第2話 沈黙と譲り合い

朝から小雨が降り続いていた。

約束の土曜日。そこには10人の借金を抱えた者たちが集まっていた。


場所は、かなり老朽化した倉庫。

その後方に並ぶように立った10人は、互いを伺うようにしてギャンブルの開始を待っていた。


男もいれば、女もいる。年配の者もいた。

まさに多種多様――それぞれが何かしらの理由で作った借金を帳消しにするためにここへ来たのだ。

そして皆、心の奥底では「自分だけは助かるはずだ」と信じていた。


しばらくすると、支配人の男が倉庫に入ってきた。


「皆さん、ようこそ。すでに話は聞かれていますよね?」


誰も声を上げることなく、支配人の言葉に耳を傾ける。


「これよりギャンブルを行います。ただ……皆さん少しお堅い表情をされていますね。

せっかくですし、勝負の前に自己紹介でもしませんか?」


――はあ? 何のために?

これから潰し合う相手の素性など、正直どうでもいい。


だが、誰も特に反対するでもなく、支配人に促され一人ずつ口を開いた。

恐らく、相手の事情を少しでも知ることで勝負において心理的な優位を取れるかもしれないと考えたのだろう。



1人目は石川賢治、42歳。

長年勤めた会社を辞め独立したものの、事業は失敗し、借金を作ってしまった。


2人目は海老原かな子、38歳。

結婚後すぐに旦那のDVが原因で離婚。女手一つで双子を育てる中、闇金に頼り借金が膨れ上がった。


3人目は関谷修、29歳。

大のギャンブル好き。就職するも人間関係がうまくいかずにすぐ辞め、ニートに。借金はすべてギャンブルで負けた金だという。


4人目はリー・ペオン、36歳の中国人。

日本に10年以上滞在し、飲食店を経営したが客足が伸びず借金を抱えた。


5人目は美香、23歳。

苗字は名乗らず。借金は自分ではなくホストクラブで働く彼氏が作ったものらしい。


6人目は林田みどり、34歳。

家族4人で暮らしていたが、旅行中の事故で多額の慰謝料を支払うことになり借金を作った。

今回の勝負のことは夫も承知しており、家で良い報告を待っているという。


7人目は島崎純也、33歳。

妹が作った借金を帳消しにするためにここに来た。詳しく語ろうとはせず、恐らく私と同じで、本当はこんな場で自己紹介などしたくなかったのだろう。


8人目は井ノ口あずさ、53歳。

夫婦揃って浪費が酷く借金を抱えた。負ければそれぞれ500万円ずつ返す覚悟だという。


9人目は福田幸太郎、57歳。この場で最年長。

寝たきりの母を介護しているが、医療費が足らず、止むを得ず借金を重ねた。


そして10人目は私、村下鉄平、27歳。

古くからの友人、稲田光行が借金を返さずに姿を消し、保証人の私が全て背負うことになったのだ。



全員の話が終わると、支配人は鞄から封筒を取り出した。


「皆さん、ありがとうございました。

さて、この10人の中から、お1人の方には残念ながら1000万円の借金を背負って頂きます。

これは事前にお伝えしていた通りですので、今さら驚くことでもありませんね」


誰も口を開かず、支配人を見つめている。


「それではギャンブルの説明をします。ここに10枚のカードがあります。

9枚には『セーフティ』、そして残りの1枚には『ジョーカー』と書かれています。


今からあちらのテーブルに並べますので、順番に1枚ずつ引いてもらいます。

セーフティカードならその場で勝利確定。借金は0になり、そのままあちらの出口からお帰りください。


ただし、ジョーカーを引いた方は……その時点で終了です。1000万円を払って頂きます。


それと注意事項ですが、カードを2枚以上めくったり覗いたりするような不正行為をされた場合はその時点でアウト。

その方に1000万円払って頂きます。まあ当然ですよね。


どうですか? これ以上ない単純で公平なギャンブルでしょう?」



その時、初めて誰かが声を上げた。

関谷だった。


「順番はどうなるんですか? ……これ、最初の人が絶対有利ですよね?」


支配人は口元に薄い笑みを浮かべた。


「そうでしょうか? 私はこのギャンブル、何番目が有利とかは一切ないと思いますが。

それに、順番は皆さんで好きに決めてください。我先と取り合うも良し、譲り合うも良し――お任せします」


そう言われ、皆の視線が交錯した。


「ふふっ、まあ時間は無制限です。じっくり考えてください。

私は存分にあなた達の戦いを見学させて頂きます」


そう言葉を残し、支配人は出入り口付近に置かれてある椅子にと腰掛けた。


倉庫から外への出入り口は、支配人のいる前方の一ヶ所のみ。

皆がいる後方にはトイレはあるが、椅子すら用意されていない。


カードを引くには、この場所から20メートルほど離れた前方のテーブルまで歩いて行く必要がある。



確かにこの勝負、さっき関谷という男が言ったように、最初は選べるカードが10枚もあるのだから

それだけジョーカーを引く確率は低い。


だが……もし1枚目でジョーカーを引けば、その瞬間、残り9人は勝負に出ることもなく勝ちが確定するのだ。


つまり安全に勝利を得るためには、最後まで待つのが得策なのではないか。


――そうだ。絶対に誰かが先に引くだろう。だから私は待つ。


他の者たちも同じことを考えたのかもしれない。

気付けば順番を争うどころか、皆がお互いに譲り合っていた。


それは決して優しさではなかった。

まるで蛇に睨まれた蛙のように――。

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