第2話 再会



アングリーボアの討伐難易度はCクラス上位とされている。銀等級の冒険者なら1人で難なく倒せるレベルだけど、銅等級であれば油断したらあっさり返討ちにされてしまうこともある。


だから僕もサラも、全く油断なんてしていなかった。討伐対象のアングリーボアが、もし2匹居たとしても、なんとか倒せるくらいには準備していた。


そして慎重に森を探索して、2時間くらい経って…


「っ…!?」


その魔獣を見つけた瞬間…僕はすぐさまサラの頭を下げさせた。


全身に寒気が走り、肌が粟立つ。


話が違う。村に戻り、直ぐにこの依頼は断ろう。僕はそう判断した。

もしそれで依頼失敗になったとしても構わない。でも…多分それはないだろう。依頼ミスとして処理されるはずだ。


だってそこに居たのは、アングリーボアの2倍くらいの身体と金色の体毛を持ったBクラスの魔獣、キングボアだったのだから。



「サラ、帰ろう。僕達ではアレの討伐は無理だよ。」


「えっ。あっ…でも…うん…そうだね…私も怖くて…足が震えちゃってる・・・」


「大丈夫…ほら、行こう。」


「うん。ネリー…ありがと。」


僕はサラの手を握り…キングボアに気付かれないように、ゆっくりとその場から離れた。


そして村へと戻り、その足でそのまま村長の家へと行き、結果を伝えた。すると村長は…まるで僕達が悪いような…そんな口調で言った。


「ネリー、それは困るっ!何とかやっつけてくれないか?キングボアの討伐依頼料なんて、この村で支払えないことぐらい分かるだろう?」


「いや、指名依頼でなければお金は殆どかからないでしょう。討伐依頼書が掲げてあれば、いつかは討伐して貰える筈です。」



魔獣討伐の依頼書を掲げるだけであれば、ギルドに支払う金額は微々たるものだ。情報源としての意味合いもあるのだから。


そしてキングボアであれば、それなりにリスクとリターンのバランスもいい。掲げていれば、1週間くらいでどこかの銀等級の冒険者パーティが依頼を受けてくれる筈だ。



「そっ…それだと、いつ討伐して貰えるのか分からないじゃないかっ!お前の住んでいた村の皆が困っているんだぞっ!早く倒して欲しいんだっ。」


村長は僕とサラを責めるような目をしながら、大声をあげて…僕は隣りにいるサラの手をギュッっと握り締めた。


サラの手が微かに震えているのが分かる。


サラをここに連れてきたのは…失敗だった。けれど後悔しても、もう遅い。



「それでも…申し訳ないですが、無理な事は出来ません。」


「なんだっ!あの時の意趣返しかっ?ふんっ、偉くなったもんだな。それでも皆、お前達を助けてやっただろうがっ!」


村長の声が怒鳴り声に変わる。


何をコイツは…と俺は思う。確かに…実際助けてくれた人も居た。でも…それは命を賭ける程のことか?僕だってアンタ達を助けたコトくらいあるだろう…


だけど…隣りのサラは・・・人の良いサラは、きっと思い詰めてしまう…


そして、村長の怒鳴り声が響くと…何事かと村人達がどんどん集まってきた。



「皆が困っているんだ!自分達はもう村とは関係無いとでも言うのかっ!困った人を助けるのが冒険者の務めだろうっ!!」


集まってきた人を煽るように、村長は更に声を大きくしていく。そしてそれに応じて、大きくなっていく村人達のざわめき。


あーそういうコトかと、僕は理解して…



「サラ…帰ろう?これ以上…ここに居ちゃだめだ。」


「ネリー…でも・・・」


サラの綺麗な顔を…彼女自身の優しさと善意が歪ませる。これ以上…サラのそんな顔を僕は見たくない。

もしかしたら…僕の方が嫌われてしまうかもしれないな…そんな考えが浮かんできて、正直怖いけれど…


「ごめん、サラ。僕はね、こんな村なんかよりも…君の方が大切なんだよ。こんな人達のために死ぬかもしれないようなコトをさせられない。僕達がギルドに戻って依頼書を出せば、10日もすれば僕達よりも強い誰かが討伐してくれるよ。だから、行くよ。」


