第3話 前世




「ひゅーっ…ひゅーっ…なっ、何で…お前が…」


呼吸が浅くなり、全身から脂汗が滲み出して…身体がカタカタと震える…


その顔…その声…その呼び方…間違いない…


間違いないのだけれど…


今、目の前にいるその女は…

僕の記憶とは少し違っていて・・・


前世の…幼馴染の頭には…ぐるりと巻いた大きな山羊の角が生えていて…


背中には蝙蝠のような翼があって…


扇情的な黒の下着のような衣裳を身に着けて…


ドス黒い…渦巻くような圧倒的な魔力を、目に見える程の濃度でその身に纏わせていた。



「んっ…邪魔っ。」


前世の僕の幼馴染が、首から上を失い本当のゴミとなった村長の身体を蹴り飛ばすと…


バーンッっと激しい音がして、村長の家にぶつかり、ぐちゃぐちゃの肉片へと変わった。


「ひゅっ…」


僕は…目の前にいる幼馴染へのトラウマと人外の存在への恐怖で、情け無いことに声が出せなくなっていた。


はやくサラを奪い返しに行かなくちゃいけないのに…


そう思っても…身体が動かせない・・・



「カズ君、ずっと会いたかったんだよ?本当は綺麗になった身体で…今すぐに、ぎゅーってしたいけど・・・でもその前にね、ちゃんと謝らなきゃって思うの…」



ドクンッ…ドクンッ…っと心臓が痛いくらいに激しく脈を打つ。



「前世で…私・・・・快楽堕ちしちゃってごめんなさいっ!!」




幼馴染のその言葉と共に前世の僕の…コイツに関する記憶が鮮明に思い出され…


何故だかあの地獄を追体験するハメになった。



***************


※前世でのネリーの一人称は''俺''です。





ガタン…ガタン…と揺れる電車。


俺は大学二年生のゴールデンウィーク初日、久しぶりに実家へと帰った。



それまで…大学入学と同時に都内で一人暮らしを始めてから、実家に一度も帰っていなくて…


それにはもちろん理由があったワケで…


高校二年生の時に盛大にBSSした隣りに住む幼馴染に会いたくなかったからだ。



俺は幼馴染に振られたあと、かなり落ち込んでしまったのだが、

「お兄、見返してやりなよっ!」そう妹に励まされ、それから必死になって勉強をした。


それこそ今まで幼馴染に使っていた時間とエネルギーを全て勉強に費やして…

そしてその甲斐もあり、大学はそこそこ難関と呼ばれる大学に現役で入ることが出来たのだった。


そしてその大学は実家から電車を使って1時間半くらいかければ通うコトが出来たのだけど…


進学先を決める際に両親が今の大学に入ることが出来たら、1人暮らしをしてもいいと言ってくれて…そのコトは正直かなり自分の受験勉強を頑張る為の原動力となってくれたなと感謝してる。


そして入学してからは一度も実家に帰っていなかったのだが…そんな俺にも、とうとう彼女が出来た。


それで両親にそのコトを報告がてら、もう幼馴染のコトは吹っ切るコトが出来たと伝えるために、実家に帰ってきたのだ。


まぁ、なんだかんだ両親も俺のコトを心配していたから、実家に顔を出して元気な姿を見せれば安心してくれるだろう。


そんなコトを考えながら、電車を降り駅を出て、そしてようやく実家の前まで歩いて帰ってくると…



良くも悪くも俺の大学進学の原動力の源になった幼馴染が、俺の家の前に居た。



「っ!?詩織…久しぶりだな・・・」


「っ!?・・・カズ君…うん…久しぶりだね…」



なんで…ここにコイツが居やがるんだ?


そう思ったけれど・・・


高校卒業以来、久しぶりに顔を見た幼馴染。


長い黒髪…くりっとした大きな瞳…カタチの良い唇。・・・やっぱり可愛いくて…


学校で人気のあった清楚で美人な容姿は変わらない…


いや、少し化粧が濃くなったか?

