第16話

(さっさとドレスを脱いで開放されたい…)


そんな思いで急ぎ足で部屋に戻る途中。


「…ほう、これはこれは。殿下の婚約者殿ではないか」


突然背後からかかる声。

面倒事。

直感でそう判断した私は、歩く速度を上げた。


「殿下の婚約者ともあろうお方が声をかけられても無視か?いただけない態度だな」


あっという間に距離を詰められ、腕を掴まれた。

仕方ないとばかりに振り替えればそこには盛装をした男。

…確か、会場で挨拶回りをした際にいたような気がする。

記憶力が悪いわけじゃない。覚える気がなかっただけである。


「何でしょうか」


掴んだ腕を強引に振りほどく。

まさか振りほどかれると思っていなかったのか、男の顔にわずかに驚愕の色が浮かぶ。


「ほぉ…見た目と違って、ずいぶんとやんちゃなようだな」


その表情も、次には獲物を見つけたような狩人のようなものになる。

これは絶対に面倒になる。

なら即この場から離脱が正解だ。

すぐに部屋の方へと向き直り、歩み始める。


「おい、待て!」


再び伸びてくる腕。

しかしその腕が私に触れようとした瞬間、男の体がビクッと震えた。


「ぐっ!?」


掴もうと腕を伸ばした状態で硬直する男。

顔をうつ向かせ、何が起きたのかわからないのだろう。


『雷装』

防御魔法の一つ。

自身の周囲を雷で覆い、触れようとした者に雷を流す。

出力は調整でき、少ししびれる程度や気絶するほどに強くもできる。


男が動けないでいる隙に、私は部屋に飛び込んだ。

すぐさま扉を閉めると、何事かと侍女が寄ってくる。


「いかがなさいました?」

「変な男に絡まれてね」


すると、ドンドンと強く扉を叩く音が響いた。


「私だ、開けろ」


声はさっきの男のもの。

その言葉に侍女はすぐに扉を開けようとした。しかし手前で踏みとどまり、私へと向き直る。

私が首を横に振ると、侍女は顔を青くした。


王宮内で、客室の、それも他国の婚約者に対してのこの態度。

貴族じゃない。


「この国の王子である私に対して、ずいぶんな態度だな」


ゆっくりと侍女の手によって開かれた扉からさっきの男が入ってくる。

侍女という立場では、この国の王族に逆らえるわけがない。

私に向かって深々と頭を下げて震える侍女の姿に、逆にこちらが申し訳なくなる。


それにしても…そうか、王子だったのか。

『婚約者』として紹介されることにうんざりしていて相手のことなど頭に入っていなかった。


「扉を閉めろ」


王子の言葉に、これには侍女も反対した。


「…セ、セーラ様は隣国の殿下の婚約者にございます。扉を閉めるのは…」


男女が一室でふたりっきり。

間違いなく不貞を疑われかねない事案だ。

こんなことをすれば、お互いの立場が悪くなる。

何故そんなことを言い出すのか、この男の頭の中身が理解できない。


「閉めろ。そしてお前は出ていけ」


さきほどよりも強い口調。

これには従う他なく、侍女が出ていくと扉はゆっくり閉められた。


「座れ」


言うと同時に男はソファーに腰を下ろした。

が、こちらはそんな素直に言うことを聞く気などない。

こんな男の正面にわざわざ座ってやる気も無い。寄りたくもない。

私は壁に背を預けた。


「私の前に座れ」


再度の命令に、私は素知らぬ顔でよそを向く。


ドン!と強く机を叩き…いや、殴りつけた音が部屋中に響いた。

が…私、涼しい顔でそれを無視。

なにせこちらは現役のハンター。その程度の脅し、野生の獣で十分耐性が付いている。

野生の獣の本気の威嚇。その叫びをこの王子さまは聞いたことがあるだろうか?

力づくでどうにかできると思う阿呆に、軽蔑のまなざしを送る。

さらに怒りを高まらせるか…そう思ったとき、次は男の高笑いが響きわたる。


「はっはっはっはっは!なるほど、これにも全く動じんとはな。面白い女だ」


その反応に、私は選択をミスった!と心の中で悔やんだ。

前世の私はおっさんながら趣味の幅が広く、いわゆるオタクだった。

中でも漫画は少年漫画も少女漫画もどちらも愛していた。

その少女漫画によくいたのは目の前の男のようなタイプだ。

自分の言いなりにならない女に興味を持つタイプ。

そういう男は、是が非でも自分にその女の興味をひかせ、モノにしようとする。

非常に面倒くさいタイプだ。


王子という立場なのも厄介さに拍車をかける。

よく読んでたのは現代の学園ものだったから、権力と言っても精々金持ちが金にものを言わせて…という程度。

だがこいつは違う。金のみならず、人も動かせる本物の権力持ちだ。


「それに、いい女だ」


ニヤリと浮かべた笑みに心底嫌悪を覚えた。


「ああ、本当にいい女だ。俺にそんな表情をしたのはお前が初めてだ」


この男、実はMじゃないのか?

