第23話
「…怖い…」
ふと漏れ出た、かすかな言葉。
けれど、シルヴィア様の耳にはしっかり届いたらしい。
「何がだい…?」
「…ファルス様の……本当の気持ち…」
「………」
「本当に…私のことを好きなのか。もしかしたら、全然そんなことはなくて…」
ぽつり、ぽつりと不安の中身が零れていく。
「もし、私のことが…本当に好きならいいのに」
そして、ついに願望が漏れ出たとき、シルヴィア様の抱きしめる力が強くなった。
「私はさ…今度、そっちの国の王子に嫁ぐわけだ。好きでも何でもない相手にさ」
その言葉にハッとする。
そう、シルヴィア様は好きどころか、顔も性格もわからない相手なのだ。
「でも、王族として生まれたからにはしょうがないし、そういうもんだと思ってた。でもさ、ファルス王子を見てると、本当に羨ましくてさ」
「羨ましい…?」
「あんなにはっきり好きだなんて露わにしてさ。まぁ私もはっきりさせるほうだけど、それでも『好き』っていう感情だけは分からなくてさ」
「………」
「あたし、好きな人っていないんだ。これまでも、ずっと。狩に出ると男連中に囲まれるんだけど、全然そんな気持ち、湧かなくてさ」
シルヴィア様の告白に黙って耳を傾ける。
彼女が何を伝えようとしてるのか。
「聞いてるとさ、その王子…ギルバート、だっけ?あんまり、というかろくでもないような奴なんだろ?」
「……まぁ……」
なんとも返答に困る。
「そんな奴相手でも、国が決めれば行かなきゃならない。だから、もう誰かを、そいつ以外を好きになっちゃいけない。もう、あたしは……誰かを好きになる感情を持てないまま終わるんだなって」
「それ、は……」
その通り…としかいいようがない。
王妃ともなった人間が、王以外に現を抜かすようなことは許されない。
ここで物語なら、政略結婚でも円満な仲を築いた、と言うのだろう。
しかし、相手が相手だけにそんな無責任なことも言えない。
「だからファルス王子が羨ましい。あんなに好きっていう感情をはっきりさせて。そのうえ、好いてる相手にもちゃんと好かれてる。そうだろ?」
「…はい」
「最高じゃないか。王族なんて、好きになった相手となんて結ばれないなんて思ってたら、目の前にそれを実現させた奴がいる。とんでもないことだよ」
「………」
「ファルス王子が実はあんたを愛してない?どこをどうみたらそう見えるのか、教えてほしいもんだ」
「………だって…」
私は、ぽつりぽつりと、今までの経緯を話した。
ギルバート王子と婚約したこと、ファルス王子と初めて会った時のこと、婚約破棄されたこと、ハンターとして生きてきたこと、ファルス王子に捕まったこと…
「だから……分からない。どうして、ファルス様が私を好きなのか……私を好きになる理由なんてない。だから…」
「裏があるって?」
コクンと頷く。
「そっか……」
少し考え込むように、シルヴィア様が沈黙する。
しばし、静かな時が流れる。
「じゃあ本人に聞けば?」
「えっ?」
「なぁ、ファルス王子?」
「!!??」
その言葉に顔を上げる。
すると、いつの間にそこにいたのか、曲がり角の手前にファルス様がいた。
その後ろにはアーサー王もいる。
一体いつから!?
どこから聞かれてた!?
どこまで聞かれてた!?
