第20話
ところかわって場所は城内の訓練場。
その中央には、着替えを済ませてドレスから他の兵士と同じような服に着替えたシルヴィア様と、シルヴィア様に選ばれ、ファルス様からも説得され、止む無く他国の姫と決闘する羽目になった我が国の騎士。
いくら本人や、主人である王子の命があっても、他国の姫を傷つけるよなことになればどうなるか、わからぬ彼ではない。確か子爵家の令息だったはず。
しきりに断れないか訴え続けていた。
しかし、ついには当人の兄にして王であるアーサー王が、念書まで書いたため、しぶしぶ了承するしかなかった。
しかし、いざ訓練場に立てばその空気は一変する。
たとえどんな相手であろうと、決闘であるなら敗北すればそれは国の評価につながる。
彼は今国の代表としてそこにいるのだ。
それが他国の姫であろうと、未来の王妃であろうと、手は抜かない。
そんな気持ちで、今彼はあそこに立っているだろう。
ファルス様も、遠慮なく叩きつぶしていいと許可している。
もし彼が負けると、弱い男のもとには行かないと、言い出すと思ったのかもしれない。
事実、ここまでシルヴィア様は『我が国に嫁ぐ』ということを明確に意思表示していない。
王の決定とはいえ、それを素直にはいそうですかと従うような方でもなさそうだ。
「いやー、人間を相手にするのは久しぶりだね」
もう何も隠さなくなったシルヴィア様。
その肩に木刀を乗せて。
ドレスから動きやすい服に着替えた結果、その体つきがよりわかりやすくなった。
大の男でも手に余りそうなほどの大きい胸部。しかしその下のウエストは鍛え上げられた腹筋が見事に割れ、その落差がすごい。
その下の腰、太もも、ふくらはぎは見事な筋肉の盛り上がりを見せ、胸から上が無ければ男性の体と見間違えても不思議じゃないほどだ。
それだけに、その筋肉から繰り出される動きはどれほどのものか、見当もつかない。
「人間を…とは、どういうことですか?」
「…シルヴィアは時折、魔獣討伐隊に参加していてな」
ファルス様の疑問に、呟くように言ったアーサー王。
その呆れたような表情から、それが彼の本意ではないことがわかる。
それはそうだろう、魔獣討伐隊ということは、強力な魔獣を相手にしなくてはならない。
万が一、命を落とすようなことにでもなれば…
「だが、そちらの国には魔獣はいないのだろう?」
「ええ。確認されたことはありません」
「なら、安心だ」
…どうやらアーサー王には、今回の婚約を機に国を出て、そしてもう危険な魔獣との討伐を妹にさせずに済むという思惑もあったようだ。
「勝負は相手が『参った!』と言うまで。言うまでもないが、殺しは無しだ。時間は無制限。以上、確認したいことは?」
「無い!」
「ありません」
アーサー王が確認すると、決闘する両者から同意が得られる。
いよいよ開始だ。
「はじめ!」
開始の合図。さぁどう出るのか。
そう思っていたところで、わが目を疑った。
シルヴィア様が消えた。
否、消えたように見えるほどの恐ろしく速い動きをし、最初の対峙した距離、およそ5mを瞬く間に詰めた。
そして、既にその木刀は突きを放っている。
それは人間と闘う戦い方ではない。
魔獣という危険な相手を、確実に仕留める戦い方だ。
勝負あり。
私の目にはそう見えた。
が。
「失礼」
木刀が騎士の体を貫いた…ように見えてその実、半身ずらしてその鋭い突きを紙一重でかわした騎士は、掌をシルヴィア様の腹部に当て、一気に腕を突き出した。
それだけで最初の距離を超えるほどにシルヴィア様を突き飛ばした。
宙を浮き、そのまま背中から滑り落ちるかと思われたが、シルヴィア様は軽やかにバク転を決め、着地してみせた。
「…やるな」
アーサー王の感嘆の声が響く。
「シルヴィア様も。あの動きには驚かされました」
「だが、あの騎士はそれをたやすくかわし、反撃までして見せた」
「それが、彼の仕事ですから」
「やるじゃないか。あれで終わったと思ったよ」
「そちらこそ。あれほどの動きを見たのは初めてかもしれません」
「はっ!よく言うね。簡単にかわしやがって」
「殿下の前ですので」
それからの戦いは、最初に見せた動き同様圧倒的な機動力を見せるシルヴィア様が訓練場を縦横無尽に駆け回り、その合間に騎士に攻撃を仕掛け、防がれるあるいは避けられるとすぐに退くという、ヒット&アウェイ戦法だった。
