第13話

あれからいくつかイメージを作ったものの、そのどれもがあの場では試すのが難しいものばかりだった。

これは少し外に出て試し打ちの必要がある。

そう思い、翌日、侍女に尋ねてみる。


「ファルス様より外出は許可されております」


意外な返答に少し面食らい、つい本音が漏れてしまう。


「逃げられると思ってないのかしら?」

「『どこに逃げようが必ず捕まえますから』だそうです」

「…………そう」


少し気が遠くなった気がした。


とにかく。

外に出られるならそれに越したことはない。


「外出の際はこちらを」


侍女から渡されたのは……これって…


「…これ、王宮魔法使いの首飾りよね?」

「左様でございます」

「私、王宮魔法使いになった覚えはないんだけど」

「ファルス様曰く、『セーラの魔法の技術は王宮魔法使いに引けを取りません。城の通行証代わりに持たせてあげてください』だそうです」


ドン引きである。

職権乱用もいいところだ。

というか、国の戦力とも称される王宮魔法使いをそんな簡単に、いくら王子といえ決められるものだっただろうか?


「だからといって一王子にそんな権限が…」

「ファルス様は王宮魔法使い団長にございます」

「はぁっ!?」


思いっきり変な声が出た。

ファルス様が王宮魔法使い団長!?


まさかそんな地位に…というか、あれ?ファルス様は確か私と同い年のはず…


「史上最年少、歴代最強とも言われるほどの魔法使いにございます。先代団長が自信をもってファルス様を推し、昨年団長に就任なされました」


史上最年少。

歴代最強。

魔力を視ることができることは知っていたけれど、魔法の腕も優れているということか。

先代団長にお会いしたこともある。

3年ほど前だったが、まだまだ現役の40代くらいの男性だったはず。

魔法使いのイメージどおりの、ローブを頭から被り人目を避けるかのような行動が印象に強いが、魔法への想い…可能性、あるいは危険性には人一倍強かった覚えがある。


「そうだったのね。でも私は…」

「ファルス様は従来の魔法使いとは異なる、新しい魔法の可能性を見せてくれたセーラ様には、是非とも王宮魔法使いとしてその腕を振るってほしいと望まれています」

「新しい魔法の可能性?」


はて、そんなものが私にあっただろうか?

と同時に、扉をノックする音が聞こえた。


「それについては私から説明しましょう」


そう言って入ってきたのはファルス様。

もしかしなくてもこの方は暇なのだろうか?


「あれから、セーラがハンターとして仕留めたという獣について調べさせてもらいました」


ちょっと待って、この人何してるの?

なんでそんなことを調べる?


「その結果共通しているのは、そのどれもが的確に急所のみを貫いている点。我々の魔法における常識なら、魔法でこのような芸当は不可能です」


それはそうだろう。

魔法とは破壊。

並の魔法使いが獣を仕留めろと言われれば、出来上がるのはただの獣の姿をした黒ずみだけだ。


「魔法を使いながら、あのような極小規模に抑えるという発想は我々にはありませんでした。そもそも、魔法を使ってハンターになった者など前例がありません。ですから、我々にとってはセーラは特異な存在です。しかし、その特異な存在を受け入れれば、それは我々にとっても利益となりうるのです」

「私には利益にならないのですが」


この王宮魔法使い。

直接国に仕えるため、その待遇は格別にいいが、一方で危険視しており、監視監督の役目もある。

王宮魔法使いになることはイコール監視対象になるということだ。

誰が好き好んで監視対象になりたいというのか


「あるではありませんか。こうして城内に出入りできるのですよ?」

「出入りしたいと言ったことはございません」

「給金も出ます」

「自分の稼ぎがありますので」

「身元も保証されます」

「不要です」

「私との婚約に差し支えない身分ですよ?」

「はじめから望んでません」

「意地っ張りですね」

「事実です」


つくづく思う。話が通じない、と。


「ともかく、私がもう任命しましたので」


強引に話をまとめやがった…


まぁいい。ここで問答を繰り返しても何も変わらない。

いくら拒否したところで変わらないだろうし、それなら時間の無駄だ。

ため息を一つつくと、首飾りを手にして部屋を出る。


「夕食までには戻ってきてくださいね」

「…」


それはまた晩餐を共にする気だからか?