混乱した頭が思考放棄して真っ白になり、言葉を発しようとしても口はパクパクと動くだけ。
そんな私とは対照的に真剣な面持ちのファルス様は、ゆっくりとこちらに一歩ずつ近づいてくる。
咄嗟に逃げ出したくなったが、シルヴィア様にしっかり抱きしめられて逃げられない。
「逃げなくても大丈夫」
そう、優しく諭すような声音に、あきらめの気持ちもあって逃げることはやめた。
けれど、あんなこと…今の自分の気持ち、ファルス様の本心を疑っていたという告白を聞かれては、ファルス様の顔を見れなかった。
「私の婚約者を返していただけますか?」
「はいはい」
ようやくシルヴィア様の抱擁が解かれ、そして差し伸べられたファルス様の手。
その手に、自分の手をのせていいのか……素直にその手を取れず、手を見つめるだけになってしまう。
「ああもうじれったい!」
焦れたシルヴィア様が再び私を抱きしめると、自分が立ち上がるのと一緒に強引に私まで立たせてしまった。
無理に引っ張られたお腹が痛い…
それだけでは終わらず、今度は強引に向きを変えさせられ、目の前にシルヴィア様の顔。
一体何を…
そう思ったところで思考は停止した。
「ん……」
「………」
「………」
「………」
シルヴィア様って長いまつげが綺麗、とそんなことしか浮かばなかった。
そう思うしかない程に接近し、そして感じる柔らかな感触。…唇の。
ファルス様より柔らかいな、とか、シルヴィア様ってキス好きなのかな、とか、今この場面においてはどうでもいいことしか思いつかない。
キスされてる。
シルヴィア様に。
唇と唇の。
頬にとか、額にじゃない、しっかり唇に。
時間の感覚が無い。
どれほど時間が経ったのか。
シルヴィア様が離れて、キスも終わり、そしてシルヴィア様は自分の唇を舌なめずりしながらニヤリ。
「…案外、キスって気持ちいいもんなのね」
言い終わると同時に今度は抱き寄せられ、再びキスされていた。
しかも今度はさっきよりも圧が強い。
というか、さっきから何か唇を舐める何かが…
「何をしてるんですか!!」
ファルス様の怒声と同時に私の体が強引にシルヴィア様から引き剥がされ、今度はファルス様に抱きしめられる形になった。
あまりの衝撃に頭が現状の理解をしてくれない。
何故シルヴィア様にキスされたのか、それを問うこともままならない状態で、更なる衝撃が私を襲う。
「んん!?」
今度はファルス様からのキス。
それも私の後頭部を掴み、ここまで強引にしなくても…と思うほどに。
どころか、それでも足りないのかぬめる舌があっという間に私の口内に侵入。
「!?」
「…ふっ…」
大きく鼻で呼吸したファルス様が、ここからが本番とでもいうように(慣れ親しんだ?)蹂躙を開始する。
「……わお……」
「………」
ガイオアス国王族兄妹という観客の前で繰り広げられる蹂躙劇。
一方的に弄られる私は、もはや頭が理解を拒否した。
ただ口内に与えられる快感に身を任せるしかなかった。
(気持ちいい……)
脳内が痺れ、思考はただただ快楽を享受するのみ。
手にも足にも力が入らないが、しっかりファルス様に抱きしめられた私の体は倒れることは無い。
ただ周囲に私とファルス様で奏でられる淫らな水音だけが響き、それ以外の全てが停止していた。
…いち早く我に返ったのはアーサー王だった。
「っ!何をしている!!」
アーサー王の怒号にシルヴィア様が、そしてファルス様も我に返る。
……さんざん蹂躙された私は、再起不能だった。
「うっわ、エロ……」
口は半開き、弄られた舌はだらしなく垂れ下がり、口元から涎が首元まで垂れている私。
シルヴィア様の評価もしかたない。
そんな私を見たアーサー王はすぐさま目をそらした。
「すみませんセーラ!つい…」
つい…で私をこんな状態にさせたのか。
しかし指一本動かせない私は抗議の声も上げられない。
「ファルス…そのような行為は人のいる前では慎んでもらえるだろうか…」
「はい、すみません…」
「いやー……本当にキスってすごいんだねー…」
「そもそもお前が原因だ!」
「あいたっ!」
呑気につぶやいたシルヴィア様にアーサー王の鉄拳が下る。
「なんでセーラにキスをした!?はっ!まさかお前…」
「まさかって何だ!?」
「まさか……女の方が好きなのか!?」
「んなわけあるかぁ!!」
「ぐおっ!?」
まさかの疑惑を完全否定したシルヴィア様の鉄拳が容赦なくアーサー王の腹部にめり込み、筋肉の体をくの字に曲げた。
「…では何故セーラに…?」
ファルス様が言いながらハンカチで私の口元を整えてくれる。
早く立ち直りたいが、身体はそうもいかない。
「いやー…なんかまどろっこしいから、いっそ焚きつけてやろうかと」
「焚きつ…けようと…して…どうし…て、ああなった…」
アーサー王が腹を抑えて何とか言葉を紡ぐ。…相当効いてるようだ。
「もし誰かに取られる…ってなれば、ファルス王子ももうちょっと本気出すかなって思って。……ここまでとは思わなかったけど」
『ここまで』にされた私は、ようやく復活し始めた。
なんとか自分の力で立ちたいのに、変な体勢で抱きしめられてるせいでうまくいかない。
「だからといって私の婚約者の唇を奪ったのは許せませんね」
その言葉にわずかに怒気が込められている。
それは分かったのか、シルヴィア様もすぐに謝罪した。
「いやーごめんごめん」
「それも二度も」
「……セーラの唇が思ったよりも気持ちよかったから」
「それは仕方ありません」
「仕方…なくない」
私の唇を奪った二人は本人を無視してうんうん頷きあっていた。
「…そんなに気持ちいいのか」
ぼそっとアーサー王のつぶやいた言葉に、私はとっさに片手で口を隠した。
その上からファルス様の手が、さらに何故かシルヴィア様までが。
「するわけなかろう、バカ者ども!」
本日二度目のアーサー王の怒号が響いた。
「…というか俺のときだけそんなに嫌がるのか…」
「………」
無回答。
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