第10話

翌朝。

朝食を終え、これからどうしようかと考えているとき。

張本人が部屋を訪れた。


「おはようございます」

「おはようございます」

「昨日はよく眠れましたか?」

「ええ、とても」


嘘である。

あの後、しっかり眠れずに新たな魔法の構築…というかイメージ固めをしていた。

例にもれず、前世の記憶を存分に活用して。

とはいえ、仮にも城内。

派手な魔法はできないので、補助的な魔法に留めていた。


そのまま眠気が来ないまま、徹夜してしまった。


「嘘でございます」


その言葉は、私でも様でもなく、部屋に控えていた侍女からだった。


「一晩中、部屋の中から物音が聞こえておりました。おそらく、ずっと起きて何かなさっていたのではないかと」


しっかりばれていたようだ。


(余計なことを……)


ジト目で侍女をにらむも、素知らぬ顔。


「いけませんね。寝不足なんて」

「眠くなければ寝ることはできませんので」

「そうですか。それでは」


そう言ってファルス様が一歩近づいてくる。

私は一歩下がる。

また一歩近づいてくる。

一歩下がる。


「何故逃げるのですか?」

「貴方が近づくからです」


何を当たり前のことを聞くのだろうか、この方は。


「私が近づくのは嫌ですか?」

「嫌です」

「………」


だから聞いておいて落ち込むなと。


「…様、不憫です」


侍女の悲しげなつぶやきが耳に届くが無視。

というか、侍女もグルか、そうなのか。


「…とにかく。寝不足のままの君には頼めませんから。大人しく寝ていてください」

「今寝たら、また夜には眠くなくなってしまいます」

「それもそうですね」


あっさり納得してくれたようだ。ところで…


「何を頼むつもりですか?」


警戒半分、期待半分。

内容次第ではファルス様が求めているものが分かるかもしれない。


「私とデートを…」

「おやすみなさい」


くるりと踵を返し、寝室へ向かう。

どうやら時間の無駄だったようだ。

聞くんじゃなかった。


「すみません、今のは冗談…でもないんですが、本当に頼みたいこと…でもあるんですけど、そうではなくてですね…」

「あ、それはもういいです」


ファルス様の言葉を遮る。

とんでもない不敬行為だと頭の片隅でささやく声が聞こえるが、ささやかすぎるので無視する。

そもそも、無理やり抱きしめられたり連れ戻されたりキスされたりと好き勝手されてるから敬意を抱く気にならない。

一発くらい殴っていいんじゃないかと思ってる。


「私は今、どういう立場なんですか」


ふと思い出したこと。

この城内での私の立ち位置。

まさかもう侯爵令嬢に戻したということはないはず。

ならば客人か、ファルス様の。

これがはっきりしないと、城内を歩くことすら憚られる。


「貴女は今は私の客人ということになっています。本当は婚約者にしたいのですけれど…」


そっちはもういいです。


「ここからは頼みたいことにもなるのですが、貴女が良ければ」


その言いかけた言葉を遮るように、扉が勢いよく開け放たれた。

その開け離れた扉の先にいるのは…ギルバート様。


ファルス様と同じ、金髪碧眼。本当によく似た兄弟だ。

中身はまるで似てないが。

そのギルバート様は室内に目を巡らせ、そして私を見つけるとそれはもう、あからさまにわかりやすく顔を歪めた。


「……ファルス、何故この女がここにいる?」

「私の客人です、セーラは」

「ふざけるな!こんな汚らわしい女を城内に入れるなど、この馬鹿者!」


(汚らわしい女…ね)


「聞けばこの女、ハンターをしていたというではないか!あんな野蛮な行為を生業にするなど、こんな女が私のかつての婚約者だったなどと、恥以外の何物でもないわ!」


ずいぶん好き勝手言ってくれる目の前のギルバート様。

私も、こんな男がかつて婚約者だったなんてその言葉をまっすぐそのまま返してあげたい。

が、仮にも第一王子。王位継承権第一位。

やたら滅多なことを言うことはさすがに憚られる。

ここは黙して過ぎ去るのを待とう。


「貴様もだファルス!こんな女に懸想して一時でも王族をやめたいなどとよくも抜かしたものだな!」


さすが真面目一辺倒王子。

やはりその言葉には許せないものがあったようだ。


「父上が寛大だからこそ許されたものを、私なら今すぐにこの城からたたき出しているところだ!そのことに十分感謝しておけ!」


まぁ言っていることに間違いはない。

間違いはないのだけれど…


(これが王に…ねぇ)


あれから2年。

さして親密な付き合いがあるとはいえない仲だったが、それでもそこそこその人となりは見てきたつもりだった。

王として民を導いていく、その考えは素晴らしい。

が、その支えになる気が無い私を断罪したことといい、そして今の言葉といい、自分の考えを微塵も疑わず、それでいて追従しないなら切り捨てるというのはいかがなものか。

些か苛烈…と言わざるを得ない。

本来ならそれを諫め、時には反対意見も聞き入れるように進言するのが王妃…かつての私の役目だったのかもしれない。

そういえば、2年前のときにはいたあのシャリオ令嬢はどうしたのだろうか?

