第4話:2つ目の国、新たな勇者

「つい先日のことである。魔王を打ち倒した勇者カイが悪魔に堕ち、新たな魔王となった」


 玉座につく王が、眼下に跪く少女に言葉をかける。


 ここはリーオトゥーザ王国。オルワンズ王国の隣国だ。


「オルワンズ王国は、魔王カイの手によって、跡形もなく滅ぼされた。早急に彼の魔王を討伐する勇者を決めねばならん──そちに任せようと思う」


「はっ。ありがたく拝命いたします」


 少女は頭を下げ、恭しく返事をする。


「元勇者カイのかつての弟子にして、リーオトゥーザ最強の剣士よ。其方の師であった魔王カイを打ち倒せ!」


「はっ!」


「そして……おい、持ってくるがよい」


 国王の命令で、玉座の間の隅から数人のメイドが1つの鎧を持ってきた。


「これは……」


「我がリーオトゥーザ王国の国宝、神鎧バームエルである。魔王カイは神剣アザムを持ったブレール第1王子を破ったと聞く。これを授ける故、確実に魔王カイの討滅を果たすように」


「この命に代えて」




「おつかれ、クリネ」


「お疲れ様です、クリネさん」


 カイの弟子──クリネが玉座の間を出ると、2人の少女が待っていた。


「ハミーノさん、レアレ。待っててくれたの?」


「カイが悪魔に堕ちて魔王になったって聞いたよ。仲間として、あたしが止めてあげないといけないでしょ」


 ハミーノはサーナと同じように、カイが勇者であった時の仲間だ。役割は魔法による殲滅者。


 魔法の技量を比べれば、未だにカイより上だ。


「わたくしも、カイ様の友人ですから。オルワンズを滅ぼしてしまった罪は最早許されようがありませんが、もしかしたら何か事情があったのかも……」


 レアレ・ツヴァイ・リーオトゥーザ。リーオトゥーザ王国の第3王女。


 カイの狙う、最も若い女の王族だ。


「大丈夫だよ! こっちにはハミーノさんがいるんだし、私には神鎧もあるし、何より、師匠の使っていた聖剣があるんだから!」


 クリネが腰から抜いたのは、かつてカイが愛用していた、光の力が込められた剣だ。


 クリネにも光の力への高い適性があり、聖剣や神鎧を問題なく扱える。


 3人が話していたその時、外からドガーンと轟音が聞こえてきた。


「何!?」


「これは、闇の力だよ!」


 3人の中で唯一魔王と相対したことのあるハミーノが、攻撃の正体を言い当てる。


「ということは……」


「扱えるのは悪魔だけ……カイが、早速やってきたようね」


「レアレは逃げていて! 師匠は、私とハミーノさんで倒す!」



 ◆◆◆



 俺はサーナから神力を奪い尽くすよりも先に、姫を集めることにした。


 と言っても、気分だ。今はサーナしかいないので姫の誘拐で気分転換をするが、女が増えればその頻度も減少するだろう。


 リーオトゥーザにやってきた俺の前に、2人の少女が現れる。


 俺の弟子であったクリネ。聖剣と、神力を感じさせる鎧を纏っている。


 そして、俺の仲間だったハミーノ。強力な魔法使いだが、クリネと比べれば脅威ではない。


「師匠……本当に悪魔に」


「あたしたちが、あんたの悪行を止めてあげるわ」


 2人とも、美しい女だ。


 特にハミーノは、身長に見合わない豊満な肉体を持っている。


「お前ら、俺と一緒に来い」


 それは、アロガンツの支配能力が込められた言葉だ。


「師匠、何を言って──」


「はい……」


 クリネは神鎧の力で悪魔の能力に抵抗したが、ハミーノは俺の言葉に操られてしまった。


「ハミーノさん!?」


「はっ! 何、今の……体が勝手に」


 俺はそばに寄ってきたハミーノを抱き寄せ、その立派な柔肉に指を沈み込ませた。


「い、いやっ! 離して!」


 ハミーノが抵抗する前に、その腕を鎖で縛り付ける。


