第17話
予定よりも随分遅れてからの出発。
再び馬車でファルス様との二人っきり。
そんな中で、ファルス様はにこにこ…いつもより5割増しでそんな気がする。
今更ながら王族同士でもめ事を起こしてよくもこうすんなりと出てこれたなと思う。
本来ならそのまま国家間の問題に発展しそうだが、これについてはライオット王子の父…つまり、ベイルート国王がファルス様と和解という形で落ち着いたからだ。
そもそもライオット王子については国王も頭を悩ませていたようで、その振る舞いを問題視していたようだ。
そんな状態に、他国の王子の婚約者に手を出そうとし、挙句奪い取ろうと決闘を申し込む。
しかしその強さを前に闘う前に逃げ出し、さらに肝心の婚約者に完膚なきまでに叩きのめされる。
城の使用人に対しても尊大な態度が目立ったという。
今回の件でそれらが爆発し、ライオット王子には謹慎という処罰が下された。
さらには王位継承についても影響してくるとかどうとか。
なにせ、小国の王子が大国の王子に喧嘩を売り、敵前逃亡。そして、女性に対して本気で殴りかかり、返り討ち。
これを目の当たりにした周囲の観客…騎士や貴族の目にはベイルート国の将来の姿に映ったことだろう。
こんな王子についていけない、と。
とまぁ、ベイルート国についてはそんな状態だが、もはや私には関係ない。
今回はただの通過点で起きたささいな事件。
ただ目の前の存在。
ファルス様がすごくうっとうしい。
なんだかもうにこにこ、というよりキラキラしてる気がする。
名前を呼ばれて尻尾をぶんぶん振り回すワンコのようだ。
構いたくもないので、無視して窓をの外を眺める。
「化け物同士、お似合いですね」
そんなことを先ほどから口にしている。
『お似合い』。
あれはただつい口から出てしまっただけだ。
深い意味なんてない。
意味なんてないのに、やたらとファルス様はそれを確認するように言ってくる。
というか、自分から言ってるけど、あのときライオット王子にそう言われて傷ついていなかったか?
私の気のせい?
今更ながら余計なことをしてしまったと深く後悔した。
***
それから二日後、ようやくベイルート国とガイオアス国との国境に辿り着いた。
問題なく関所で身分確認を済ませ、国境を越えた。
しかし、その関所は砦を思わせるかのように堅牢。
これがガイオアス国…そこに生息する魔獣の脅威を示している。
稀に魔獣がこの付近に出没することもあるという。
その場合、戦うとか討伐しようなどとは考えず、砦のような関所に篭って去るのを待つ。
ここからがこの旅の本番。
馬車の中にいたのでは、魔獣の襲来に対処が間に合わなくなる危険性がある。
なので、馬車内に押しとどめようとするファルス様を逆に馬車に閉じ込め、私は御者台に座った。
それから、常に『探査』を使い周囲を警戒。
これで魔獣に備える。
すると、馬車の方からファルス様が顔を出した。
「セーラ様、常に魔法を使えば魔力切れになってしまいます。警戒は騎士たちに任せてください」
「大丈夫です。この程度で魔力切れにはなりませんので」
「しかし、これからまだあと5日はかかります。そのように集中し続けていれば精神がまいってしまうでしょう?」
確かにその懸念はわかる。
実際、ハンターを始めた2年前、『探査』を使い始めたときは視界だけではない、周囲すべての情報が頭に入ってきてひどく疲れた。
しかし、今はもうそんなことはない。
『探査』で得られる情報を絞り、余計な情報をシャットアウト、頭もその使い方に慣らして今ではほとんど負荷は無い。
***
「左斜め前に何かいます」
私の言葉に騎士たちが警戒する。
しかしそこにいたのは、まだ小さい豚のような獣が一匹。
こちらの気配に気づくと、あっという間に森の中に逃げ込んでしまった。
安堵の空気が流れるのと同時、私に向けて刺すような視線がいくつか向けられる。
