レシピ2 君にピッタリのフレーバー
「そうか。」
男性は軽くうなずくとシンクにたまっていた洗い物を片付け始めた。
「…なんか、すみません。」
「別に構わねぇよ。それに悩みっていうのはそう簡単に口に出せるものじゃない。お前の口から自然に出てくるのをゆっくり待つことにする。」
そう言って男性はそのほかの仕事をし始めた。こうしてみるとただのいい人に見える。そんなことを考えながら紅茶に口をつけると扉がバーン!と大きな音を立てて開いた。
「ただいま戻りやしたー!」
「うるさい、もっと静かに開けんか馬鹿流川。」
入ってきたのは金髪のリーゼントの髪型の男性。それと後ろにもう一人男の子がいる。
「そんなことより有川の兄貴!報告に上がっていた男の子連れてきましたよ!」
男の子は私と同じくらいか少し年下くらいに見えた。あたりを見回しびくびくしている。
「あ、あの、とっておきの場所ってここなんですか…?」
「そうだよコーキ君。死ぬ前に最後の晩餐ならぬ最後の紅茶ってね!」
「不吉なこと言うんじゃねぇ」
話を聞いていても内容が全く頭に入ってこない。いったいどうしたものか。
「あ、あの、彼って…」
男性はしばらく考え込むと静かに語りだした。
「お前さんは聞いたことねぇか?SNSで死に場所を探している奴らのこと。」
聞いたことはある。昔、若い女性が一緒に死ぬ仲間を求めてSNSで募集をかけたところ、一人の男性と知り合い、その男性に殺されたというニュースがあった。
「でも、今はSNSでそういう投稿はできないようになっているんじゃ…?」
「今は投稿できないようになってるって言うけどな…抜け道なんて、いくらでもある。」
そう話しながら、彼は棚から紅茶の缶を選び始めた。
「にしてもなんで死のうとなんて…?」
「…どうせわからないよ。僕の気持ちなんて。」
男の子はかばんを抱きしめ俯いた。まぁ、そりゃ言いたくないだろうな。
「当ててやるよ。親に変な名前つけられたんだろう?」
男の子はなぜわかったのかを問い詰めるかのように棚の前にいる男性を見つめた。
「コーキ君。本名は
「これが原因でいじめを受けたり、大人になって就職するときに名前が原因で職に就けないことも多いからな。」
男の子はそれを聞くと目に涙をにじませた。
「流電都って名前なのになんで足が速くないんだってみんなにからかわれるんだ。お父さんとお母さんに話しても、足が速くないお前が悪いって、近所を走ってくるまで帰ってくるなって言われて…!」
男の子の隣に立つ金髪の男性はハンカチを取り出し、涙をふいて慰め始めた。
「まったく、とんでもない親がいたもんだ。」
男性はそう言うとてきぱきとお茶の準備をする。缶からは甘い香りが漂ってきた。
「お前にピッタリのフレーバーティーを用意してやるよ。」
カップにそそがれたお茶からも甘いお菓子のようなにおいがする。
「ほら、飲め。」
金髪の男性に促され、私の隣に座る。男の子は泣きながらも紅茶に口をつけた。
「おいしい…クッキーみたいなにおいがする」
「だろう?子供に人気のオリジナルフレーバーだ。」
金髪の男性は男の子の頭をなでながら男の子を落ち着かせた。
「なぁ、コーキ君。いっそのこと名前を変えてここに住まないかい?」
「…え?」
「SNSの投稿を見る限り、親もほぼ家にいないだろ。うちで面倒見てやるよ。」
男の子は目を輝かせコクリとうなずいた。
「じゃあ、SNSで名乗ってるコーキに漢字を当てて…光輝なんてどうだ?」
「ありがとう、おじさん!」
男の子は笑顔でそう言うと金髪の男性に連れられてカウンターの奥の部屋に入っていった。
私はその様子を笑顔で見送ると同時に考え込み始める。
「どうした、浮かない顔して。」
「…私も、今の名前が嫌いなんです。ずっと光り輝いて居ろって言われているみたいで。」
そうぽつりとつぶやいた。
「…名前は」
「光翔姫…です」
男性はため息をつくと私の空いたカップに先ほどのお茶を注いだ。
「なら、俺が新しい名前をつけてやろう。灯音なんてどうだ。」
「灯音…?」
「あぁ、ここではお前をそう呼ぶ。いいな?」
私は新しい名前に心を弾ませた。
灯音――どこか、静かで、でもあたたかい音がした。
「ありがとうございます…そう言えばあなたの名前は?」
「俺か?俺は有川秋紀。この喫茶店「drop」の店主だ。」
この日から、私のいつもの日常にひとしずくの色どりが加わったのである。
紅茶と名前のない子供たち りんごの化身 @ringonokesin
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