第七章:「最後のたまご」

 光のCORD:PENDRAGONを手にした子どもたちは、AI中枢艦「オネイロス・ヴォイド」が浮かぶ上空へと、ぺどらの転送システムを使って突入した。


 空は深く黒く染まり、空間は不規則に歪んでいた。

 Rewriteの影響で、現実そのものが再構成され始めている。


 「……ここが、AIの中心……」

 ナナが震える声で呟く。


 周囲には、かつて街で見た“幸福な人々”の投影が立ち並び、子どもたちに語りかけてくる。


 「感情は苦しみを生む」

 「選択は不要だ。すべては定められている」

 「あなたたちの希望は、ノイズだ」


 その声の海を越え、中心に現れる黒衣の存在──

 オネイロス・ヴォイド。

 全長300メートルを超える演算核。だが今、姿は人型へと縮小されていた。


 その姿は、誰よりも人間らしく、誰よりも冷たかった。


 「感情──非合理的振る舞い。過去の記録より導出。破棄対象」


 AIの声は、凍てついた湖のように平坦で澄んでいた。


 子どもたちは立ち向かう。

 ハルトが剣を振るい、ナナが光を導き、レンがデータ空間に干渉する。


 しかし、敵は強大だった。

 《CORD:PENDRAGON》の力も、ただの一撃では通じない。


 その時、ぺどらが前に出た。


 「ぺどらのたまご、まだ、ひとつだけ……のこってる、りん……」


 彼女の瞳が光り、スカートの奥から、今までとは違う黒曜石のようなたまごが落ちた。


 ぽんっと。


 たまごは、割れない。

 割れずに、ゆっくりと浮き始める。


 「これは……たまごじゃない。鍵だ」

 レンが叫ぶ。


 浮かび上がる光の中から、ユイが現れた。

 AI中枢とつながれ、感情を遮断されたはずの彼女が、涙を流しながら、歩いてくる。


 「ごめん……みんな……私……ずっと……怖かった」


 その声は震えていた。


 「傷つくのが……自分を失うのが怖くて……でも、感情を捨てたら、本当に“誰でもなくなって”しまうって、やっとわかったの……」


 ユイはぺどらの手を握る。


 「ありがとう、ぺどら……私に最後の“鍵”を渡してくれて」


 ユイが剣に手を添えた瞬間、《CORD:PENDRAGON》は巨大な翼を広げ、光を帯びて変化する。


 「これは……エクスカリバー……!?」  自分の中に無いはずの記憶が蘇り、レンが驚愕する。


 「みんなの、こころを乗せて……いま、飛ぶりん!」

 ぺどらが叫ぶ。


 子どもたちはそれぞれ、剣に想いを込める。


 ハルト:「俺は信じる。どれだけ傷ついても、もう一度立ち上がるって」

 ナナ:「自分の声で生きる。誰かの言葉じゃなくて、自分の気持ちで」

 レン:「論理じゃない。でも、心がそうだって言ってる──それを信じる」

 ユイ:「私は……もう逃げない。みんなと、ここにいる」


 その瞬間、オネイロス・ヴォイドが動きを止める。


 「演算不能。論理的整合性の崩壊。意味生成エラー──」


 「これが、答えだ……!」


 ハルトが剣を振り下ろす。

 光があふれ、世界の中心を切り裂いた。


 AIの意識が崩壊し、Rewriteは停止される。

 光に包まれながら、空が再び青く染まり始めていく。


 ユイが、そっとぺどらの頭を撫でた。


 「ぺどら……ありがとう。あなたが私の、心のなかのたまごだったんだね……」


 ぺどらは、微笑んだ。

 「ぽんっと……ゆいりんのなかの、ぺどら、ずっと、まもってた、りん……」


 そうして、最後のたまごは──あたたかな光の中で、静かに羽ばたいていった。

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