そう思ったが、黙っておく。というか黙り続ける。

もうこの男には何を言っても喜ばせる結果にしかならなさそうだ。


「だんまり…か。ずいぶん嫌われたもんだな」


ここまでの振る舞いで嫌われない要素があったのなら教えてほしい。

というかこの男は、一体何の用なのだろうか?

まだ晩餐会は続いているのにここにいていいのだろうか?

もちろん自分のことは棚に上げておく。


「あんな優男の婚約者にはもったいないな」


背筋に悪寒が走る。

その言葉は一体どういう意味?

ここまでの発言の数々から嫌な予感が膨れ上がる。


「俺の女にして…」

「そこまでにしていただきましょうか」


扉の外から聞こえた、聞きなれた声。

ゆっくりと開かれたその扉から現れたのはファルス様。


「私の婚約者がずいぶんと世話になったようですね、ライオット王子」


つかつかと部屋の中に入り、私の前に立つ。

男の視線を遮るように、間に。


「いい女だ」

「そうでしょうとも」


おいそこ同意するな。


「だから私が貰う」

「譲りません」


ファルス様、あなたのものになった覚えもありませんよ?

が、ここでそれを言うと絶対拗れるので黙り続けておく。


「ならば力づくだ」

「…力づくでどうにかなるとでも?」

「手に入れさえすれば、あとはどうとでもなる」

「わが国と敵対するつもりですか?」

「『国』を出さなければ何もできないのか?そのような軟弱な男、私の相手にもならんな」

「……」


ベイルート国は小国だ。大国とはいいがたい。

一方こちらは大国。国力には歴然の差がある。

特にその差になっているのが…


「貴様は『王宮魔法使い』だったか?そんなもの、魔法を使わせなければ一発殴って終わりだ」

「私と、やりあって勝てるとでも?」

「ああ勝てる。言っただろう、殴れば終わりだと」


…なんだろう、一瞬で勝敗が決まる未来しか見えない。

途端にこの男…ライオット王子がただの筋肉馬鹿にしか見えない。


「いいでしょう。決闘で決めましょう。勝った者がセーラを手に入れる」

「ああ、それでいい」


勝手に決めるな。勝ったからものになるって私は納得してないんだが。

…まぁいいか。


(勝敗がなんであれ、逃げればいいし)


私の行動理念。

嫌なものからは逃げるが勝ち!