うんざりした気分とともに、私は外へと向かった。



***



「……3本」


『弾丸』で貫通させた木の本数を数えた。

この威力は魔獣に通用するのか?

その不安は拭えない。


今度は別の魔法を試す。

手を拳銃の形に模して構え、その指先に氷の弾丸を作る。

これだけなら『弾丸』と同じ。

しかし、そこに別の魔法を付け加える。


「『雪華』」


そして放たれた氷の弾丸は、木に突き刺さる。


貫通はしない。


けれど、突き刺さった弾丸は花開くようにその身を膨張させ、小さな氷柱となった。

そして次の瞬間、その木にピシピシと音を立ててヒビが入り、一気にバラバラに砕けた。


『雪華』

極低温の冷気を弾丸に含ませる。

対象に突き刺さった弾丸はその冷気を開放し、対象を瞬時に凍結させる。

その際、対象の水分が凍結により膨張し、弾丸もその影響で膨張し、元の弾丸の形から花が開いたかのようになる。


この魔法は相手に突き刺さらなくてはならない。貫通してはならないのだ。

同時に、皮膚で止まってはその効果は大きく下がってしまう。

相手の体内で止まる調整が必要だ。

そのうえ、体内を凍結させるので、その後の利用価値が大きく下がる。

血抜きもしないまま凍結させるので、肉が食べられないかもしれない。

普通の獲物には使えない。

対魔獣用の魔法だ。




***




そうしていよいよ、ガイオアス国へと出発することになった。

使者としてファルス様、その護衛として騎士8人、そして私である。

ガイオアス国の道中の危険性を考慮し、非戦闘員は連れて行かないこととなった。

馬車があるが御者は騎士が持ち回りで担当する。

身辺の世話は、ファルス様自らできると連れて行かないと仰ったらしい。


一応私の役目は護衛。なのだが、騎士たちと同じ役割ではなく、ファルス様と一緒に馬車に乗り込み、魔獣が現れた際には対処する…というかアドバイスという限定的なもの。

私も馬で行くと言ったが、即座に却下された。

ついでに、車内で一緒に居たくないとも。苦笑いされたが許可されなかった。


なので、仕方なく今、ガイオアス国へと出発した馬車の車内で、ファルス様と向かい合わせに座っている。


ちらりと視線を向ければ、ファルス様は嬉しそうに笑みを浮かべてくる。

なので、すぐに視線を外す。


(何がそんなにうれしいのやら…)


