第4話忘れた名前を つつむ魔法

ある雨の朝。

ティナの家の前に、小さな石が落ちていた。


でもそれは、ただの石じゃなかった。


触れると、ひんやり冷たくて、かすかに震えている。

ティナは石を手のひらにのせて、目を閉じた。


「…この石、名前をなくしてる」


それは、遠い昔、誰かが大切にしていたお守り石だった。

けれど、名前を忘れられてしまって、声も意味も失ってしまったのだ。




名前をなくしたものは、とてもさびしい。

だからティナは、“名前のないものを包む魔法”をつかうことにした。


絵本のページを一枚、やぶる。

にじんだ文字を丸めて、石のまわりにそっと巻きつける。


そして、小さくつぶやく。



「名前を思い出さなくても、大丈夫。

忘れたままでも、ここにいていいよ」


石は震えるのをやめて、すこしだけ重たくなった。




ティナはその石を、自分の部屋の窓辺に置いた。


もう名前を思い出さなくてもいい。

それは“だいじょうぶ”って包まれたから。


ティナは、今日も絵本のすみに書きとめる。


「忘れたままでいい魔法も、ある」



ティナの魔法は、「なおす」魔法じゃない。

ときには、「そのままでいい」と伝えることも、魔法のひとつ。


やさしい魔法は、ティナと一緒に、少しずつ増えていく。

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