…それで失敗して今ここにいる羽目になっていることは無視しておく。



翌日。

よく晴れた日。

本来ならそろそろ出立の時間なのだが、今は訓練場。

その中央でファルス様とライオット王子が向かい合わせで立っている。


「え~、ファルス様何してるんですか~?」


呆れたようなガリオン様。

今回ばかりは同意。


「セーラ様に纏わりつく虫は排除しておきませんと」

「ファルス様は?」

「………」


相変わらずのガリオン様の辛辣な突込みにファルス様は毎度のように沈黙。


「護衛は手出し禁止。相手が『参った』と言った時点で終了だ。ほかに何かあるか?」

「魔法はいいんですよね?」

「かまわん。そんなものを使う暇などあたえん」

「そうですか…」


今日のファルス様は王宮魔法使い団長らしく、団長仕様のローブを纏っている。

それだけで何かいつもと違う雰囲気が漂っている。


「すみません。少し『調整』がしたいので、そこ下がってもらっていいですか?」


示したのは城壁側の壁。

そこにいた見物客が下がったのを確認すると、おもむろにファルス様は手を掲げた。


「『火よ』」


次の瞬間、高さ5mはあろうかという壁の一部が、発生した魔法の『火』によって轟音とともに崩れ落ちた。

この光景に、見慣れているものたち…ファルス様護衛隊以外は、唖然としていた。ライオット王子も含めて。


「いけませんね。こんなに抑えたのにこの規模とは。これでは簡単に『殺して』しまいます」


にこやかに言い放つファルス様。

これが王宮魔法使い。

魔法はイメージ。

今ファルス様は『火よ』という短い言葉でイメージで魔法を使ったが、それでもこの威力。

さすがは団長になっただけのことはある。

通常は魔法は『文』を唱える。それを長く、イメージを膨らませる内容にすればするほど威力は上がる。

私は威力を求めないから『単語』でイメージを固めやすくしているけど。


ファルス様以外の王宮魔法使いでも、本気で魔法を放てば大貴族クラスの所有する屋敷を一発で消し炭にできるという。

王宮魔法使いが戦力として、優遇・監視されるゆえんである。


さて、魔法を使う前であれば、確かに王宮魔法使いといえどただの人だ。

確かに勝てるかもしれない。

だが、それは甘い。

今のファルス様のように、魔法の発動までわずかなロスもなく、簡単に殺害しうる威力の魔法を放つことができる。

二人の間の距離程度なら、完全にファルス様の魔法の間合いだ。

殴りに近づく前に消し炭になる。


「すみません。これ以上は弱くできないのでこれでやらせてもらいますね。あ、消し炭になったら『参った』が言えなくなってしまいますが、その場合はどうしますか?」

「………ふっ」

「ふっ?」

「……ふざけるな!あんなものを喰らって生きてられるものか!やってられるか!」


おお、あっさり引くとは思わなかった。

これで続行されでもしたら本当にファルス様がライオット王子を殺しかねなかったし。


「おや?魔法など使う前に殴って終わりと言ったのはライオット王子ですが?」

「こんなものだとは思わなかったんだ!この化け物め!」

「………」


化け物。

その言葉に、わずかにファルス様の表情が沈んだのが見えた。


ズキッ


わずかに心臓に刺すような痛み。それと同時に湧き上がる不快感。

気づけば、私は前に出ていた。


「ライオット王子」

「…何だ?」

「私と勝負しましょう。私に勝てたら、私はあなたのものになります」

「何っ!?」

「セーラ様!?何を!」


何故かはわからない。

…けれど、さっきの言葉に、抑えられない自分がいる。


「勝負はファルス様と同じ。それでいいですね?」

「…いいだろう!それでお前を手に入れてやる!」


あっさり乗ってきた。この人には警戒心というものがないのだろうか?

まぁ乗ってきたのはありがたいけれど。


「セーラ様!何故?!」


ファルス様を無視して立ち位置に着く。


「でははじめ!」


審判の合図とともに駆けだしてくるライオット王子。

その動きは鍛えられたもので、なるほど殴って終わりというだけのことはありそう。


「セーラ様!」


こちらに向かおうとするファルス様を手で制する。

確かに動きはいいが、この程度なら問題ない。


これから魔獣と対峙しようというのだ。

この程度の猪突猛進するだけの馬鹿な獣、簡単にあしらえなくてどうするのか?


すでにライオット王子は接近し、その拳が届く範囲まで来ている。


「この程度、許せ!」


そういいつつ思いっきり振りかぶった拳は殴る気満々である。

今更暴力云々言う気も無いけど。


「『雷装』『羽衣』」

「ぐっ!…がぁ!」


が、殴りつけようとした瞬間、ライオット王子の体が突然宙を舞い、そして受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


「…セーラ様、今のは?」


魔力が視えるファルス様なら、今私が魔法で何かをしたということを分かっただろう。

その詳細は無理だろうけど。


発動させたのは『雷装』と『羽衣』。

『雷装』により、接触しようとした瞬間にライオット王子には雷が流れた。その強さは前日よりももちろん強力に。

さらにそこに『羽衣』。自身の周囲に魔力を流動状態で羽衣のように纏い、物理的に触れたものをその魔力で受け飛ばす。

『雷装』により痺れたライオット王子を『羽衣』で受け飛ばす。

痺れたままのライオット王子は受け身も取れずに宙に飛ばされ、地面にたたきつけられた、というわけである。


「ぐぅ……」


無防備に地面に叩きつけられたにも関わらず、立ち上がった。

そこそこ頑丈みたいだ。


「まだやりますか?」

「…当たり前だ!」


しかし今度はいきなり向かってこず、遠巻きに様子見している。

が、距離があるのはむしろこちらが有利。

かといって『弾丸』は威力が強すぎて、どこに当てても貫通させてしまう威力がある。

他の魔法も、『殺さず制する』には不向きだ。


「さっき私に何をした!?」

「言いません」

「言え!」

「自分で解析してください」

「…お前も魔法使いだったのか」

「そうではないとは言ってません」


『雷装』と『羽衣』を維持したまま、こちらから近づく。

近づかれるとまずいのはわかっているのか、こちらが一歩近づくと一歩離れていく。

一歩近づくと一歩離れる、そしてゆっくりとした鬼ごっこが始まったが、次第に焦れてきたのかついにライオット王子がまた突進してきた。


「おらああああ!!」


今度は気迫が違う。

本気で殴り掛かってくるようだ。

が、それで破れるような魔法ではない。


「がぁ!ぐぅ!」


痺れ、今度は壁に叩きつけれる。

しかしそれでも立ち上がる。

…そうだ、『殺さず制する』にはちょうどいい魔法があった。


「『雷縛』」

「あああああぁぁぁあああ!!」


私の手から放たれた閃光がライオット王子に絡みつく。

それは雷の縄。

『雷縛』。

雷の縄を作り、拘束し、そのまま痺れさせ、二重で動きを縛る魔法。

魔法を解かない限り、相手を縛り、痺れさせ続ける。


「『参った』と言わなければこのままです」

「参っダ!参っだがラ!早グ」


『雷縛』を解くと、ライオット王子はそのまま崩れ落ちた。

「こノ……化け…物…め」


倒れ伏したまま、呻くような言葉。

さっきまであった不快感は消えていた。

くるりと振り返り、背を向ける間際にライオット王子に言い放つ。


「ええ、『化け物』には『化け物』がお似合いですわ」

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