非常に危険な旅だというのに。

凡そ片道10日の日程。

間にあるベイルート国に一旦寄り、挨拶を行う。

その後、ガイオアス国へと入る。


「せっかくの旅なのですから、楽しみましょうよ。セーラ『様』」


私を敬称付きで呼ぶファルス様。

…私は再び、『侯爵令嬢』という立場に戻ってしまった。

他ならないファルス様と、父によって。

強制的に任命された王宮魔法使い。

それを知った父が、いともあっさりとクルース侯爵家に戻してしまったのだ。


『王宮魔法使いを輩出したクルース侯爵家』


今はそれがクルース侯爵家の評判らしい。

そして今回、ファルス様の護衛という『大役』を任じられたのも大きい。

それも、ギルバート様の婚約者探しのためなのだから、国家の重大任務だ。


ちなみに、当のギルバート様本人はこの婚約者探しには猛反対らしい。

「どんな女が来ても迎え入れる気は無い!」と断言している。


…私の関与しないところで、どんどん私の立場が(私にとって)悪い方向に転がっていく。

そのことにため息は尽きない。


一旦休憩を取り、馬車の外へと出ていく。

念のため『探査』で周囲を確認しておく。


「セーラ様、今のは魔法ですか?」


魔力が視えるファルス様には『探査』の様子が視えたようだ。

そう、問いかけてきた。


「周囲の様子を確認しただけです」

「それはどのような?」

「生き物がいれば、その場所をおおよそ把握できるものです」

「そのような魔法を…」


感心したような声を出してくる。

わざわざ探すだけの魔法を使うなど変人もいいところ、と思っているのだろう。


「そんな微妙な魔法があるの?」


騎士の一人がそう声をかけてきた。

確かこの方は…


「ガリオン様」

「様なんて堅いなぁ~。ガリオンでいいよぉ」

「ガリオン、距離が近いですよ」


近づいてきたガリオン様を、引き離すようにファルス様が手をかける。


「ええ~?このくらいの距離は普通でしょ?ねぇ、セーラ様?」

「離れてください」

「えーっ!?どんだけ嫌われてんの俺!」


嫌ってはいないが好いてもいない。

というか、こういうタイプは苦手。

遠慮なく距離を詰めてくるのはやめてもらいたい。


「ほら、セーラ様が嫌がってるんですから」

「とかいって、ファルス様がセーラ様を俺に取られたくないからでしょ?」

「そうですよ」

「うわ……はっきり言っちゃったよ」


ガリオン様の若干呆れたような声色に、ファルス様はにこにこと、しかしその笑顔には凄みが含まれていた。


「でも、セーラ様は拒否してるんでしょ?」

「…」


ガリオン様の容赦ない突込みにファルス様も言葉を詰まらせる。

というか、そういう話を当人を目の前にしてしないでほしい。

さすがに居心地が悪い。

内心ため息をつきつつ、そんな二人からそっと距離を取る。


「おっと、セーラ様、離れちゃだめだよ」


そう言って、ガリオン様の手が私の肩にかかる。

淑女の肩にそう易々と触れていいのか、そう思ったけれど…


(今更淑女ぶるのもねぇ…)


自分から貴族令嬢であることを拒否したのに今更である。

なので、触れられたことではなく、離れるなというところに言及しておく。


「私はハンターです。自分の身は自分で守れます」

「そうもいかないんだよねぇ。こっちも任務だし」

「ガリオン、早くその手を放しなさい」

「いやー、ダメでしょう。じゃないとどこかに行っちゃいそうだし」


ガリオン様の言葉が終わると同時、いきなりぐいっと引き寄せられる。

突然のことに対応できず、そのまま引き寄せられた方向…ファルス様の胸の内に収められてしまった。


「ちょっ、何を…!」


抗議の声を上げるも、そのままファルス様の腕が私を抱きすくめる。


「こうすればどこにも行けないでしょう」


すぐ上から聞こえる声に、何故こんなことをしたのかわからず頭が真っ白になってしまう。

見上げてファルス様の顔を見れば、その近さ、そしてすぐそこにある唇に目がいってしまう。


「っ!」


瞬間、脳裏にあの日のキスが蘇り、一気に頬が熱くなり、すぐにうつ向いてしまった。

抱きしられて改めて感じるその体の逞しさ、伝わる体温、相手の同意も得ずに行うその強引さ、力強さ、それらに『男』を意識してしまう。


(どうして…)


何故、今自分がファルス様を意識してしまったのかがわからない。

初めてキスされてしまったあの時だって抱きしめられた。

けれど、あの時は何も感じなかった。

キスされたことだって、どちらかといえば無理やりされたことに嫌悪を感じたくらいなのに。


なのに今は?

抱きしめられて『男』を意識し、嫌悪したはずのキスを思い出して頬を熱くさせて。

これではまるで…


「あっれー?なんかセーラ様、満更でもない?」

「えっ?」


そんな私の様子に気づいて、二人の視線が私に刺さる。

まずい、この状態は非常にまずい。

何がまずいかよくわからないけどとにかくまずい。


「離してください!」


腕に力を込め、抱きしめられた状態から脱した。

しかし、一度熱くなった頬はすぐには冷めず、そんな顔を見られたくないと二人から顔を背ける。

けれど、そんなやりとりに他の騎士たちも気づき、あちこちから視線が刺さる。

この場にはいられないと、私は逃げるように馬車に駆け込んだ。


「わぁお、これはこれは…」

「ふふっ…」

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