10分の1

タピオカミルクティー

第1話 勝率90%のギャンブル

第1話


「運命」──これは誰しもが予測出来ないところから突然やってくる。


老若男女問わず、唐突にやってくるものだ。


私の名前は村下鉄平、27歳独身。

故郷鹿児島から上京し、5年目になる。


それは暑さの残る9月下旬のことだった。


私は古くからの友人、稲田光行の借金を肩代わりしなくてはならなくなった。


というのも、以前稲田は諸事情によりどうしてもお金が必要となり、某金融会社から借りたいとのこと。

そこで私に保証人になってくれないかと、すがるように頼まれたのだ。


見兼ねた私は、渋々保証人になることにした。


しかしその後、稲田は多額の借金だけを残し、姿を消した。


当然、その支払いは保証人である私へと移る。

強面の大きな男数人が、その取り立てに私の元へやって来たのだ。



男たちは、意外にも身なりとは異なり、丁寧に事の真相を分かりやすく説明してくれた。


脅すというよりは、同情にも似た口調で、少し申し訳なさそうに、私に支払いの義務があることを告げる。


「いくらですか?」


「借りた額に利息がつき、約100万円になります」


「100万円……」


思わず復唱してしまった。


払えない額ではないが、それでも決して裕福ではない私にとっては大金であることに変わりはない。

ましてや、それが他人の借金なら尚更だ。



「村下さん、やってられませんよね?

いきなりこんなわけのわからない男たちが家に詰め寄り、お金を支払えなんて言われたら」


まったくその通りだ。……とは、当然言えるはずもない。


重ねるように男は言う。


「でもね、村下さん。稲田光行が逃げた以上、こちらとしても村下さんにお願いするしか仕方がないんです」


少し沈黙の後、私はふと思った。

あまり時間をかけると、さすがに今は穏やかな男たちも所詮は取り立て人。

いつ豹変し暴力に出るか分からない──私はそう感じた。


その時だった。



「村下さん。あなたのお気持ち、お察しします。

実は村下さんに朗報があるんです」


「朗報?それはなんでしょうか?」


「勝負です」


「勝負?」


「そうです。実は来週の土曜日に、あるギャンブルを行います。そのギャンブルに村下さんが見事勝つことが出来れば、今回この稲田の借金はなかったことにして結構です」


「……」


私は黙って話を聞いていた。


「そのかわり、もし村下さんが負けてしまった場合は……その10倍の1000万円の借金をして頂くことになります」


「1000万円⁈

じょ、冗談じゃないです!

そんな大金とても払える訳ありません!」



「そうですか。じゃあ仕方ないですね。

では稲田の借金100万円を払って頂きましょうか」


「……わかりました」


私は渋々、稲田の借金を払うことを決意した。


私のような小心者が、そんな大それたギャンブルなど出来るはずもない。

まして負ければ1000万なんて……考えただけで心が震えてしまう。


とはいえ、ギャンブルって一体何をするんだろう。


ポーカーか?それとも麻雀?


こんな私でも、何度か競馬は友人に連れられて行ったことはあるが、勝った試しがない。

そもそもギャンブルの才能がないのだろう。



それにしても、なんで関係ないこの私が100万円も払わなきゃいけないんだ。


そう思うと、やらないとは分かっていても、一応どんなギャンブルをするのかだけは聞いてみたくなった。


「ちなみにギャンブルって何をするんですか?」


すると、一番端にいた男が言った。


「あんたには関係ねーだろ?やらないんだから」


さっきまでとは少し違い、若干荒れた口調で男は私に言い放つ。


「すいません」


私は情けなくも、すぐに謝った。


すると真ん中の男が「おまえは黙ってろ!」と端の男を叱るように注意し、こちらへ向き直った。



「村下さん。ちょっと興味ありますか?」


「え、ええ、ちょっとだけ」


「教えてあげますよ。

まあギャンブルと言っても、運試しみたいなもんです」


そう言うと男はスーツの内ポケットからタバコを取り出し、さっと火を灯した。


「実は今回、村下さんみたいに約100万円の借金している人を10人集めました。そしてその10人で、あるカードを使ったギャンブルをしてもらい、負けた人が自分以外の残り9人の借金を背負ってもらいます。つまり10人中9人は借金がチャラになるという事です」