一方騎士は、シルヴィア様の動きを見逃さずその場から動かず、近づいた際にカウンターを加える待ちの戦法となった。
そんな戦いは10分も続いただろうか。
「はー、はー、はー……」
息が荒く、ようやく足を止めたシルヴィア様。
あれほどの動きを10分も続けたのだ。それだけで相当な体力があるのが分かる。
しかし人間である以上、体力は無限じゃない。
ついに疲弊し、動けなくなってしまったのだ。
「動きが止まりましたね」
「ちっ……」
ようやく騎士が動き出した。
一歩、一歩着実にシルヴィア様に近づく。
間合いであれば、騎士に分があるのはこれまでからも明らかだ。
シルヴィア様のあの猛攻を、彼はすべてさばききっているのだから。
「参った」
シルヴィア様はそう言い、木刀を地面に捨てて両手を上げた。
「勝負あり!」
アーサー王の宣言とともに勝敗が決まった。
結果として共に相手の攻撃を喰らうことはなく、無傷で終わりほっとする。
「あー…、確かに強かったよ、あんた」
「いえ、シルヴィア様も素晴らしい動きでした」
互いに健闘を称え合い、握手を交わす。
「ギルバートってのは、あんたくらい強いんだろ?なら、十分さ」
「……はい」
騎士の顔が引きつり、そう答えるしかなかった。
…これは到着早々、決闘の流れになる気がする。ならない気がしない。
***
その夜は、城にて盛大なパーティーが開かれた。
シルヴィア様の婚約祝いだ。
当然、ファルス様も出席するし……私もまた強引にドレスを着せられることになり、隣に座る。
しかし、盛大に…とはいえ、その規模はずっと小さい。
そもそもガイオアス国は国土の大半が森で、その森は魔獣の住処であり人の住む場所ではない。当然、人の住む場所は限られ、そもそもの人口が少ない。
第一王女の婚約祝いとはいえ、それに参加しているのは王都に居を構える貴族たちだけ。
しかし、そういった危険と隣り合わせの土地柄、私利私欲よりもみんなでの協力を重視している。話や雰囲気からも妙な腹の探り合いは少なく、むしろ積極的な各領地の意見交換が行われている。大半が魔獣対策と開墾技術だが。
そして、そんな中での他国からの訪問はなかなか無い機会であるためか、先ほどからずっと囲まれ、ほとんど身動きができない。
しかもその大半が、アーサー王やシルヴィア様ほどではなくとも、筋骨隆々な方ばかりなのだ。やはり貴族といえど領地を守るために自らも魔獣討伐に行くこともあるらしい。そんな方ばかりに囲まれると、もう圧が凄い。潰されるんじゃないかと変な心配でもしてしまう。
何度も挨拶され、ダンスに誘われ、話を振られれば答え続ける時間は、そろそろ苦行の域に達している。
やはりこういった場は苦手だ。
「ふぅ……」
知らず、苦悶の息が漏れる。
すると、ファルス様の手が私の腰に回され、抱くように引き寄せられた。
「失礼。婚約者に旅の疲れが出たようで、本日はこの辺で失礼させていただきます」
そう言うと、ゆっくりと会場から退出していく。
途中、アーサー王に退出する旨も伝えていた。
そして控室に向かうと、ゆっくりとソファーに座らせられる。
周りからの大量の人の気配が消えたことで、安堵から大きく息を吐いた。
「はぁー……」
「お疲れでしょう。すみません、私がもっと早く気づいていれば…」
「いえ…」
さきほどから感じる足の疲れに、地面に着けていた足を浮かせる。
2年前は当たり前だったヒールが高い靴は、今ではずいぶんと窮屈に、つらく感じた。
足を上げ、足にかかる負荷が無くなるとそれだけで息が漏れる。
それにすぐに気づいたファルス様は、私の足元にかがみこみ、あっという間に靴を脱がせてしまった。
締め付けられていた足に開放感が訪れると、またも息が漏れてしまう。
脱がせる際に少しドレスのスカートをめくられたとか、そういうことを気にする余裕もないほどに疲れていた。
さらにファルス様は、私の太ももの下に手を差し入れられるとさっと抱き上げ、そのまま私を自分の膝の上にのせてしまった。
自然、互いの顔が近くなり、太ももの下に確かに感じるファルス様の足の感触に気恥ずかしくなり、ついそっぽを向いてしまう。
「こうすれば、足が地面に着かないでしょう?」
その言葉が、意図せず耳元でささやかれたように聞こえることで、頬が熱くなる。
「そう…ですね」
それしか返せず、そっぽを向いたまま。しかし、熱くなった頬が赤くなり、それは耳まで広がってしまった。
