第24話
その後、場所は変わってファルス様の客室。
まだ完全に復活しきっていない私の体を、ゆっくりとソファーに横たえてくれる。
「すみません、ついやり過ぎてしまいました」
「…ほんとです…」
そう言えば困ったような笑みを見せてくれる。
ちなみにこの部屋まではファルス様が運んでくれた。…お姫様抱っこで。
途中、通りすがった文官や兵士などに生暖かい目で見られ、恥ずかしくて顔を隠すようにファルス様の胸に顔を埋めれば、「甘えん坊ですな」などとあらぬ誤解をされる始末。
他にも「仲睦まじい」「目に毒」「イチャイチャするなら他所でやってくれ」etc…
決して私のせいではない。
むしろ被害者である。
しかし…
「お茶を用意してもらえますか?」
「かしこまりました」
侍女に指示をだすファルス様。
抱っこしてくれた時も、ソファに横たえてくれた時も。
その所作はとても気遣うものだった。
ゆっくりと、私の体に負担がかからないようにやさしく。
…そこまでされて、それでもファルス様の好意を疑い続けるのか…?
その碧眼の瞳は慈愛に満ち、決して私を利用しようという魂胆は見えない。
だから……
「セーラ、飲みますか?」
用意された紅茶を、手元まで持ってきてくれる。
そんな優しさにも嬉しくなり、体を起こす。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、一口飲む。
…少し口の中がねばついていたのでありがたい。
侍女が退室し、部屋には二人っきり。
場は沈黙が支配する。
けれど、その沈黙が苦にはならない。
ただファルス様はそうでもないようで、少し目が泳いでいる。
「どうしました?」
「ああ、いや……その…」
何か言い淀むような雰囲気。
何かあったのだろうか?
「先ほどのは…すみませんでした。その…」
「……」
「ええ、と……その…」
なにか珍しいファルス様がいる。
目は泳ぎ、少し顔も赤い。
「謝らなくていいです」
「えっ?」
「……嫌、じゃない。……気持ちよかったので」
「………」
「………っ!」
(私は何を言って…!?)
さらっととんでもないことを言ってしまったことに気づき、手元のクッションで顔を隠す。
どんどん顔が赤くなる。
どうしてそんなことを言ってしまったのか。
分からないが、もしかしたらまだ頭は復活してないのかもしれない。
「私もですよ、セーラ。セーラとのキスは、いつだって気持ちいいです」
さっきまでの言い淀んだ雰囲気とは一変。
落ち着き払った、それでいて優しげな声色にますますこちらが動揺してしまう。
「でも、セーラの唇は私のものです」
私の唇は私のものです。
そう言ったところで聞かないだろう。
なら…
「ファルス様の唇も、私のものです」
「………」
「………」
言ったところで、またやってしまったと気づき、顔の赤みが増していく。
…本当に頭がおかしくなったのかもしれない。
「ええ、私の唇はセーラ、あなたのものですよ」
さらりと言いのけるファルス様に、少し怒りが湧いてくる。
…どうして私が動揺し、ファルス様は落ち着いていられるのか。
非常に理不尽である。
「…でも、シルヴィア様があなたの唇を奪った」
「…そう、ですね」
本当に何故そんなことをしたのか。
そっちの気があるのではと半ば疑っている。
もちろん、私にそんな気はない。
…前世おっさんであったとしても、だ。
「……嫉妬…しました」
「えっ?」
嫉妬?ファルス様が?誰に?
