第12話

城の図書館の位置は把握している。

侯爵令嬢時代にそこそこ通っていたからだ。

勉強という名目がてら、勉強といってもハンターとしての勉強、それも獣に対してだった。

今度は獣…それも魔獣に対してだ。


魔獣。

強い魔力を身に宿し、その強靭さ・サイズは獣の比ではない。

並の剣士の腕では皮膚一枚斬るのがやっと。

その下の脂肪や筋肉、骨など到底及ばない。

また、その強い魔力が魔法に対する高い抵抗値を生み、獣に対してなら特に有効な火を苦も無く耐えきり、逆に返り討ちにされたケースもある。

単独での魔獣の退治は無謀とされ、一個師団が編成されるのが常。


しかしそれだけに、退治したことにより得られる報奨金、魔獣の素材としての利用価値は高い。

強力な魔獣一匹で中流貴族の年収に匹敵する額になるのだから、狙う者は後を絶たない。

…そして、死者も同様に増えていく。


(改めて見て、厄介な存在ね)


魔法に対する高い抵抗値。

実質魔法以外に有効な手段を持たない私にとって、魔獣は天敵ともいえる。

実際、討伐のための一個師団に本来なら戦力とされる魔法使いは編成されない。

有効ではないうえ、むしろ味方に被害が及ぶ可能性が高いからだ。

この世界の魔法使いの在り方は、『破壊』。

とにかく派手で、大規模で、強力で。

それが通用しない。


なら私はどうか?

私の魔法は、確実に急所を狙う攻撃力の高さが売りだ。

急所を潰して絶命させる。それだけに特化させた。

これまで、私の『弾丸』で貫けなかったものはない。

獣の厚い脂肪も、硬い骨も、すべて貫通させてきた。

如何に高い抵抗値を持つ魔獣であっても、その攻撃力は通用する…はずだ。

絶対とは言い切れない。


なら、更なる魔法を生み出す…イメージする必要がある。

弾丸を超える攻撃力を持つ魔法。

前世を思い出せ。

弾丸を超える威力を持ったものは何だった?


「ずいぶんと勉強熱心ですね」


いつの間にそこにいたのか、ファルス様が隣の椅子に座り、私の手にした本をのぞき込んでいた。


「死にたくありませんから」

「そうですね」


ファルス様は机の上に積まれていた別の本を手に取った。

そのまま、ペラペラとページをめくり、あるところで止めた。


「…こんな恐ろしい魔獣もいるのですね」


止まったページに描かれていたのは、『ヴァリアドレイ』。

真っ黒な体毛に、巨大な爪と牙。

獅子のようなその魔獣は、推定サイズ10m。

その巨大な四肢は、城壁すら破壊しそうだ。

過去、幾度となく討伐を試み、そして返り討ちにあってきた魔獣だ。

ガイオアス国が未だ未開の地が多いのは、この魔獣が跋扈しているのも原因とか。


未だ討伐した記録が無いらしい。

確かにこんな魔獣がいては、人の生存区域を広げることなどできない。

幸いこの魔獣には苦手な臭いがあり、それを主要道路に設置することで被害は抑えているそうだ。

…それを設置できない小さな集落はいくつも潰されているそうだが。


「倒せますか?」

「…ファルス様は私をどう見ているんですか?」


こんな魔獣を、はい倒せます、などと言えるわけがない。


「とてもかわいらしいと思ってますよ」


にっこり微笑んで言うこの男に、何故私はそんなことを聞いてしまったんだと後悔した。




***




ガイオアス国に生息している魔獣の主な特徴をメモして図書館を出た後、早速私は外れの訓練場に向かった。

城内には兵士や騎士の訓練場の他、魔法使い用の訓練場もある。

だけど私はそのいずれにも向かわず、今は使われていない外れの訓練場のほうに向かった。


理由は一つ。人目に付きたくないから。


ただでさえ……というか未だに私の立ち位置は不明だ。

貴族令嬢でもなく、護衛は引き受けたものの、まだ正式なものではない。

あえて言えば、ただのハンター。

地位も権力もない、そんな状態で城内の人間と接することは避けたい。


訓練場を見渡す。

外れにあり、ここしばらく手入れもされてないそこは、草がそこかしこに茂り、扉が壊れたままの小屋もある。

城内でありながらこんな場所もあったのかと驚きつつ、いい場所だと喜びながら腰を下ろす。


今はハンターの時と同様の、動きやすい服装に着替えている。

さすがにドレスやワンピースのままではできない。

そうして、さきほどの魔獣を思い出す。


あの魔獣に私の魔法は通用するか?

答えは否。

あまりにもサイズが違い過ぎる。

私の『弾丸』は、急所のみを破壊することに特化させた魔法。

だから、弾丸のサイズは小さくても、ほとんどの獣を仕留めてきた。

しかしあれは…『ヴァリアドレイ』は大きすぎる。

推定10mが本当ならば、急所に至るまでの皮、脂肪、筋肉、骨…そのいずれもが獣の比ではない抵抗となる。

単純に言って厚過ぎる。


ならば単純に、『弾丸』の硬度・速度・回転速度を高めればいいかもしれないが、現状ではあれが私のイメージできる最高のもの。

イメージが強さとなるこの世界の魔法において、イメージできないものは魔法たりえない。

『弾丸』ではダメなのだ。

『弾丸』を超えるもの。


「何か困りごとですか?」

「…勝手に背後に立たないでください」


声でわかる。

いつの間にか、ファルス様がそこにいた。

さっきといい、今といい、この方は暇なのだろうか?


