第5話なみだのつぼ

その日は、なんでもないように始まった。


おだやかな朝。

森の空気もやわらかくて、絵本のページが心地よくめくれていく日。


でも、心の中だけが、なんだかうまくいかなかった。


魔法の言葉が、声に出ない。

スープの味が、いつもとちがう。

帽子も少し、重たい気がする。


理由はわからないのに、

心のなかが、しん、として、ざらざらしていて――


ぽとり。


ひと粒だけ、涙がこぼれた。



ティナはそっと、自分の魔法棚から「なみだのつぼ」を取り出した。


それは、母さんが置いていったものだった。

悲しい日、泣いてもいいように。


涙を一粒、そこに入れると、

水面にちいさな記憶の花が咲く。


ティナがつぼに、ぽつぽつと涙を落とすと、

水の中にふわりと浮かんできた。


・最初に魔法で失敗した日

・森で迷って泣いた日

・だれにも気づいてもらえなかった気持ち


でも――


その横に、ちいさな光のかけらも浮かんできた。


・ふくろうが夜に手紙を届けてくれたこと

・おばあさんがスープの味を褒めてくれたこと

・石につけた“だいじょうぶ”の魔法


泣くたびに、やさしいものも一緒に浮かんでくる。



ティナは全部、つぼの中にそっと閉じ込めて、

涙が止まったあとは、ひとつ深呼吸。


「だいじょうぶ。今日は、泣いてもいい日だった」


そう言って、魔法の帽子をかぶりなおす。


そしてまほう帖のすみに、

今日だけの、魔法のことばを残した。



「なみだが咲かせる花も、ある」



泣いてしまう日も、大事な魔法の日。

ティナはそうやって、少しずつ強くなっていく。

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こども魔女のまほう帖 sui @uni003

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