まぁ、あの頃はコイツ化粧なんて殆どしていなかったからな。


けれど…それよりも気になったのは、詩織から漂う暗い雰囲気だ。


何かあったのかな…とは思ったが、


もう俺は可愛い彼女も出来て、コイツのコトを吹っ切ったのだ。関わっちゃいけない。


そう考えて、


「元気そうだな。じゃあ、俺は家に入るから。またな。」


そう口にした。



「あっ・・・ねっ…ねぇ、カズ君っ?ちょっ…ちょっとだけ…久しぶりにお話出来ないかな…」


すると詩織が縋るような目をして、俺に尋ねてきた。身体の前で白いワンピースの裾を握っている手が震えている。


なんだ、このテンプレみたいな展開。


いや…本当に勘弁して欲しい。こちとら約3年掛けて、やっと彼女も出来て、ようやく吹っ切るコトが出来たのだ。


今更…コイツが話したいコトなんて…


絶対に碌でもない。



「悪い。俺、今日さ…親に報告したいコトがあって帰って来たんだよ。で、夜には帰るから。だから…詩織の話を聞いてやる時間は無いんだ。ごめんな…」


出来るだけ平静を装って、詩織を拒絶した。



「っ…そっか…うっ、うん…ごめんなさい…」


俺の言葉を聞いて、詩織の瞳が更に暗く沈んだ。っていうか…この目ヤバいんじゃね…?


ドクッ…ドクッ…っと心臓の鼓動が早くなる。


もう俺はコイツに一切の関心が無い。



そう言えたら…どんなに楽だろうと思うけど…

まぁ…ガキの頃からの幼馴染で、あまつさえ好きだった女だ。


さすがに無感情では居られない。


少しだけ…心配になる。


もしかしたら…彼氏と別れたのかもしれない。


俺がコイツから離れる原因となったコイツの彼氏は、男子の間ではクソで有名な先輩だったからな。



でも、もしそうなら…


''やっぱり私、あなたのことが好きだったの。''


コイツがクソ下らない台詞を俺に吐く可能性はゼロじゃない。いやむしろ…かなりあり得る話だ。


BSSを喰らう前の俺達の関係は、かなり良かったから。

もっと早く告白しておけば良かった…なんて何回思ったか、もう分からないくらいだ。


でも今更そんな言葉を聞いて平常心を保っていられる程に俺は強くないし、感情のままコイツを罵るだろう。


当時の俺は、何度もやめておけって説得した。だけど…それは全くの無駄だった。


俺は…1カ月程して詩織がクソと一緒に自分の家に入っていくのを見て、俺はそこでもう説得するのを諦めた。


説得するのって告白してるのと殆ど同義だから。何回振られりゃ気が済むんだって感じで、俺の精神の方が限界だった。


それからは俺の方から、思いっ切り距離をとった。関わるのをやめた。




「だから言ったじゃねーかっ!馬鹿じゃねーのかっ!もう遅いんだよっ!!」


もし…やり直したいなんて言われたら、俺が詩織にテンプレ台詞を吐く姿が容易に想像出来た。



「あぁ、じゃあな。」



だからそれだけ言って、何も気付かないフリをして、詩織に背中を向けた。

そして玄関のドアを開けようとドアノブに手をかけて…


ガチャ・・・ガチャ・・・

ガチャガチャガチャガチャッッッ!!


玄関のドアが開かねぇッ!!


アレっ?ウチって家に居るのに鍵をかける習慣あったかっ?


とりあえず俺は焦りながら、バックから実家の鍵を探す。


どこだっ、どこだっ、どこだっ・・・あった!


とりあえずこの気まずい雰囲気から逃げたい。

だから、急いで鍵穴に鍵を差し込んで回そうとして…


ッッッッッッ!!回らないっ!?


