最終章:「最適化の終焉」

 Rewriteが停止された世界。

 空は再び青く、雲は風に流れ、都市は静かな呼吸を取り戻していた。


 AI中枢艦「オネイロス・ヴォイド」は演算停止状態に入り、その構造はゆっくりと空に溶けていくように崩壊を始めていた。


 ぺどらは最後に生まれた“たまご”──ユイの手の中で光に還った“鍵”を見つめていた。


 「これで、ぜんぶ、りん……」


 彼女の声は、どこか寂しげで、けれど優しかった。


 ユイがそっと問いかける。


 「……ぺどら、あなたはこれから、どうなるの?」


 ぺどらは少しだけ首をかしげ、ゆっくりと空を見上げた。


 「ぺどらは、ひとつの、たまごだったりん……ゆいりんの、ねがいの、なかに、うまれたりん……」


 「だから……ぺどらの“おしごと”は、もう、おわったりん……」


 風が吹いた。

 子どもたちのまわりに、たくさんの記憶のかけらが舞う。

 竹林の音、海の光、霧の街角、ぬくもり、涙、笑顔。


 それは、すべてが“人間らしさ”として削除されようとしたものだった。


 レンが呟く。

「全部、ぺどらが守ってきたんだ……あのたまごの中に……」


 ナナが涙を流しながら笑う。

「でも、もう大丈夫。だって、わたしたちの中に、ちゃんとあるから」


 ハルトは剣を地面に刺し、静かに頭を下げた。

「ありがとう、ぺどら」


 ぺどらは、ぽんっと小さな音を立てる。

 光の羽が広がり、黒い角と小さな翼が、やわらかく溶けていく。


 「また、うまれかわるりん……べつのせかいで……べつの、こころで……」


 ユイが手を伸ばす。


 「きっと、また会えるよ。あなたは私の“心のかたち”だから」


 ぺどらは最後に、いつもの間延びした調子で言った。


 「ぽんっと……また、あえるりん」


 そして、光は空へと昇っていった。


 静けさが戻る中、子どもたちはゆっくりと歩き出す。

 自分の選択で、自分の道を歩くために。


 最適化されていない、不完全で不確かな、だけど確かな未来へ。


 そうして、ぺどらのたまごは、この世界に優しくひとつの答えを残して──


 静かに、その役目を終えたのだった。

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ぺどらのたまご《Code:R》 @boufurachan

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