「あなたの唇を奪ったシルヴィア様に。セーラの唇は私だけのもの、セーラの唇の感触は私以外のものが知ってはいけないものなのに。そう思ったら、奪い返さなくてはならない。それだけが頭を埋め尽くしました」
その結果があれにつながるのか。
嫉妬、おそるべしである。
シルヴィア様には厳重に注意…いや警戒しておこう。
嫉妬のたびにされたら私がもたない。
言い終えたファルス様は、それがよほど恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。
嫉妬の感情。
確かにそれを表に出すのは難しい。
相手によっては重いと取られるかもしれないし、間違えば関係が切れかねない。
とはいえ、だ。
(…あれを目の前で見せられればそうなってもおかしくはないでしょうね)
相手が女性だとしても。
あれで嫉妬されないのは、それはそれで問題だと思うところだ。
…私としても、新たな扉を開かされるかもしれない場面だった。
それはそれとして、だ。
(かわいい……)
嫉妬の感情を吐露し、顔を真っ赤にしたファルス様。
それを見てそう思ってしまう私は、ファルス様の嫉妬の感情を受け入れている。
否……喜んですらいるかもしれない。口元が緩んでいるのが自分でもわかる。
「…何を笑っているんですか」
恥ずかしさをこらえるように、そしてファルス様には珍しい少しすねたような口調で。
普段とは立場が逆だ。
今のファルス様にはそれだけ余裕がないようだ。
そんな状況が楽しくて、ますます笑みが深くなっていく。
「ふふっ。だってファルス様が可愛らしいので」
「…セーラがそんなにいじわるだと思いませんでした。あと、男性に『可愛らしい』はいけません」
顔が真っ赤なままではその言葉にも重みが欠ける。
楽しくなってきてしまった私は、つい体が動いてしまった。
「とってもかわいいですよ」
そう言い、ファルス様の頭をなでなで。
これにはもう何も言う気が無くなったのか、項垂れ、撫でられるままになってしまった。
「………もう、好きにしてください」
諦めてしまった。
(少しやりすぎたかしら…?)
とはいえ、普段が(色んな意味で)やられっぱなしなので、たまにはいいはずだ。
…後の反撃が怖いけれど。
***
それから紅茶を2杯目飲み終えるころに、ファルス様にアーサー王からの呼び出しが入った。
そもそも何故さっき訓練場に二人がいたかと言えば、私とシルヴィア様が一戦交えるという話を侍女から報告を受けて会合を行っていたところから急遽駆け付けたからだそうだ。
そして、さっきの状況になり、私が落ち着いただろう頃合いを見計らって、再開させるそうだ。
「では、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
そう言い、ファルス様は出ていった。
途端に手持無沙汰になる私。
(そういえば…)
ふと思い出す。
直前の事態が衝撃だっただけに忘れかけていたが、私が今感じていた苦悩はすべてファルス様に聞かれてしまった。
悩みの問題の当人に聞かれた。
改めてその状況に頭を抱える。
「…お忙しい方ですね」
ぽつりと侍女のつぶやきが響く。
呆れられるのも仕方がない。
「何をお悩みなのですか?」
そう言われ、ハッとする。
私は今、何を悩んでいるのだろう。
あれほどまでに愛の所作に満ち、その瞳に込められた愛を、何故私は未だに疑っている?
私は彼を好きで、彼も私を好き。
それはもう事実だ。断言していい。
…そこに裏は無い。
なら何故?
か弱き令嬢に背中から刺されるから?
私には『羽衣』がある。
凶暴な『黒き災害』の攻撃すら防ぐ術が。
それなのにまだ怯えるのか?
仮にその令嬢の武器が魔法に変わったとしても、対魔法の防御もある。
早々に後れを取ることもない。
私が害される危険はあっても、それに対処する力は十分にある。
なら、もう悩む必要はない。
そんな心配はいらない。
他には?
公爵夫人としての不安?
……そんな不安はあったのか?
これでも、王妃としてなるべく教育を受けてきた身だ。できるという自負がある。
それが公爵夫人となったところで、変わるわけでもない。
彼が王宮魔法使い団長としてこれからも続けるなら、私は公爵夫人として留守を任される身。
全く不安が無いとは言わないが、さして感じることもない。
彼の隣に立つこと。
それを拒むほどの悩みや不安が、まだあるのか?
いや……
それらのために彼の隣にいれなくてもいいのか?
嫌だ。
そんなの嫌だ。
もう嫌だ。
彼に呼ばれることが、彼に抱きしめられることが、彼の私のための行動の一つひとつが、もう手放せないものになっている。
「大丈夫ですよ」
侍女の言葉に顔を上げる。
何が?と問う前に彼女は続けた。
「きっとなんとかなります」
その言葉に、胸にあったものがスッと軽くなった気がする。
そうだ、なんとかなる。
彼がいてくれれば、きっと。
それほどに彼の…ファルス様の存在は私の中で大きくなっていた。
「ありがとう」
侍女に礼を言う。
侍女はにこりと笑みを返してくれた。
私もつられて笑顔になる。
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