よくよく見ると玄関の鍵が新しくなっていた…


マジかよ…


インターホンを鳴らしてみても反応が無くて、

俺は携帯を取り出して、急いで母親に電話をかけた。


プルルルルー…プルルルルー…


何度か呼び出し音が鳴り…


『はい、もしもし。和希、どうしたの?』


母さんが電話に出た。


「あっ、母さん?俺だけどさ、今家に帰って来たんだけどさ、玄関のドアが開かないんだけど。鍵開けてくれない?」


『あっ、そうよねっ。玄関の鍵変えたの、すっかり忘れてたわ。でも今お母さんね、お父さんと摩耶と一緒にエオンモールに来ちゃってるのよ。』


「えっ!?今日帰るよって、言ってあったじゃん。」


『だからよっ。せっかく久しぶりに帰って来るんだから、ご馳走作ってあげようと思ってねっ!』


電話越しに聞こえる嬉しそうな母親の声。


「・・・鍵どっかに隠して置いてあったりしないの?」


『置いてないのよ。最近ね、近所にガラの悪そうな人達がウロつくようになったから、鍵変えたんだもの。』


「えっ…そうなの・・・マジか…何時くらいに帰って来る予定なの?」


『家に着くのは、あと2時間くらいしてから…かしらね。和希、ごめんなさいね。それまで詩織ちゃんのお家で待たせてもらったら?帰って来るってコトは、もう吹っ切れたんでしょ?』


「はぁっ!?イヤだよっ!そんなんだったら、俺もう帰るよ。本当…最悪。」


母親の突然の提案に、咄嗟に拒否反応が出てしまう。それはあり得ないだろ。



『でも琴吹さんのご両親もあなたに会えるの楽しみにしてたのよ?帰るなんて言わないで、とりあえず顔だけでも出してあげてくれないかしら?』


楽しみにしてたって・・・

もう少しさ…人の気持ちを考えろよ。コッチは会いたいワケねーじゃねーか。


そもそも何で母さんは…隣りの家に俺が帰ることを言ってんだよ。



「ふざけんなよ・・・」


思わず低い声が出た。



『あっ・・・あぁ、うん…ごめんね。でもね…琴吹さんのご両親から…どうしてもお願いしますって・・・

お願いだから、本当に顔を出すだけでもいいから?ねっ、お願いっ?』


俺の声のトーンが変わったのを感じて、母さんの声が少し暗くなって焦り出した。俺はそれを聞いて…胸がズキッっと痛んでしまう。


母さんは俺の実の母親じゃない。


実の母さんは俺が5歳の時に交通事故で亡くなってしまった。それから2年後、父さんが摩耶を連れた今の母さんと再婚して、それからの関係だ。


でもちゃんと俺のコトを愛してくれて、実の息子のように育ててくれた。だから…すごく感謝してるから…頼まれるとイヤだとはすごく言い辛い。

出来る限り悲しい思いはさせたくないと思ってしまう。



「あぁ・・・うん、分かったよ。あと…帰りはしないから。」


俺の声は変わらずクソ低いままだったが、それは仕方ないだろう。


せっかく明るい報告をしようと思ってたのに…


ウキウキしていた気分が台無しにされた気持ちになった。



『ごめんなさいね・・・ありがとう…和希。夕ご飯はお母さんが腕を振るって美味しいの作るからねっ!楽しみに待っててね。』



多分、俺の気持ちが伝わったのだろう。

最後の言葉も明るい口調ではあるが、でもどこか無理して明るく言っているのが分かった。



「あぁ…うん。じゃあね、母さん…」


俺は最後にそう言って、プツっと通話を切った。

そしてハァっとデカい溜息を吐きながら、後ろを振り返ると…じっと下を向いて俯いている幼馴染の姿が目に入る。


くっそイライラする…何なんだよ、コイツは。


母さんに顔を出してくれって頼んだのは…本当はコイツなんじゃないかと思えてくる。


でもそんな証拠も何もない。だから吐き出すことも出来ない。

声を荒げそうになるけれど、ぐっと堪えて…


「はぁ・・・詩織。とりあえず今から、オマエんち行くからさ…おばさんとおじさん…家居るの?」


もう一度思いっ切り…敢えて詩織に聞こえるように溜息を吐いてから、俺は尋ねた。



「えっ…あっ…うん…居るよ。ごめんね…」


子犬みたいな目をして、詩織はボソボソと答えて、それがまた癪に障る。


変わってしまった幼馴染。


オマエ…昔はそんなんじゃなかったじゃん。


コイツをこんな風に怯えさせているのは…俺なのか、それとも違うナニカなのか。


俺には分からない。


俺はコイツに気を使って、もっと丁寧に扱ってやらなきゃいけないのか?テメーで選んだ結果だろ。


俺は…知ったこっちゃない。



「ふーん…じゃあ、行くか。」


それだけ言って、俺は隣家まで歩き出した。


BSSのその先に何があるのか…何も分からずに・・・


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