第11話
「兄上については、こんなところでよろしいですか?」
「はい」
「ではついでに私のことも…」
その言葉と同時に寝室のドアを閉める音が部屋に響く。
話が終わったのならもうここにいる意味はないとばかりに、私は寝室に入った。
案の定、すぐさまドアをノックする音が響く。
…ノックも無しに開けてきた第一王子様とはさすがに違うようだ。
「セーラ、私の話は終わってないのですが…」
「私にはありません」
「いえ、ですから…」
ここまで聞くと、最初の頼みごとの面倒事具合が大幅に上がった気がする。
絶対に聞いちゃいけない。
「せめて内容だけでも聞いていただけませんか?」
「内容聞いたら逃げられない気がするから聞かないんです」
「じゃあ扉越しに聞いてください」
そうきたか!
『雷縛』で動きを…口を縛っておくべきか?
いやさすがにそれはまずいか…
「兄上の婚約者探しを手伝っていただきたいんです!」
言われてしまった!
と同時にその内容に驚愕する。
「ギルバート様の?」
「ええ、そうです。…先ほどのこともあって、非常に頼みにくいことになってしまったんですが…」
それはそうだろう。
あれだけのことを言ってくれた相手の嫁探しを何故私が手伝わなければならないのか。
そして、何故『私』なのか。
「…なぜ、私なのですか?」
いずれ王妃となるべき相手だ。
そんな大事な相手探しを婚約破棄された私がするなど、道理が通らない。
「実を言えば、もう国内の有力貴族の令嬢たちをほとんど断ってしまった状況なのです。兄上はああいう方ですから、シャリオ様以来女性はすべてそういうものだと断じておりまして、父上ですら手を焼いている状態です」
「はぁ…」
「そうなればあとは国外に目を向けるしかないのですが、他国の年頃の姫もほとんど婚約済みか婚姻しておりまして…」
「…」
八方ふさがり。
「事情はわかりました。ですが、だからといって『私』が手伝う必要性が見えません」
ついでに言えば、どう手伝えというのか。
「いいえ、貴女だからこそ手伝っていただきたいことがあるのです。実は、まだ未婚の、年頃の姫がいるという国があるのです」
だからさっき『ほとんど』と言ったのか。
「しかし、その国は国一つをまたぐ必要があり、またその国そのものも未だ危険な未開のエリアが多いのです。こちらから出向くのも、また姫を迎えるにも相応の『戦力』が必要なのです」
『戦力』。その言葉が引っ掛かる。
「『戦力』といっても、対人としての武力ではありません。未開の地に住まう獣、果ては魔獣を相手にできる『戦力』なのです」
「…どこの国ですか」
もうほぼ予想はできてる。まさかその国は…
「ガイオアス国です」
やはり…か。
まさかあの国に年頃の姫がいるとは驚きだが、それ以上にそんな国からでも迎え入れなければならないほど切羽詰まっているということに驚く。
しかし、である。
「それならハンターを何人か雇えばよろしいでしょう?」
「そうしたいところですが、こちらとしても信用あるものしか傍に置きたくないのです。場所が場所だけに相応の腕も必要ですし、それを考えればセーラ以外に該当する者はいないのです」
勝手に信用を置かないでほしい。
「私が使者を務めますので」
「はぁ!?」
変な声が出た。
使者にファルス様が!?
使者を王族が務めるなんて聞いたことがない。
「あちらとしても、私が出向けばその本気さを理解していただけるでしょう。こればっかりは失敗できないので、確実に成功させたいのです」
死の危険漂う道中をわざわざ王子が来たとなれば、その覚悟はわかってもらえるだろう。
「しかし…もしその姫とギルバート様が婚約者にならなかったら?」
これが一番の問題である。
せっかく苦労して連れてきたのに、やっぱり無理でしたは許されない。
「大丈夫です。その場合は兄上に連れ戻させますので」
「はっ?」
「私としても、ガイオアス国を二往復なんてしたくありません。兄上に責任もって連れ戻させます。もし適当な護衛をつけて追い返し、道中で姫が亡くなればどうなるか…その程度は理解していただけると思いますので」
今黒いオーラを背負ったファルス様がいた気がする。
扉越しだからわからないけど。
「ギルバート様がそう従うとは…」
「従いますよ。兄上は自分が王になる、そう信じ切っています。ですから、自分の子以外に王位を継がせる気がありません」
「それは…」
「ですから、何が何でも女性と子を成さなければならない。そのための女性を、まともな言い訳ではどうしようもない状況に追い込んで与えれば、いくら兄上でも首を縦に振らざるを得ません」
言い分はわかる。しかし…
「……ギルバート様の事情はわかります。ですが、それでは姫があまりにも…」
不憫。
危険な道中を潜り抜け、その先に待ち構えるのが女性不信・自分至上主義の王子。
これが、果たして…
あまりの状況にその姫に同情してしまう。
それに対し、ファルス様は後ろめたいことであることがわかっているように片手で顔を覆い隠す。
「…あちらとしても悪い話ではありません。婚姻の際には未開の地を開拓するための援助を行いますし、交易の販路を拡大させる話もあります。それに…」
それに?まだ何かあるのか?