ガイオアス国に入って今日で4日目。
森の中を切り開いただけの狭く、でこぼこした道を進む。
その間、魔獣との遭遇は無く、出会っても今のような普通の獣ばかり。
しかし警戒を怠るわけにはいかず、それでいて私が『探査』で何かを見つけてもそれが徒労に終わるばかりで苛立っているのだろう。
ただの獣でいちいち騒ぐな
そう言いたげな表情をしているものが数名。
しかし探査は、対象のおおよその大きさと距離しかわからない。
魔獣といえど、必ずしも体長が大きいものばかりではない。中には小さいのもいるし、そういう場合には恐ろしく素早い場合が多い。先手を取らないと被害を受ける可能性が上がる。
だからこそ、常に警戒し続けなければならないのだが、その苛立ちを私にぶつけられても困る。
「セーラ様は真面目だねぇ~」
前を行くガリオン様がぽつりとつぶやく。
こんな状態は昨日からだ。
それでも律義に報告し続ける私に対して言っているのだろう。
「仕事ですので」
「そうなんだけどね」
それきりガリオン様も口を閉じる。
誰もが疲弊しているのだ。
5日の道中も、いつ魔獣に襲われるかわからない場所で野営をする危険を冒せるはずもなく、都度宿のある村や町に寄るために日数が増えているのだ。
加えて道もあまり整備されていないため、馬車も思うほど速度を出せずにいる。
普段の行軍と比較すれば亀の歩みのようだ。
休憩のため、開けた場所で停車した馬車からファルス様が下りてくる。
「皆、ご苦労様。明日には王都に入れます。あと少しです」
ファルス様の励ましに、騎士たちも力なく頷く。
しかし、次の瞬間、『探査』に何かが引っ掛かった。
それもすさまじい速度でこちらに向かっている!
「前方から何か来ます!」
声を張り上げ、そちらに視線を向ける。
休憩していた騎士たちも私のただならぬ様子に剣を抜く音が聞こえる。
草木をへし折る音が響き、その何かが姿を現した。
「ヴァリアドレイ!?」
巨大な獅子の姿に真っ黒な体毛。見上げるほどの体躯は本で見た姿、そのままだった。
しかし何故ここに!?
主要道路にはヴァリアドレイの苦手な臭いとなるものが置かれている。
どうしてなのか…それを考える余裕もなく、すでにそこまで迫ってきている。
騎士たちが突っ込むも、その体躯からは考えられないほどの速さにあっという間に弾き飛ばされる。
と、宙に飛ばされた騎士の一人に向かって、ヴァリアドレイがその大きな牙を備えた口を開けた。
(喰われる!)
右手を銃の形に構え、『弾丸』を発動。
狙う先はこちらに大きくさらけ出した首元!
命中した瞬間、ヴァリアドレイは顎を引き、首元を隠した。
黒い体毛のせいで、血が出たのかすらわからない。
しかし標的は変えられたようで、騎士からこちらへとその鋭い目を向けた。
騎士はなんとか自力で着地していた。
安堵する間もなく、今度はその大きな口をこちらに向けて開け、突進してきた。
「全員離れなさい!」
横からの叫びと同時、私の前に誰か…ファルス様が魔獣との間を遮るように立ちはだかった。
「『火よ!』」
立ち上る大火。壁すら焼き崩すその火が魔獣へと放たれた。
王宮魔法使い団長の放った魔法。魔獣といえど生きてはいられない。
誰もがそう思った…
「っ!!」
しかしその予測を裏切り、ヴァリアドレイはその大火を突き破った。
短い文で放った魔法は、最低レベルの威力でしかない。だが、ファルス様の放つ魔法はその最低レベルですら圧倒的な威力があった。
それが通用しない。
魔獣はすでに目の前に迫っている。
同じ魔法では意味がない。だが、より高威力の魔法を使うには文を長くしなければならないがもうその時間もない。
絶体絶命。
騎士たちの頭にファルス様の血まみれの姿がよぎっただろう。
…だが、そうはさせない。
「『雪華』!」
ファルス様の肩越しに指を構え、放つ!
