第6話 暴走する少年

 和睦商店街での藤崎との一件から数日後。左腕の傷は塞がったが、まだ完全には抜けきらない倦怠感と時折走る痺れが残っている。

 それでも団は、学業とホワイトでの二重生活に追われながらも、少しずつその日々に慣れ始めていた。

 その日も、学校から家路につく団は、いつものように賑わう駅前を歩いていた。夕刻の喧騒、学生たちの笑い声、買い物帰りの主婦の井戸端会議に至るまで、この場所は人で溢れている。

 ――そんなざわめきを引き裂くようにして、突如悲鳴が響き渡った。

「うわあ!」「なんだあれ!?」

 見ると、駅前の広場に人だかりができていた。何事かと団が駆け寄る。人々の視線の先には、奇妙な光景が広がっていた。

 広場の中央にある噴水の縁から、つる植物のようなものが這い上がり、水を吸うようにして広がっていた。隣のブロンズ像には蔓が絡みつき、ミチミチと蔦の締めつけで軋んでいる。

 さらに、周囲の街路樹は風もないのにざわざわと揺れ、枝がぐにゃりと意志を持ったように動き回り、大きく伸びた根が舗装を破って隆起していた。

 植物が、自らの意思を持ったかのように動き出している。

 人々は恐怖と混乱で叫び声を上げ、我先にと広場から逃げ出そうとしている。明らかに異常事態だった。

「異能犯罪か……!?」

 団は即座にそう判断した。藤崎や砂男のような直接的な攻撃ではないが、これもまた異能によるものだろう。広範囲に影響が及んでいる。

 しかし、誰が、何の目的で? 犯人の姿は見えない。植物を操る異能だとすれば、その場に姿を見せていなくても、広範囲を操ることは可能だ。

 ずくり、と左腕に鈍い痺れが走った。腕はまだ万全じゃない。紗月にも安静にと言われている。

 だが、目の前で、人々がパニックに陥っているのだ。団はホワイトの隊員として、そして何よりも自分の中の正義の元に、この状況を見過ごすわけにはいかなかった。

「皆さん、まずは落ち着いてください! 」

 団は声を張り上げ、逃げ惑う人達を安全な場所へ誘導しようとする。しかし、混乱の中でその声は掻き消されがちだ。

 その時、ひときわ大きなミシミシという音と共に、一本の街路樹が大きく傾いだ。根元がめくれ上がり、悲鳴をあげて倒れる。そのすぐそばには、母親とはぐれたのか、泣きじゃくりながら立ち尽くす小さな女の子がいた。

「危ない!」

 団は考えるより先に駆け出していた。痺れの残る左腕に力を込めて女の子に覆いかぶさるように抱きかかえ、そのまま団は地面を蹴る。

 全身の筋肉と、特に左腕がずくずくと痛む。なんとか倒れてくる街路樹の軌道から、ギリギリで転がり込むように回避することができた。

 ドシャァァン――と轟音を立てて、街路樹が地面に叩きつけられ、土埃が舞い上がる。無理に動かしたため、左腕はさらに痛み始めた。

「大丈夫?」

 腕の中で震える女の子に声をかける。幸い、怪我はなさそうだ。

「……うん……」

「よし、じゃあここから離れてて。……すみません、この子お願いします!」

 女の子を近くにいた大人に託し、団は息を整えながら立ち上がった。左腕がジンジンと痛む。無理をしたせいで冷や汗がにじむ。だが、休んでいる暇はない。この異常現象を止めなければ。

 団は舞い上がる土埃の向こう、不自然に動き続ける蔦に鋭い視線を向けた。犯人はどこかにいるはずだ。警戒しながら、団は再び広場の中心部へと足を踏み出した。

 広場の中心、轟音を立てて水を噴き上げる巨大な噴水。その石造りの陰に、小さな人影がうずくまっていた。年端もいかない、まだ幼さの残る十歳ほどの子供だった。なによりも目を引いたのは、彼の周囲を、まるで守るように生えていた、幾本もの蔓だ。

 彼を中心に、植物が蠢く。蔓が震え、地面から芽吹いたばかりの草花が、空気を読むように揺れていた。

 その中で両腕で頭を抱え、肩を震わせながら、「ごめんなさい」「わざとじゃない」「こわいよ、助けて……」と、か細い声で繰り返す少年。

 その声は、周囲の破壊音にかき消されそうになりながらも、団の耳にははっきりと届いた。

 団は、一目見てこれが少年の異能によるものだと理解した。……しかし、意図的な異能犯罪じゃない。

 団の直感が告げていた。少年自身の異能が、何かをきっかけに暴走しているのだと。感情と異能が直結しているのは明らかだった。怯えきった様子から断定する。

「君、大丈夫?」

 警戒を解かぬまま、団は静かに声をかけた。少年がびくりと肩を震わせ、怯えきった瞳でこちらを見る。その瞬間、噴水に絡まる蔓がしゅるりと動き、それに合わせて地面が跳ねた。