そう言って彼女の手を引いて歩き出した。



「ふざけるなっ!」

「俺達を見捨てるのかっ!」


罵倒が背中に突き刺さるけれど、そんなコトは関係ない。僕は無視をした。


ただ…どこかで、こんな光景を見たことがあるような…そんな既視感が頭をよぎった。




「どうしたんだい?何かあったのかな?」


妙に耳障りのいい…よく通る声が罵声の中に響き渡った。


「あっ、レスター様っ!こんな村まで、ようこそおいで下さいましたっ!!」


レスター様?なんで…辺境伯のバカ息子の名前がここで出てくる?


イヤな予感が背中をゾクゾクっと走った。



「あはは、村から救援依頼が届いていたからね。急いで彼等を連れて、ここへ来たんだよ。」



レスターが後ろを指さすと、そこには街のギルドでトップの座を争っている金等級パーティ「炎の竜爪」がフルメンバーで立っていた。


「まぁ、レスター様に頼まれたら断れないですからね。じゃあ、さっさと討伐してしまいますか。それで討伐報酬はちゃんと頂けるんですよね。」


パーティリーダーの赤髪を短く刈り込んだ鋭い目つきの男が、レスターに尋ねた。



「ああ、もちろんだとも。なぁ、村長?」



ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、レスターは村長に話しかける。



「あっ、はいっ!ほらっ、サラっ!レスター様に挨拶せんかっ!!」


理解出来ない光景が目の前で繰り広げられる。


はぁ?コイツ等は何を言っているんだ?

この村長は、何でサラを自分のモノのように命令しているんだ?


隣にいるサラも、ワケが分からないといったような…困惑した表情をしている。


「サラ、行こう。」


「うっ、うん。」


サラの手をもう一度強く握って、僕達は歩き出した。



「おい、ちょっと待てよ。お前はどうでも良いけどさ、その娘は置いてけよ。」


炎の竜爪のリーダーが威圧感を込めた低い声で、僕に言った。



「イヤです。僕達は帰ります。失礼します。」


そう答えた瞬間、腹に強烈な衝撃が走って…僕は膝から崩れ落ちた。



「お゛ぇぇ゛…な゛っ…」


地面に僕の口から出た吐瀉物が、ビチャビチャと溢れ落ちる。



「ネリーっっっ!?」


サラが横にしゃがんで、僕を守るように覆い被さった。



「何勝手に連れて行こうとしてるんだよ。その娘は討伐報酬なんだからさー、だめじゃん。

しっかし、情けねーなぁ。女に守られてんじゃねーよ。最近さー、ギルドで噂になってだんだよね。すげー可愛い剣士の娘がいるって。その娘に守って貰ってる情けない治癒師の男が居るって話と一緒にさー。なぁ、皆ー?」


「そうそう、それで最近銅等級に上がったって聞いたからさ。その娘を、その男から解放してあげようと思ってねー。」


「それでリーダーが、レスター様に話したんだっけ?」


「ああ、そしたら乗り気になってくれてさ。」


「おいっ、あまり余計なことを喋るなよ。

私はキングボアに怯えている貧乏な村を助けてあげる人の良い次期領主だぞ。

それで村長は報酬の代わりに村で育てた娘を私に差し出すだけだ。」


クスクスと笑いを堪えながら、レスターがそう言った。



「ふざけるなっ!何の権利があって…そんなコトをっ!」


そう言って僕がレスターを睨むと、炎の竜爪のメンバーに顔を蹴り上げられ、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。



