第3話

その後も、ギルバート様とシャリオ伯爵令嬢が仲を深めているという話がよく聞こえるようになっていた。


そのせいなのか、王城で開かれていた3人の茶会も、よくギルバート様は欠席されるようになり、ファルス様と二人きりになることが多くなっていた。


「すみません、今日『も』兄上は用事が出来てしまってね…」

「気になさらないで下さい。お忙しいようですから、仕方ありません」


そう言って紅茶を一口含む。

大方、シャリオ伯爵令嬢のところへ行っているんじゃないんだろうか。

真面目で堅物だと思っていたが、思いのほか単純なのかもしれない。


「…………」


ふと、珍しくこちらに話しかけることなく見つめてくるファルス様。


「如何しました?」

「……セーラ様は…」


常に笑みを浮かべているファルス様にしては珍しく表情を消し、こちらを探るような目で見てきた。


「…兄上を、お好きではないのですか?」

「………」


さて、どう答えたものだろう。

まぁ普段からの私とギルバート様の様子を見ていれば、そう思う者がいるのは当たり前だ。

仲を深めるための茶会に一緒に出席しているファルス様なら猶更だ。

そもそもファルス様が参加するようになったのも、あまりの沈黙に見かねた侍女が王妃様に進言した結果だ。

私とギルバート様の茶会での沈黙の間はそれほどに辛いらしい。

もっとも私は沈黙の間、頭で魔法のイメージを構築していたので全く辛くなどなかったが。


「どうなのですか?」


今度は問い詰めるような声色。

ここは、無難な答え方でもしておこう。


「好きではありません。ですが個人の感情など些細なものです。陛下と、父上が決めた婚約である以上私がこれに何か申し上げることはございません」


好きかどうかなどどうでもいい。

それは政略結婚が当たり前の貴族社会なら当然のことだ。

しかし、それでファルス様は納得できないようだ。


「あら、このケーキ美味しいわ」


この話題は終わりとばかりに私は別の話題を振る。

これ以上は無駄と悟ったようで、ファルス様もケーキに手を伸ばした。



  *  *  *



それからひと月も経たない頃だろうか。

王城で開かれた夜会。

その場でついに私の待ち望んだ事が起きた。


「君との婚約を破棄させてもらう」


傍らにシャリオ伯爵令嬢を寄り添わせてギルバート様は私に向かってそう言い放った。

ここに集まったすべての貴族、陛下と王妃様、そしてファルス様の視線が注目する。


「……理由を、聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


聞く必要など全く無いのだけれども、一応聞いてだけおくことにする。


「理由?君には私を支えていこうという意思がまるで感じられない。これから、国民のために共に頑張らなければならないのに、そんな令嬢を王妃として迎えることなどできるわけがない」


確かにその通りだ。

国民のため、などという面倒事にかかわる気は全く無い。


「そうですか、わかりました」


それだけを言い、私は夜会の場を後にした。

淑女の礼も面倒だ。

あの場にはもちろん父上もいた。

当然見ていただろうし、失望を通り越して興味すらなくなっているだろう。

それでいい。


城を出ると、父上も出てきた。

その表情は一切の感情を感じさせない、まさにゴミを見るような目だった。


「お前には失望した。今、この時をもってお前は勘当する。二度と私の前に姿を見せるな」

「はい」


私の返事など聞いていないように父上は城へと戻っていく。


(やっと……か)


ようやくすべてのしがらみを捨てることができた。

これからはただの平民としての生活が待っている。

自らの手で稼ぎ、生きなくてはならないのだ。


さて、勘当はされたが、さすがにこのままさぁ平民というわけにはいかない。

一度屋敷に戻ると、ドレスを脱ぎ、あらかじめ用意してあった平民用の私服へと着替える。

そして、しばらくの路銀と換金用の宝石類を少し持ち、屋敷を出た。

屋敷にいた侍女には、婚約破棄され、父上に勘当されたこと、今まで世話になったことへの礼を簡単に告げた。

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