 飛んできた石のつぶてを避けつつ、団は思考する。まずは、少年を落ち着かせることが最優先だ。少年を刺激しないように、攻撃など論外。

「……大丈夫、俺はホワイトの隊員だよ。君を助けに来たんだ」

 声を一段と優しくする。

「……ホワイト……?」

 少年の目が、ほんの少し見開かれた。しかしそれは希望の色ではない。

「ぼ、僕のこと捕まえに来たの……?」

 さらなる恐怖が宿った瞳に、団は落ち着きを取り戻せるよう目線を合わせる。

「違うよ。捕まえに来たんじゃなくて、君を助けに来たんだ」

「う、うそだ……どうせ、ぼくのこと、化け物だって思ってるんだ……」

 震える声に、かすかな絶望が混じっていた。少年が、自分のことを「化け物」と罵る強い自己否定。

 その時、団がポケットに突っ込んでいたタブレットが、ビリビリと警報を鳴らした。慌てて団が出ると、冷静さと緊張を含んだ犬飼の声が飛び込んできた。

「団、駅前広場で強い異能反応を確認との通報があった。お前もそこにいるな?」

「えっ、え、何で分かったんですか!?」

 団は思わずキョロキョロと周囲を見渡す。

「……タブレットで位置情報を共有しているんだ」

「そんな事まで出来るんですね……」

 なるほど、とひとり納得する団に、犬飼は続ける。

「現在、応援部隊が向かっている。お前は腕の怪我も完治していないだろう。決して無理はするな。現状を報告し、待機していろ」

「犬飼さん」

 団はすぐさま応じた。

「あの、異能力者と思われる人物は既に見つけていまして……ただ、少年なんです」

 団の言葉に、犬飼が「何?」と不審げに聞き返す。

「たぶん、異能が暴走しているだけかと。このままだと多分、少年も危ないかも……」

「そうだとしても、今の状況はお前にとって危険すぎる。無理をするな、接触は応援到着まで――」

「でも、彼は……今、助けを求めてるんです! 俺は行きます!」

 脳裏に過ぎるのは「怖い、助けて」と呟いた少年の言葉だ。団は一方的に通信を切った。

 目の前の少年が困っているなら助けたい。この怯えきった少年を、放っておくことなど出来なかった。


 ゆっくりと、団は歩を進める。少年は肩を震わせ、「来ないでっ、僕は化け物なんだ!」と叫んだ。雄叫びをあげるように地面を盛り上げる蔦。

「……化け物には見えないよ……」

 団は、歩みを進める。

「危ないからぼくに近付かないで!」

 植物は暴れるだけで攻撃はしてこない。しかし、ビタビタと跳ねる拍子に飛び散る石のつぶては、身体のあちこちに当たる。ごつ、と大きめの瓦礫が団の頬を掠った。

「あ、ご、ごめんなさ……」

「もしかしてだけど。君、力を制御できないんじゃないか?」

「ごめんなさい……! わざとじゃないんですっ」

 少年の叫びに、悲痛な色が混じる。

「ぼ、ぼくをたたかないで!」

 その言葉に、団は自らの左腕を軽く示した。包帯の巻かれた腕を見て、少年は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

「俺、この前の任務で怪我をしてて、あまり動けないんだ。大丈夫だよ」

「……え、い、痛い?」

「……少し痛いけど、大丈夫」

 少年の瞳に、はじめて恐怖以外の色が宿る。見ず知らずの人に対して心配できる心根の優しい子だ。何よりも、『危ないから』近付くな、という台詞が、彼の本心が危険を避けようとしている事を示していた。暴走しているのにはきっと、理由があるはず。

 そのとき、団はふと思い出した。懐にしまっていた、狸から渡された対異能力者用の拘束具――未使用の試作品だったが、今こそ出番かもしれない。たしか、暴走した異能を『鎮静化』させる効果があると言っていたはずだ。

