第4話 喧嘩と本気

ベルモリスの夜。

埃っぽい風が吹き抜ける裏通りを、クロエとヴィンが並んで歩いていた。


ヴィンはゆるいパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに足元の石を蹴りながら歩く。

「……顔を売るって言っても、これってただの散歩だよな。」


クロエは路地裏に似つかないピンヒール音を響かせながらヴィンを横目で見て、わずかに口角を上げた。

「今はそれでいいの。」


ヴィンは鼻を鳴らす。

「へぇ……。」


そのとき、不意に声が飛んだ。

「おい、そこの嬢ちゃん。」

路地の影からチンピラ風の男たちが現れる。前に二人、後ろに二人。

建物に挟まれた一本道で二人を囲むように道を塞ぎ、気安く笑った。

「見ない顔だな。ちょっと挨拶していけよ。」


ヴィンは肩をすくめる。

「絡む相手、間違えたんじゃねえの?」

その言葉に男たちの表情が歪む。

リーダー格と思われる男がナイフを取り出し、他の三人も合わせるようにナイフを構えた。


点滅している街灯の下でそれが冷たく光った。


クロエはその光を一度だけ冷たく見た。

それからゆっくりとヴィンに向き直る。


「ヴィン。」


「……あ?」


「守って。」


ヴィンは目を見開いた。

「は?」


クロエはゆっくりと息を吸い、視線を逸らさずに言った。

「私がやるのは簡単。でも、あなたの本気を見たいの。」

「守って。」


ヴィンは短く息を呑んだ。

そして、口元がゆっくりと歪む。

「……マジか。」


次の瞬間、動いていた。

本能のまま間合いを詰め、ナイフを持つ手を打ち落とす。

相手の腹に膝を入れ、もう一人を殴り飛ばす。

乾いた衝撃音が夜に響く。


荒い呼吸を吐きながら、男たちは呻き声を上げて逃げていった。

ヴィンは膝に手をつき肩で息をしながら、小さく笑った。


「……はは、楽しかったかも。」

「……俺、意外とやれるんだな。」


クロエは一歩近づき、満足そうに頷いた。

「いい目をしてたわ。」

「これからも頼りにするわよ。」


ヴィンは一瞬きょとんとした顔をして、そして吹き出すように笑った。

「……とんでもない人に拾われたな、俺。」


クロエも小さく笑う。

「そう思うなら、ついてくるしかないわよ。」


ヴィンは息を整え少しだけ肩の力を抜いてから、笑いながら頷いた。

「……わかったよ。クロエ。」


二人はまた夜の通りを歩き出した。

冷たい風が埃を巻き上げる。


しばらくして、クロエが小さく呟くように言った。

「ルールを作らなきゃね。」


ヴィンは横目で見る。

「……ルール?」


クロエは前を見つめ、目を細めた。

「私たちのやり方を決めるの。」


ヴィンは口の端を上げた。

「……いいじゃん、それ。」


生まれて初めて本気を出した男と、出させた女。不規則に点滅する街灯は、二人を照らす即席の舞台装置のようだった。

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