「淑女が直接地面に座るのは感心しませんよ?」

「この方が落ち着くので」

「そうですか」


そう言うと、ファルス様まで私の隣で直接地面に腰を下ろした。


「暇なんですか?」


つい本音が出てしまった。

私の言葉に、彼はにっこり笑い。


「城内に貴女がいると思うと、ふと会いたくなってしまうんですよ」

「病気ですね、医者に診てもらってください」

「ええ、恋の病気ですから」


風が流れ、ファルス様の金の前髪が風になびく。

前世において、こんな優れた容姿の人間は存在しなかった。画面というものの中にしか。

あれほど様々な人種、情報があふれた世界でも存在しえなかった存在が、目の前にいる。

そもそも前世では魔法も存在しなかったけれども。

ついでに言えば、それほどまでに見た目が素晴らしいのに、私の心には全くその気も起きない。

前世が男だっただけに、その価値観…というか、知識はある。

それが幼いころからの私にあっただけに、異性をそういう目で見るということが全くなかった。

かといって、同姓相手でもそれは変わらない。

男でもなく、女でもない、その両方の価値観が今の私にはある。

だからこそか、異性への妙な期待も、恋焦がれる気持ちもない。


「私の気持ち、受け入れてくれますか?」

「魔法の的にするので、あちらに置いて来てください」

「私の気持ちを狙いすましてくれるんですね!」


若干気持ち悪い。

というか早くどっか行ってほしい。

こっちは生死に関わることなのだから。


「殿下、そろそろお時間です」

「そうですか、わかりました」


ファルス様は立ち上がり、声をかけてきた護衛騎士とともにこの場を離れる。


「また後程」


また、なんてない。


一人に戻り、思索に耽る。

が、またしても足音。こちらに歩み寄ってくる。

足音からして…男ではない。


「…あなたが、ファルス様の想い人、だそうね?」


想い人ではないので、反応しないでおく。

やはり女性だった。しかもその第一声の内容からして、面倒なことであるのは容易に想像つく。


「ちょっと!無視しないで頂戴!」


声を張り上げてきた。

仕方ないとばかりに、そちらに顔を向ける。


如何にも気の強そうな赤い髪にはゆるくウェーブがかかっており、腰まで伸びている。

同じ色の瞳はキッと吊り上がっており、見た目通りの気の強さと言えそうだ。

顔立ちがやや幼い印象を受けるが、私より年下だろうか?


「ふん、こんなみすぼらしい格好をなさって城内にいるなんて恥だと思わないのかしら?それとも、捨てられた令嬢にはもうそんな概念も無いのかしら?」


なんだろう、この感覚。

何か、どこかでこの感覚を味わったことがある気がする。


「ファルス様も、こんな女なんて放っておけばよろしいのに。もう侯爵令嬢でもないこの女を娶ったところで価値などゴミほどもありませんのに、ねぇ?」


精一杯の罵詈雑言?を投げかかてくるこの女性。…というか少女。

そこでようやく思い出した。この感覚は…


「威嚇してくる子猫」

「はいっ?」


そう、この少女は子猫だ。それが精いっぱい私に威嚇してくる。

街中で子猫を見かけたとき、手を差し出したら精一杯の威嚇をされた。

とはいえ、子猫の威嚇に怖いものなどなく、その小さな体で…とほほえましい気持ちになったのを覚えている。


私の言葉に、少女はきょとんとした表情を浮かべた。

そうなると年相応の幼さが見えてくる。

この年でもう女の修羅場に入り込んでくるのか…

そう思えば少し哀れな気持ちにもなる。


「いきなり何を言い出すかと思えば…よろしいですか。ファルス様に貴女は相応しくない。ファルス様にふさわしいのはこの私、マリー・トゥースパよ」


トゥースパ…確か伯爵家だったはず。

貴族としては中の中、取り立てて目立つわけでもない平凡貴族。

だが、私にとってはどうでもいい。どこの誰でもいい。


「そうですね」

「ええ、そうでしょうとも。…え?」

「あなたがファルス様にお似合いですよ、マリー様。どうぞ、ファルス様とはご自由に」


そう、私には関係ない。

彼は私を好いているように行動しているが、そこには裏があるはず。

となれば、ファルス様の恋愛事情に私は関与してない。というかしたくない。

むしろそっち関連はギルバート様同様、さっさと落ち着いてほしい。


しかし、そんな私の言葉をどう受け取ったのか、目の前のマリーはプルプル震えている。


「…そう、なら遠慮しないわ」

「そうしてください」

「ええ、そうするわ!」


そう言い放つと、マリーはずんずんと訓練場を後にしていった。

何だったのだろうか。

というか、どうやら私は『ファルス様の想い人』として知れ渡っている…ようだ。

何かしら変な噂にはなるだろうと思っていたけれど…

少し懸念が増えたが、どうでもいいと頭から振り払う。


今考えるべきは、魔獣対策。

それも狩る側ではなく、狩られる側として。

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