 しかし、手錠の形状をしているため、唐突に使えば少年をさらに怯えさせてしまうだろう。まずはこの少年を説得する必要がある。

「君の名前は? 何があったんだ?」

 少年は沈黙した。安心させるように、団は極力穏やかな声で「大丈夫だから、教えて」と宥めるように促す。

 その様子に、少年は少しずつ、嗚咽まじりに語り始めた。

 名前は田中たなかそう。植物を自在に操る異能を持ち、幼い頃はその力で遊ぶのが楽しくて仕方なかったという。

 だが、ある日、友達と口論になった際、感情の昂ぶりに任せて力を暴走させてしまい――相手を傷つけてしまった。

「……こ、怖がられたんだ……。友達も、先生も、家族も……みんな僕を遠ざけた……」

 それ以来、誰にも相談できず、一人きりで怯えながら生きてきたという。

 爽は顔を伏せ、かすかに震える声で続けた。

「……ときどき、変な声が聞こえるんだ……」

 その言葉に、団の表情がわずかに引き締まる。

「力を解き放てって……。バカにしたやつらは、殺しても大丈夫だって……」

 震えながら、爽は打ち明ける。

 その声を聞くたび、頭がぼんやりして、身体が勝手に動き出すのだという。

「……怖いんだ……僕、誰かを傷つけたいなんて思ってないのに……止まらないんだよ……!」

 そう言って、爽は両手で顔を覆い、しゃくりあげた。

 団の胸中に、静かな違和感が芽生える。幻聴……それにしては、あまりに具体的で、意図がある。

 まるで誰かが――意図的に、彼の心に種を撒いたかのように。

 話している間にも、街路樹の枝がうねり、地面の奥に張る根が蠢く。剥がれた石畳が団に向かって浮かび上がった。団は左腕の痛みに耐えながら、それらを避け、受け流す。

「ご、ごめんなさい! わざとじゃ……ほんとに、わざとじゃないんだ!」

 少年は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら叫んだ。

「……大丈夫だよ、爽」

 団の声は、まっすぐで温かかった。

「わざとじゃないって分かってる。……ホワイトは、君みたいに力に悩む人を助けるためにもあるんだ」

 団は、自らを盾にするように、爽の前に立ち続ける。荒れる異能から守るように立つ団のその姿に、恐怖一色だった爽の顔にわずかな変化が現れた。

 戸惑いと……安堵。感情の波が少し緩やかになったのだろう、周囲の植物の動きが一瞬だけ鈍る。

 団は懐から拘束具を取り出す。まだ試作段階のものだが、信じるしかない。

「これは、異能の暴走を止められる道具なんだ。……君が嫌だと言うなら使わないけど……」

 じゃら、と手錠の鎖が揺れる。仰々しいそれに、爽は少しだけ瞳を揺らした。手錠なんて、犯罪者にかけるものだ。しかし、爽はぐ、と唇を噛み締め、「……ほんとに。これ、止まる?」と首を傾げる。

「ああ、止まるよ」

「…………分かった、捕まえていいよ」

 爽は、決心したように頷いた。団は爽の腕を取り、拘束具をはめる。その途端、カチリという小さな音と同時に、淡い光が少年の身体を包み込んだ。驚いた表情の爽だったが、抵抗はしなかった。

 次の瞬間、暴走は嘘のように止んだ。蔦や蔓はするする元の場所に戻り、街路樹もただの木になる。広場に、静寂が戻る。

 安堵の息をつく間もなく、遠くからサイレンが響いた。ホワイトの応援部隊とパトカーが次々に到着し、武装した隊員たちが広場に展開する。その足音が、団と爽を取り囲んだ。

「いたぞ、捕らえろ!」

 隊員たちが爽を捕まえんと駆けてくる。

「待ってください!」

 団は、咄嗟に前に立ちはだかった。

「彼は犯罪者じゃない! 異能の暴走だったんです! 怯えてただけなんです!」

 団の声は、必死だった。隊員たちが戸惑う中、現場指揮らしき警察官が一歩前に出る。

「事情は理解します。しかし、結果として公共物への損壊、および第三者の負傷が発生している可能性がある。本人の保護および調査は必要です」

 正論だった。罪の意識や悪意がなくとも、結果的に被害が出ている以上、法の下で然るべき処置がいる。団には、それが頭では分かっていた。だが、それでも――。

「お兄ちゃん、ぼくは大丈夫」

 団の背後から、小さくもはっきりした声が聞こえた。振り向けば、少年はもう怯えた様子ではなく、覚悟を決めた表情で団を見上げていた。

 団は唇を噛み、うなずくしかない。爽はホワイトの本部へと移送されるらしい。研究と保護のため、そして、責任の所在を明らかにするために。

 連れて行かれる直前、爽はふり返り、ふっと微笑んだ。

「……ありがとう、お兄ちゃん……」

 隊員たちが現場の検証を始めるなか、破壊の爪痕が残る広場の中央で、団は立ち尽くした。痛む左腕を押さえながら静かに空を見上げる。

 果たして、悪意なき異能の暴走は、裁かれるべき「犯罪」なのか。団の中に、割り切れないわだかまりが深く残った事件だった。

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