第2話

10歳になった。


もうすぐ魔力測定を行うこととなった。


事前に父からはどんな結果になったとしても魔法学校への入学はないと言われている。


それでいいし、むしろそうしてほしいので黙ってうなずいた。




だが、魔法学校への入学は無くても、どんな結果でもいいかといえばそうではない。


ここはなんとしても最低値を出すようにしなくてはならない。


それは、王妃候補としての印象を少しでも上げないようにするためだ。


過去の事例から、そして現在でも王族は魔力もちとなることが多い。


そして、より強大な魔力もちであればあるほど国は安定していることが多い。


なので、私が魔力もち、それも優秀だということが判明すれば、より王妃としてふさわしいとみられてしまうからだ。




実はもう既に私は魔法が使える。


魔力があることは間違いない。


ただどの程度の量かまでは不明だけど。


そして、書物の中に測定の際に使われる魔晶石についての説明があった。


曰く、通常魔法を使ったことがない者は許容量以上の魔力を垂れ流しにしている。


その魔力を触れた魔晶石が吸収して光を放つとか。


その量に応じて輝きの大きさが変わるという。


単純に、魔力が多ければ多いほど輝きが増すという。


つまり、この垂れ流しになっている魔力を抑えれば魔晶石の輝きは小さくなり、魔力量が低いとみなされる。




私はさらに書物を読み漁り、魔力そのものを操る術がないか探した。


垂れ流す魔力量を収めるためだ。


結果としてそれは見つかったが、その術を収めるのには苦労した。


半年かかった。




その甲斐あって、魔力測定結果は最低クラス。


本当は自分にどれほどの魔力があるのか興味もあったけど、そこは我慢した。




こうして私は無事に魔法学校へ通わなくなったのだが、婚約者である第一王子のギルバート様は魔法学校に通っている。


時々王城へと向かい、ギルバート様と行っている互いの仲を深めるための茶会は、ギルバート様が通いだした2年前から頻度は減っていた。




さて、このギルバート様なのだが、一言でいえば真面目が服を歩いている…と言えばいいだろう。


私同様、幼いころから厳しい教育を受けてきたからか、子供らしさというのが皆無で、開いている茶会でもろくな私語がない。


茶会なのに私語が無いのも変な話だけれど、圧倒的に沈黙の時間が目立つ。


一方私も、下手にギルバート様と交流を深めたくないので沈黙に徹することが多いのだけれども。






  *  *  *  






それから5年が過ぎた。私は15歳になっていた。


魔法学校は期間が3年なので、その間にギルバート様も卒業したのだが、それを機に茶会に一人のメンバーが追加された。


第二王子であるファルス様だ。


こちらはギルバート様と違い、率直に言えば軽い人間だ。


おかげで沈黙が大半だったギルバート様との茶会は賑やかになったのだが、どちらかというとギルバート様とファルス様、ファルス様と私という構図になり、結果的には私とギルバート様との会話自体は以前と変わらなかった。


 


しかし、状況は少し変わりつつあった。


どうも最近、ギルバート様に近づく令嬢がいるらしい。


それまで曲がりなりにも婚約者がいるとして近づく令嬢を寄せ付けなかったギルバート様が、とある令嬢だけとは親密に話をしているらしい。


相手はシャリオ伯爵令嬢。


噂では朗らかな空気の持ち主で、どんな相手でも心を和らげてしまうとか。


常に王位継承権第一位として気を張っているギルバート様にとっては唯一の安らぎなのかもしれない。




それに対し、私は一切心の揺らぎはない。


いや、別の意味では揺らいでいる。


なにせ、このままでは婚約破棄されないのではと焦っていたからだ。




真面目が服を着ているギルバート様は近寄る令嬢を寄せ付けず、かといって私も下手にやり過ぎれば婚約破棄どころではなくなってしまう、


悪印象を与えたくてもギルバート様本人に何かするわけにもいかないし、ファルス様も同様だ。


よくある手としてギルバート様に想いを寄せる相手を虐めるという手段も考えたが、ギルバート様が見事に寄せ付けないため虐める前に相手が身を引いてしまうのだ。




そんな中でやってきた機会。歓喜に心が打ち震えるのはしょうがない。


これは最大にして、最後のチャンスだ。


だが、焦ってはいけない。


もしかすれば、このまま何もしなくてもあちら側から婚約破棄を申し出てくれるかもしれない。


そのくらい、ギルバート様はシャリオ伯爵令嬢に熱を上げている。


噂では、茶会に誘い、自ら話しかけているくらいだとか。






  *  *  *






そんな中、ついに私の夜会デビューの日が来た。


エスコート役は婚約者であるギルバート様だ。


が、周囲への挨拶もそこそこに早々に私の元から離れると、シャリオ伯爵令嬢の元へと向かってしまった。


婚約者を差し置いて意中の人の元へと向かう。


これは本当に何もしなくてもよさそうだと思いながら、婚約者に捨てられた令嬢という周りの視線にちょうどいいと思い、こっそりと会場を抜け出した。




会場を出て、人目がないことを確認して『隠密』を発動させた。


これまでの人生の半分を費やしてきた、ハンターとなるべく必要な魔法はほぼ完成しつつあった。


存在を消し、バルコニーへと向かうと夜空を眺めた。




(…もうすぐ、ね)




もうすぐ自由になれる。


そう思うと口元に笑みが浮かぶ。


婚約者が奪われたとか、婚約者に捨てられたとか、そんな醜聞は全く気にならない。


元より愛していたわけでもない相手なのだから。




夜風にあたり、会場の熱気に当てられて火照った体を冷ましていた。


そこに、声が響いた。




「…誰だ、そこにいるのは」




険を含んだ、けれど聞き覚えがある声。


その声の方向に顔を向けると、予想した通りの人物がいた。




(ファルス様……)




金髪碧眼、整った容姿に甘く微笑まれると数多の令嬢が頬を染めた。


しかし今はその顔は、こちらをきつく睨みつけている。




そう『隠密』を発動させた私を『見て』いる。


その事実は私を困惑させた。




(どういうこと…『隠密』は鏡にも映らないのに)




「答えろ、何者だ」




言葉をつづけるファルス様。


しかし私はその言葉に気が付いた。




ファルス様は私がわかっていない。


何度も茶会で顔を合わせ、今日もあいさつ回りで顔を合わせた直後だというに『何者だ』と。


そういえばと思い出す。ファルス様は『魔力が視える』と。


それによって、相手が発動させようとしている魔力の量を見て魔法の規模を判断できるとか。


つまり今のファルス様は、私が見えてはいないが、隠密のための魔力が視えているという状態だ。




「答えないなら、力づくで聞くぞ」




そういって右手をこちらに向ける。


まずい、これは何か魔法を使う気だ。


こんな場所で騒ぎを起こされるのはまずい。




「ッ!待て!」




私は瞬時に『消音』も発動させると枠に手をかけ、そのまま外へと躍り出た。


ここは3階。そのまま落ちればただでは済まないが、さらに『浮遊』も発動。


着地音も『消音』で消し、けがもなく1階へと降りた。


見上げればこちらを見るファルス様。


そのまま城の中へと入り、会場へと向かう。


万が一ファルス様と遭遇しないよう、少し遠回りをして。




『隠密』で姿を消し、『消音』で布ずれの音を消し、『浮遊』で通路を飛びながら、『探査』で壁の向こう側から出てくる人がいないか確認しながら。




そうして何気ない顔で会場へと戻り、その日は何事もなかったかのように終えた。


後日、3人で茶会が開かれたときも、ファルス様はそのことを口にすることはなかった。

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