私は迂闊にもその話を聞き、ちょっと考えが変わってしまった。


10人中9人は勝ち……これって結構な確率で勝てるんじゃないか。


そう思い始めた。


例えばサイコロを振って1を出す確率は6分の1。

まず外れるだろう。


それが今回のこの話は、サイコロ以上に確率の高い10分の1がアウト。

つまり10分の9はセーフなのだ。


もちろん自分がその1人になる可能性はなくもないが、そもそもこの借金は稲田の借金。

私の借金ではない。


もしこの世に本当に神様がいるなら、自分が作った借金じゃない私を救わないわけがないじゃないか。



いや、もし負けたらどうする?


私はまだ27歳。これから結婚もしたいし、マイホームも欲しい。車だってもっといい車に乗りたい。


負けたら1000万円の借金。恐らく私の未来は消える。

大袈裟かもしれないが、のちの人生において大きな痛手になることは間違いない。


お金は大事だ。


ここで選択を間違えれば、後々取り返しのつかないことになってしまう。

何度も言うが、お金は大事だ。


いや、違う!

お金は大事だからこそ、ここでなぜ私が他人の100万円を被る必要がある?



今日までコツコツ真面目に嫌な仕事もこなしてきたのは、この私だ。


そんな私が額に汗して蓄えたお金を、この男たちに例え払える額であったとしても、ただただ渡すなんて狂気の沙汰だ。


だったら勝負を受け、勝ち、この話をなかったことにすれば何の問題もない。


さっきも言ったが、こんな真面目に生きてきた善人の私を、神様が救わないわけがないのだ。



「村下さん。大丈夫ですか?えらく考え込んでるみたいですが?」


「あ、すいません」


男の声で、ふと我に返った。


「馬鹿馬鹿しいですよね?

他人のせいで100万円払わないといけないなんて」


まったくその通りだ。

私がそれこそ財閥の息子ならともかく、三流会社の冴えないただの男だ。


そんな私にとって100万円は、はいどうぞと簡単に渡せるお金ではない。


勝負だ。


そうと決まれば勝負しかない!



「カードゲームってトランプですか?」


「いいえ。違います。言ったでしょ、ただの運試しだって」


「もう少し詳しい説明をしてくれませんか?」


「村下さん、ちょっとあなたしつこいですね。ただの運試しだって言ってるじゃないですか。

あんまりグダグダ言うようなら、別にこちらとしては参加して頂かなくても結構なんですよ。

今すぐここで100万円払いますか?」


そう言われると、何も言いようがなくなってしまった。


まぁ、あまりにも訳の分からないギャンブルだったら、その時は勝負の前に下りてしまい、仕方なく100万円を支払い帰ることにしよう。


今ここで払うよりは、十分マシだろう。


私の頭の中で、答えは出た。



「場所はどこですか?」


「村下さん!やるんですね?」


「ええ。ただし約束してくださいよ。

私が勝てば、二度と私の前に顔を現さないと!」


「はっはっは!もちろん約束します。

ていうか今回のこの話、実は私たちにとっても大きなメリットがあるんです。


10人から借金を取り立てるとなると、人件費や時間、労力が大変なんです。


しかし今回のようにその10人を1人に絞ることで、こちらとしては取り立てる相手が1人に。借金こそ増えるものの、取り立ての仕事としてはかなり楽になるんです。


だから安心してください。勝ちさえすれば、あなたのとこには二度と来ませんよ」


男の言葉には、なぜか説得力があった。


そしてギャンブルを行う日時と場所の書かれた紙を渡され男たちは静かに姿を消した。


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