第4話

あれから2年が過ぎた。

私は予定通りハンターとしての生活を営んでいた。


今はクルース領から三つほど領地を跨いだ先のボルス領にいた。

ボルス領。未開の自然が多くあり、ハンターにとっては獲物となる獣や希少な植物が多く存在する宝の山だ。

反面、一般の人間にとっては凶暴な獣が身近に存在するため住民は多くなく、それほど栄えているわけでもない。

実際、一番大きい都市でも他の領から見ると都市というよりも町レベルだ。

それは町をぐるりと囲む城壁といっても差し支えないほど堅固な守りのためだ。

驚異的な身体能力を誇る獣が飛び越えられないよう、その城壁の高さは10mを超え、わずかな綻びがとっかかりとして足場にならないよう常に厳しいチェックが行われている。


それもあって、町の規模は大きくならない。

交易もさほど盛んではなく、ハンターによって狩られた獣や採取された植物がメインだ。


それだけに、この領に対して他の領や王宮が関与してくることは少ない。

目玉となるものもないし、下手にかかわれば獣のおかげで損害しか生まない。

そのせいもあって曰く付の者が流れやすい地域としても有名だった。


だが、それがいい。

ハンターとして生きる上で十分な収入が見込めるし、ここの領主は前述のこともあり領内の統治にあまり興味がない。

元侯爵令嬢なんていう肩書の私がいても気にしないだろうし、わざわざ探してくるなんてこともないはずだ。

これまでの自分を捨て、新たに生きていくのにこの上ないほど丁度よかった。


移り住み始めた当初はいろいろとあったが、今は安定し、貯えもそれなりにできた。

これまではずっと宿住まいだったが、そろそろ持ち家を考えてもいいかもしれない。


そんな風に思いながら、今日も山に入り獲物を探す。


『隠密』と『消音』、『探査』を駆使して獲物を探していく。

姿を消し、音も消せば、いくら野生の獣といえどほとんどこちらの存在には気づかない。

だが、あまり近づきすぎると歩く際に触れる枝葉の動きに警戒され、逃げられることもあった。

そのため、今は『探査』の範囲およそ50mのギリギリで獲物を捉え、視界に移す。

そこから狙い撃つのだ。


山を歩き続けていると、『探査』に何らかの存在を確認した。

探査は前世的にはソナーのようなものだ。

生命体を感知することはできるが、それについての詳しい情報までは無い。

せいぜい反応の大きさからサイズをおおよそ判別できるかどうかという程度。


その存在を直接目で確認すると、そこにはオオクロジカがいた。

大きな角とふかふかの毛皮、良質な肉を持つそれは中々の高値で売れる。

特に毛皮は損傷が少ないほど値が上がる。

大きい個体なら、その毛皮を貴族が敷物にするためさらに値が上がる。

これはいい獲物だとほくそ笑みながら、狙いをつける。


手を拳銃の形に模して、人差し指を標的に向ける。

指先に氷の弾丸を作り、さらに視線で獲物のどこに当てるかの狙いをつけるため、『誘導』を発動させる。

『誘導』は獲物にマーカーを付ける魔法だ。マーカーは獲物に影響を与えることはないため、これを付けても獲物が気づくことは無い。

これにより、多少発射の角度がずれても対象物へと当たるように軌道修正してくれる。

そして、作った氷の弾丸に『回転』を付与する。

高速回転し始める氷の弾丸。

そして、弾丸を放つ。放たれた弾丸は、さらに『加速』と『隠密』『消音』を付与する。

『回転』と『加速』を付与された弾丸は、獣の硬い皮も分厚い脂肪も骨も容易く貫き致命傷を与える。

それでいて、『隠密』『消音』の付与により、獲物は当たるまで弾丸の存在に気づかない。


後に残ったのは撃たれたことにすら気づかずに絶命した獲物の死体のみ。

弾丸はオオクロジカの頭部を貫き、即死させた。

『探査』から反応が消えたことを確認し、仕留めた獲物へと向かった。


「これは……かなりの大きさね」


オオクロジカは過去何度か仕留めたことはあるが、今回仕留めたものは過去のどれよりも大きかった。

その巨体は私自身よりも数倍大きく、普通になら持つこともできない。

もちろん、運ぶ手立てもないのに仕留めたわけではない。


仕留めた獲物に『浮遊』をかける。

すると獲物はふわりと浮かび上がる。

そのまましばらく頭部から滴り落ちる血を地面に流した後、革袋で頭の部分だけを包んで血の匂いを抑えたあと、再び『隠密』『消音』『探査』を駆使しながら山を下りた。


町の中をオオクロジカの死体を浮かばせながら歩く私の姿は、当初こそ注目の的だったが、2年も過ぎた今では町の住民にとっては見慣れた光景になっていた。

そもそもこの町に来た時点で魔法使いであることは隠さなかったし、隠そうとすれば今のように魔法を使って楽ができないからだ。


そのままギルドに向かい、獲物を引き渡す。

ギルドの方でもこのサイズは初めてらしく、しばらく値が決まるのに時間がかかるとのこと。

もしかすればオークションに出せるかもしれないとのことで、気長に待つとだけ返事をしてギルドを出た。


貯えがあるおかげですぐにお金が欲しい状況でもないし、今回のように時間がかかる場合は大抵高値が付く。

いくらになるかなと楽しみにしながら宿に戻った。


そこで、もう見ることは無いだろうと思っていた顔を見るまでは。


「ようやく、見つけましたよ。セーラ様」

「……ファルス様…」

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