情報が届きづらいボルス領にいたため王都の情報はほとんど入ってこなかった。

知りたい気も無かったともいう。

しかし、ここ2か月王都で働いていた時もそういった情報が出てこなかったのを今更ながらに不思議に思う。


ギルバート様ももう19歳。婚約者どころか婚姻の話が上がってもおかしくないはずだ。

言いたいことだけ言ってギルバート様は去っていった。

あれでも第一王子。いろいろ忙しいらしい。


「…すみません」

「ファルス様が謝ることではありません」


謝罪されてもしょうがないというか……はた目から見れば、王族であることを放棄しようとした王子と、侯爵令嬢であることを放棄した一般市民と。どちらに非があるかと言えばこちらなわけで。

あの程度言われることは承知の上だ。


「ところで少しお聞きしたいのですが」

「はい、何でしょう!?」


前のめり気味にくるファルス様。

その分少し後ろに下がっておく。

それが分かったのか、ファルス様は大人しく元の位置に戻った。


「シャリオ令嬢はいかがされたのですか?」


私の言葉に空気が凍った。

はて、そんなにおかしなことを聞いただろうか?


「…セーラは、聞いたことはなかったのですか?」

「はい、全く」


どうやら余程のことがあったようだ。

少し野次馬根性が出てきた。


「そうですか……」


ファルス様は少し考え込むように額に手を当てる。

そして、こちらを見つめてきた。

もちろん私の視線も明後日の方向に向けておく。


「え~と、ですね…結論から言えば、今兄上に婚約者はおりません」

「……」


それはつまり、シャリオ令嬢とはうまくいかなかったということか?


「さきほど仰ったシャリオ様とは、セーラとの…その…婚約破棄された後、すぐに婚約するという話になったのですが、これをシャリオ様自身が猛反対されまして」

「はっ?」


どういうことだろうか?猛反対?

ギルバート様との婚約を嫌がったということ?


「どうやら彼女には王妃になりたいという意思が全くなく、この点に関してはセーラと同様です」

「そうなのですか?」


しかし、ならば彼女はギルバート様に近寄ったのだろうか?

私はてっきり…


「ええ。私は…おそらく貴女も、シャリオ様は王妃になりたくて兄上に近づき、兄上との仲を深めようとしていた…そう思っていたのですが、彼女は王妃ではなく愛妾のほうを望んでいたようです」

「はぁ…」


王妃ではなく愛妾を。

変わった令嬢もいたものだ。


「王妃ともなれば、王を支え、場合によっては王に代わって政務を取り仕切ることもあり、その立場は重要です。彼女にはその覚悟は無かったようです」


なるほど、国政に携わる可能性がある王妃よりも、王の寵愛を受け、子を成せばあとは大した責任もない愛妾のほうが楽…確かにそうかもしれない。


「実際、兄上とセーラとの仲はあまり良くなかった…これは周知の事実だったのですが、それだけに彼女としては愛妾になれる可能性が高く、むしろセーラに王妃になって欲しかったようです」

「なるほど」

「ですから、シャリオ様としては兄上の婚約破棄騒動は予想外のものでした。むしろ彼女は婚約破棄はしないよう働きかけていたくらいですから」

「そうだったのですか?」

「ええ。彼女自身は伯爵令嬢でしたから、立場としてはあなたには及びません。貴女自身も優秀でしたし、兄上とは不仲であったとしても次代の王妃として国を動かしていくにはセーラ…貴女でなければ務まらない、と」


あくまでも王妃には私を推していたということか。


「ですが、兄上はそうは受け取らず、貴女がいるからシャリオ様は強く出られない。ならば排してしまえばいい。そう結論に至ったようです」


そして結果は今の通り。


「シャリオ様は大変慌てて、兄上に何度もセーラを探すよう進言したようです。表向きはこのままでは国が安定しないとか貴族間のバランスやらと。もちろん兄上は聞く耳持たず、むしろそのままシャリオ様を王妃にしようと婚約の話を進めていました」


ここでも自分の考え至上主義は発揮されたのか。


「結果、シャリオ様は屋敷に引きこもり、父親である伯爵に懇願したようです。王妃になりたくない、と。娘を溺愛していた伯爵ですが、さすがに王妃になりたくないという娘には困ったようですね」


それはそうだろう。

王族と血縁関係になれる機会を逃すのは誰だって惜しい。


「果てには自殺騒動まで起こり、これにはさすがの伯爵も折れたようで、結局婚約はされませんでした。しかし、その後今度は兄上が女性不信を拗らせたようで」


…原因の一端だけに何も言えないので、口を噤んでおく。


「自分に近づくものは自分を見ておらず王妃という立場だけ、自分を見てくれるものはこちらから近づくと逃げてしまう。そうしてあまりに思い通りにいかないことに腹を立ててしまいました。そして、今では夜会ですらどの令嬢とも接触しません。ダンスを踊ることすら明確に拒絶します」

「………」

「父上も何度か説得を試みたのですが、結果は御覧の通りです」

「全く折れる気はないのですね」

「はい。…そのおかげで、別の面倒事も持ち上がり始めているのですが…」


その言葉と同時に、こちらに向けていた顔をそらす。

…なんだろう、その面倒事には絶対に関わりたくない。


「とにかく、今の兄上はそんな状態です。あまり関わらないようにしてください」


(貴方がこの城から出してくれれば、そしてもう追ってこなければ永遠に関わらずに済むんですけどね?)


その言葉は呑み込んだ。

言っても意味はなさそうだし。

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