放たれた氷の弾丸は、その大きな口の中へと吸い込まれていく。
口の中へと消えた『雪華』。
しかし魔獣の勢いはまだ止まらない。
「『羽衣』!」
ファルス様の体を抱き寄せ、『羽衣』を発動。
二人の周囲を魔力が包み、物理接触を拒む衣となる。
巨大な牙を備えた大口が、噛み千切ろうと閉じようとして『羽衣』と衝突。
大の大人すらたやすく宙に舞わせる『羽衣』は、その威力を存分に発揮。
魔獣の頭を掴み放り投げたかのように、首から起点に宙に舞いあがらせた。
そして、宙に浮いたヴァリアドレイは頂点に達した時、体を大きく仰け反らせ、その口から氷の華を咲かせた。
『雪華』発動の証。
その体勢のまま、落下し始めた。
「ファルス様!セーラ様!」
ガリオン様の声と同時、私の体がグイッとファルス様に引き寄せられ、その場から飛びのく。
回避を優先したためにヘッドスライディングを決めるようにその場を離脱。
少しして、巨体が地面に激突。
轟音と地響きを周囲に響かせた。
「…………」
誰もが沈黙している。
『雪華』は間違いなく発動した。
ヴァリアドレイは確実に絶命している。
…しかし、どこか不安の残った私は『弾丸』を発動。
開いたままのその眼に直撃。
けれど、ヴァリアドレイはそれにも何の反応も示さない。
『探査』でも、目の前に反応は無い。
「死んだ…んですね?」
すぐ近くから聞こえるファルス様の声に、私は頷いた。
そして、今の自分がファルス様に抱きしめられたままであることを認識。
「…助けていただき、ありがとうございます」
「あ、ああ、いえ、当然ですよ」
お礼はしたのだからと抱擁から逃れ、立ち上がる。
遅れてファルス様も立ち上がり、土を払う。
「ファルス様、怪我は!?」
「大丈夫ですよ」
騎士の一人が駆け寄り、安否を気遣う。
他数名の騎士は、死んだヴァリアドレイを遠巻きに眺めている。
私も、ヴァリアドレイに近づき、その状態を確認する。
大きな口から咲いた氷の華のような氷柱。
『雪華』の影響で、周囲には冷気の白い靄が漂い始めている。
『雪華』は極低温の氷の弾丸を打ち込み、体内から凍結させる魔法。
口のみならず足先に至るまで凍結し、体毛の下の皮膚まで凍り付いていた。
「セーラ様」
ヴァリアドレイの状態を確認していた私の近くにファルス様が来た。
「…これは、一体どんな魔法なのですか?『セッカ』とおっしゃっていましたが…それに、『ハゴロモ』とは…」
「秘密です。それより先を急ぎましょう」
強引に話を切った私に、何か言いたそうだったが、それ以上何か言うことは無かった。
私が何も言う気はないと分かったからだろう。
ヴァリアドレイの死体はそのままに、一行は旅を再開した。
魔獣の脅威を目の当たりにし、そしてそれに全く歯が立たなかった騎士たちの空気は重い。
また、歴代最強と言われたファルス様の魔法が通用しなかったのも大きいだろう。
そして、そんな魔獣に実質一人で対処してしまった私に対する目は、これまでと打って変わった。
『王子の護衛という名の仮婚約者』から、
『魔獣すら屠る得体のしれない魔法使い』へと。
その目に怯えのようなものを感じるのはきっと気のせいじゃない。
ファルス様の質問に答えなかったのもあるだろう。
……気にしてもしょうがない。
まだ旅は途中なのだから。
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