翔は睨みながら女の子の縄を切った。
弁慶が手を離すと、一目散に男は逃げていくのであった。
「俺たちは……正義の味方、ってことでいいか?」
弁慶は無言でうなずいた。
少女は震えながらも、「ありがとう」と言った。
陽翔は、手の中でまだ熱を帯びた小太刀を見つめた。
(これが……この世界の“戦い”か)
命のやり取りではない、でも確かに、自分の“選択”で何かを救った。そんな実感。
⸻
救出した少女を親元に送り届け、陽翔と弁慶は寺の裏手にある井戸の前に腰を下ろしていた。
「……やったこと、バレたらヤバいんじゃね?」
「噂は広がる。だが、それがよい。闇の中で動くには、名もまた武器となる」
「“牛若と鬼若か。ちょっと中二っぽいな」
「気に入らぬか?」
「……嫌いじゃないよ」
二人は笑った。
これが後の世に轟く名前だと彼は知る由もなかった。
空は星を散らしていた。
だが、その下で、さらなる“闇”がうごめいていることを、陽翔はまだ知らなかった。
平安京――その表と裏。
そして、すべてを牛耳る“貴族の影”。
新たな戦いが、すでに始まりつつあった。
新訳 ushiwakamaru 小鳥 莉奈 @kakuyomina
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