第3話 無視できない存在
ベルモリスの安宿の一室。
狭い部屋には軋むベッドと小さなテーブルしかなかった。
まともな照明もなく、テーブルの上のアルコールランプに火を灯すと、湿った埃と揮発するアルコールの匂いが夜の冷たさに混じって鼻を刺した。
クロエは椅子に深く腰掛け、真正面からヴィンを見据える。
ヴィンは少し迷ってから、向かいに腰を下ろした。
普段は柔らかい目元が、今は緊張に縛られている。
沈黙が落ちる。
クロエは息を整え、低く告げた。
「……私たちでマフィアを作るわ。」
ヴィンの眉がわずかに動く。
「無茶言うね。」
クロエは視線を逸らさない。
「成り上がるのよ。無視できない存在になる。」
「あなたの願いを叶えるために、本気でやるわ。」
ヴィンは息を吐き、クロエの真っ直ぐな視線に飲まれるようだった。
今まで流されるだけだった自分を見つめ直す感覚があった。
「……なんだろな。」
「こういうの、初めてだ。」
不思議と、その視線は不快じゃなかった。
むしろ少し心地よかった。
クロエは口元を緩める。
「何から始める?」
ヴィンは考える素振りを見せたが、すぐに笑った。
「仕事を取って、アジトを決めて、人を集めて……マフィアってそんな感じだろ?」
クロエも微笑む。
「看板を作らなきゃね。」
「“私たちの”ものを。」
ヴィンは目を伏せ、またゆっくり顔を上げた。
その瞳には少し光が戻っていた。
「……わかったよ。ボス。」
クロエは首を振った。
「違うわ。」
ヴィンはきょとんとする。
「私を“ボス”って呼ばないで。」
「上下を作る気はない。私はクロエ、あなたはヴィン。それでいい。」
ヴィンは目を丸くし、そして吹き出すように笑った。
「……クロエ、変な人って言われない?」
クロエも目を細めて、笑みを返す。
「変で結構。普通はつまらないわ。」
ヴィンは真面目な顔に戻り、しっかり頷く。
「……すごいね、クロエは。」
クロエはテーブルの上のグラスを軽く持ち上げる。
ヴィンもそれを見て、小さく拳を出した。
その乾杯は、異国のお嬢様と継ぎ接ぎ人形が未来を誓う、とても小さな盃だった。
「行くわよ、ヴィン。」
「……ああ、クロエ。」
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