「テメーが弱いのが、悪いんだろ?ちゃんとキングボアを討伐してくれば、こんなコトにはならなかったのになー。」


「もうっ、やめてっ!何で…こんな酷いこと…」


サラが僕を庇うように前に出て、両手を広げた。そして腰に下げている剣に手を伸ばそうとした瞬間に…



「おい。剣を握ったら、容赦しねーぞ。少なくとも…男は殺す。オマエは嬲って、嬲って、人の尊厳を全部奪ったあと…どっかに奴隷として売り飛ばしてやるよ。」


リーダーが威嚇を込めた冷たい声でそう言った。


「ひいっ!?」


サラの声にならない悲鳴を聞いて…僕は立ち上がって…



「頼みますから、許して下さい。サラだけは…お願いします。」


情けなく…頭を下げてレスター達に懇願した。もしかしたら…それで…


けれど…そんな甘い期待は叶うワケもなく。


「はははっ、大丈夫だよ。素直にしていたら、君の命だって奪ったりしないからさ。

だから安心しなよ。じゃあサラだっけ?分かるよね…?」


そう言ってレスターはサラに笑いかけた。


「やっ・・・」


カタカタと震え…怯えるサラに、リーダーが舌打ちをして、


「ちっ…面倒くせーな。オラっ」


ドゴッ!!っという音と共に、また僕の腹に強烈な痛みが走り…


「お゛ぇぇぇえっ゛ェ……ぐぉっっっ!?」


そのまま顔面を殴られ、また僕は地べたに転がってしまう。


「あ〜あ、手が汚れちゃったじゃんかー。汚ねぇなー。」


リーダーはそう言うと、しゃがみ込んで僕の父さんの形見のローブで手を拭った。


「ゔぅぁあ゛…ごの゛っ…」


多分口の中がぐちゃぐちゃになってるのだと思う。呻き声をあげるだけで…激痛が走る。


「お願いしますっ!もうやめて下さい゛っ!!」



サラの顔が…今度は悲痛に歪む。僕は…今日何度…彼女の顔を歪ませてしまったんだろう…



「もう一度だけ・・・聞くね?君はこれから…どうするんだっけ?」


レスターが口端を上げて…心底楽しそうに、サラに尋ねた。



「私は…討伐報酬として・・・

レスター゛…様…達のモノになりま゛す…」


俯きながら…サラが…答えてしまった…


「…サラ゛っ・・・」


「ごめんなさい…ネリー・・・でも…ネリーを守る為には…こうするしかないもん゛・・・ごめんね…ネリー…本当に゛…ごめんね゛…」




ーーーーーーーーーーーー




僕はこうなってしまった経緯を振り返ったあと…


もう一度ギロッっと、村の人間を睨んで立ち上がった。


「なんだ、ネリー。文句があるのか?だったら最初から冒険者なんかにならずに、この村で大人しく暮らしていれば良かっただろう?」


村長が嘲りを込めて、僕に話しかけてくる。

けれど…今はコイツに関わっている場合じゃない。


背を向けて…歩き出そうとして、


「結局、力無い者は奪われる運命なんだよ。はぁ、あの時…大人しくワシ達の奴隷になっていれば良かったものを。ワシ達なら、もう少し優しくしてやったぞ。サラの母親のようにな。」


「は・・・?何を言っているんだ?」


背筋にイヤなモノが這い上がってくる…



「お前、気付いていなかったのか?ワハハッ、オマエ…こんな村で何もせずに、女1人で子供を2人も育てられると思うか?サラの母親は綺麗な女だったからな。」


ドス黒い感情が…グツグツと殺意となって溢れ出す。



「週に1回、サラの母親はお前達を家に残して村の集会に行ってだろう?そういうコトだよ。村の男達でな、可愛がってやってたんだよ。死んだ旦那の名前を呼びながら、快楽に溺れて喘ぎ声をあげる姿はなかなか最高だったぞ。」



死んだ人間を汚すんじゃねぇよ…




とりあえず…コイツはここで殺そう。


僕だって一応冒険者だ…コイツ程度なら…治癒師の僕でも殺せる…


そして…それからサラを奪い返しに行く。


きっと返討ちにされるだろうけど…何もしないよりはマシだ。


そう思って…腰に下げた短剣に手をかけて。



ブシャッ!!


突然、目の前の視界が真っ赤に染まった。


そして…ゴミ野郎の首から上が、ポトリと落ちて・・・




「なんで醜いクソ豚が、カズ君を虐めてるの?

死ねよ。」



その言葉と一緒に…


長い黒髪の女の子の笑顔が…


死んだゴミ野郎の代わりに現れた。




「ふふっ♪やっと会えたね、カズ君っ♡」



「うぁあ゛ぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」



その瞬間…僕は前世の記憶を思い出した。







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