「あちらの姫はすでに29なのですよ」
「…えっ?」
もう29?姫なのに?
前世の世界なら29で未婚でもさほど驚かれるものでもない。
だが、この世界ではほとんどが20になる前に結婚することを考えれば、かなり異常だ。
「ガイオアス国は未だ未開の地が多く残る国。輿入れしようにもそれを望む国が無かったようです。交易にも高いリスクが伴いますし、持参金もあまり期待できないところもあったとのことで」
つまり、国としてのうまみが無いからどこにも嫁にもらわれなかったということか。
それはそれで不憫。
当の本人はどういった心情かは推し量れないが、相当心痛であることは想像に難くない。
「ですので、婚約者探しと言いましたが、実のところもう相手は決まっています。セーラにはその婚約者を連れて帰るまでの護衛をお願いしたいのです」
危険な獣蔓延る道中の護衛。
確かにこの二年間、獣を狩り続けてきた。ハンターとしてそれなりの自負がある。
しかし、だ。
「私がハンターとして成り立っていたのは『単独』だからです。護衛とは…」
狩るのが自分だけなら、守るのも自分だけ。それがハンターだ。
しかし、護衛となると全く異なる。
そもそも、ハンターは『狩る側』だ。相手を先に見つけ、気配を殺し、仕留める。
無論、同時に『狩られる側』でもある。常に狩る側ではいるわけではない。
ハンターの中にも、獣に食い殺された者はたくさんいる。
当然、私も『狩られる側』であることを意識し、そのための防衛手段はいくつか講じている。『雷縛』は私に触れた相手に雷を流し、痺れさせて動けなくする魔法。それ以外にも防御魔法はいくつかある。
だが、そのどれもが私自身を守るものであり、他者を対象にはしていない。
これから作るという方法もあるけれど…
そんな私の懸念を振り払おうとするかのように、ファルス様が私の言葉を遮った。
「大丈夫です。実際に護衛として動いてもらうのは騎士が務めます。セーラには獣に対処するための知識を披露していただきたいのです」
「知識を?」
「ええ。騎士たちは対人ならばスペシャリストですが獣に対しては無知です。どう動けばいいか、どこを攻撃すればいいのか、その知識がありません。それを教えてほしいのです」
つまり、知恵袋的な扱いということか。
それならば、まぁいい…のだろうか?
「もちろん、セーラにも護衛はつけます。身の安全は保障しましょう」
「いえ、それは結構です」
即座に断った。
護衛なんてつけられたら動きにくいことこの上ない。
というか邪魔。
「そういうわけにもいきません。私の愛しい人なのですから、絶対に傷ついてほしくありません」
「ソウデスカー」
どこからか世迷言が聞こえてきたので、ぞんざいに答えておく。
扉に何かがぶつかった音が聞こえたがこれも無視。
「…とにかく、そういうわけですので、是非とも頼みたいのです。無事に連れてくることができれば、なんでも望みを叶えましょう」
「…なんでも、ですね?」
「ええ。私との結婚でもいいですよ?」
続けて聞こえてきた言葉は当然無視。
なんでも望みを。
これはチャンスだ。これを使えば、今度こそ無事に逃げられる。
それに…
「わかりました。護衛の件、受けましょう」
「よかった!それでは早速手配しておきますね!」
そういうとファルス様は上機嫌に部屋から出て行った…気がする。
寝室から扉を開ければ、そこにいるのは侍女のみ。
本当にファルス様は出ていったようだ。
部屋に戻り、ソファーにもたれかかる。
「旅のご無事を祈っております」
「…ありがとう」
侍女の言葉に、とりあえず礼を。
思わぬ展開になってしまったが、このままでもいられないと思っていたところだ。
なら、これでいいんだ。そう思うことにした。
それに…
(ガイオアス国に着いたら、そのまま逃げてもいいしね…)
ついニヤリと口角が上がったのを、隠す。
そして、こうしてはいられないと再びソファーから立ち上がる。
「どちらへ?」
「お勉強よ」
私は、城の図書館へと向かった。
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