「お前たちは顔も体もいいし、他の人間よりも愛着がある。俺の女になれ」


「師匠……体だけでなく、心まで変わってしまったんですね」


 クリネが悲し気にそう呟き、聖剣を構えた。


「残念ですが……勇者として、私が倒します」


 聖剣が振るわれ、光の斬撃が飛ぶ。


 しかし、俺が対抗して放った闇の斬撃の威力が、それを上回った。


 ガン、とクリネの神鎧に闇の斬撃が直撃する。だが、まるで効いていなかった。


「諦めてください、師匠。神鎧バームエルは闇の力による攻撃を完全に無効化します。師匠の攻撃は効きません」


「ほう」


 悪魔となった俺の攻撃は、闇の力を直接放つものはもちろん、物理攻撃も魔法も、僅かに闇の力が混じってしまう。


 なんの攻撃も効かないとなると、神剣アザムよりもよほど俺の天敵だった。


「ならこうしよう」


 俺は脇に抱えたままだったハミーノの頭を掴み、アロガンツを発動した。


「やめっ、離してっ……あがっ、あああああああッ!」


 支配の力が彼女を洗脳していく。


「ハミーノさん!」


 クリネが叫ぶが、もう間に合わない。


「さあ、ハミーノ。今一度俺の仲間に……いや、俺のしもべとなって、神鎧を破壊しろ」


「はい……」


 虚ろな瞳をしたハミーノが、クリネへ向けて手を伸ばす。


「ハミーノさん、目を覚ましてください!」


「無駄だ」


 ハミーノがクリネへ向けて火炎の砲撃を繰り返し放つ。


「くっ! はああああああ!」


 クリネはそれをいちいち斬り落としていく。クリネの後ろには、リーオトゥーザの王都が広がっているからだ。


 2人の攻防の隅で、俺はギアーを発動した。


 クリネから何かを奪うのではなく、手元に呼び寄せるための使用だ。


「あっ!!」


 クリネが焦ったような声を上げる。


 切り捨て損ねたハミーノの火炎砲撃が、王都を焼いてしまったのだ。


 民が何人も犠牲になっただけでなく、ハミーノも重大な犯罪者として、人間の世界で生きられなくなってしまった。


「くそ……っ! 師匠! 本当に見損ないましたよ!」


「俺も、お前の迂闊さには涙が零れる思いだ」


 剣を振るう。


 斬撃が直撃した神鎧バームエルは、大きく損傷した。


「なっ、どうして……!?」


「こいつは、神剣アザムだ」


「な……!?」


 わざわざハミーノに時間稼ぎをさせてまでギアーに集中したのは、城に置いてきていた神剣アザムを呼び寄せるためである。


 神力が込められているため、多少は掌握したが、まだ悪魔の力の効きが弱いのだ。だから時間がかかった。


「ウート」


 身体強化の能力を発動。


 神鎧バームエルの損傷した部分に指を差し込み、神力に焼かれながらも、その切り傷をさらに広げるようにして豪快に破壊した。


「さあ、もう俺の力は防げないぞ。この場で俺に忠誠を誓ってみろ」


「くっ、例え神鎧を失っても、勇者として、私は師匠を──」


「お前が逆らうなら、今すぐにハミーノの洗脳を解いて、現状を見せつけてやるぞ」


「そ、それは……」


 ハミーノは正義の心を持った少女だ。自分が何百人もの民を殺したと知れば、その精神が病んでしまうことは避けられない。


「ほら」


「くっ……私は、師匠に忠誠を誓います……」


「いい子だ。ご褒美にハミーノの洗脳を解いてやろう」


「なっ、そんな、話が違──」


 クリネが言う前に、ハミーノが正気を取り戻した。


 キョロキョロと辺りを見回し、下を向いて王都の惨状を知る。


 家々を焼く炎から自分の魔力を感じ取った彼女は……


「あ、あ──」


 瞳からハイライトを消し、涙を流して絶叫した。

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