それに気づかれたか、ふっと零れるような笑い声が聞こえた。
気づかれ、笑われ、そのことについ不貞腐れて口元を引き結んでしまう。
しかしそれすらも面白がっているようで、くすくすと笑い声が聞こえる。
「可愛いですよ」
さっきよりもずっと近く、まさしく耳元で囁かれる。
吐息が耳にかかり、囁かれた言葉が脳に直接響き、それらが甘い痺れとなって全身を駆け巡った。
力が抜け、倒れそうになる体をファルス様が支えてくれた。しかし、力が入っていないのをいいことに、私の体はその両腕ですっぽり抱き込まれてしまった。
しばしの甘い痺れから解放されると、この状態にまた恥ずかしくなる。
…さっきからずっと恥ずかしがってばかりだ。
「離して…!」
引き離そうと腕に力を入れてもぴくりともせず、抗議の視線を向ければその顔の近さに、まっすぐ私を捉えている瞳に、そのまま動けなくなってしまう。
「ん…」
「!?」
動かない私に、ためらいなくファルス様の唇が落ちてきた。
さらにいつの間にか片腕は私の頭に添えられ、そのキスから逃れることができない。
それが舐るようなキスに代わり、あっという間にファルス様の舌の口内への侵入を許してしまう。
キスから逃れられず、せめてこの舌にいいようにされたくないと、自らの舌で追い返そうと試みる。
その行為に一瞬ファルス様の目が見開かれ、しかしすぐに挑発的な光が灯る。
そもそも舌のサイズや力で適うわけがなく、追い返すことができない。
むしろ、ファルス様の舌に自分の舌を絡めようとしているようにしか見えない。
それに気づいたのは零れた唾液が顎を伝っているのに気づいたときだった。
無駄な抵抗と動きを止める。
するとそれが不服なのか、ファルス様の舌が動かなくなった私の舌へと伸びてきた。
また動けと言わんばかりに、舌を押し、舐り、浮かせ、自分の口内へと誘いこもうとしてくる。
そうして舌が翻弄されると、それがどうしようもない甘い疼きとなり、徐々に思考が霞んでくる。
「…はぁ」
ファルス様の零れるような吐息と共にようやく長いキスが終わりを迎えた。
けれど、弄ばれた私は終わったまま、その蕩けた顔を戻すこともできず、そのまま呆けてるしかなかった。
どうして…そう考えても何も考えられない。
ゆっくり、身体がソファーへと背中から下ろされる。
そして、私の体に覆いかぶさるようにファルス様が…
ここで、扉の向こうからカツカツとヒールの響く音が聞こえてきた。
その音にファルス様は起き上がり、私もようやく今がどこであるかを思い出し、冷静になるとハンカチを取り出して口元を拭う。
乱れたドレスを整えると音の持ち主が部屋をノックしたのは同時だった。
「入っていいかい?」
音の持ち主はシルヴィア様だった。
「どうぞ」
ファルス様が許可し、シルヴィア様が入ってくる。
「疲れたから控室に行ったって聞いたからさ。具合はどうだい?」
「旅の疲れが出たようです。今は大丈夫ですね?」
「…ええ、ご心配おかけしました」
今座っているソファーが、扉に背を向ける形になっていたのが助かった。
口元は拭いても、一度火照った体はなかなか冷めない。
まだ赤いままの顔を見せることにならずに済んだ。
が、相手がシルヴィア様ならそうもいかなかった。
「おいおい。顔真っ赤じゃないか。本当に大丈夫かい?」
いつの間にか、扉の前にいたはずのシルヴィア様が私の顔をのぞき込んでいた。
真っ赤なままの顔を見られ、どう言い訳しようかと考えを巡らす。
「少し熱も出てきたようですね。部屋で休ませましょう」
言うや否や、またしてもあっさりと横抱きに抱き上げられてしまった。
「ちょっ!自分で歩けま」
「無理はしちゃいけませんよ?」
耳元で発せられた言葉に、拒絶しようとした意思が容易くそぎ落とされてしまった。
クタリと彼の腕の中で大人しくなった私に、シルヴィア様の生暖かい視線が刺さる。
「お~お~、お熱いことで。それじゃ、邪魔者はさっさと退散しますかね」
そういうとさっさと部屋を出て行ってしまった。
来た時といい去る時といい、さっぱりした女性だ。
彼女ならファルス様の見立て通り、ギルバート様を手玉に取ってしまうかもしれない。
「さ、行きましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます