第6話 初めてのキスと夢の消失
慧の唇は、琴音のそれの上で柔らかく、温かかった。甘いような、それでいてどこか痺れるような感覚が、琴音の口内に広がる。神酒によって熱を帯びた身体は、その熱に吸い寄せられるかのように、彼の唇へと引き寄せられる。
琴音にとって、それは人生で初めてのキスだった。
これまで、琴音はキスのことを、少女漫画や恋愛小説の中でしか知らなかった。それは、愛しい人と心が通じ合い、魂が触れ合うような、清らかで甘美な、究極の愛情表現だと信じていた。もっとゆっくりと、もっと大切に、愛する人と心を通わせながら、いつか、そんなキスをするのだと、漠然とした憧れを抱いていた。胸が締め付けられるような、淡い期待。温かい吐息、そして、互いの唇が触れ合うその瞬間、世界が止まるような、そんな夢のようなキスを。
だが、今、琴音の唇に触れているのは、その夢とはあまりにもかけ離れた現実だった。
慧のキスは、甘く、そして容赦なく、琴音の意識を深く沈ませていく。口から流れ込む神酒の熱が、琴音の身体の隅々まで染み渡り、内側から激しい痺れが駆け巡る。思考は完全に停止し、理想のキスへの憧れも、過去に抱いていた淡い感情も、この圧倒的な快感と熱の中で、はかなく溶け出し、消えゆくのを感じた。
琴音の脳裏には、奇妙な光景が次々と現れては消えていく。公園のベンチ、友人と話す声、雪がちらつく校舎裏……。それらは、琴音自身の感情を伴わない、ただの視覚情報として、薄い膜の向こう側でぼんやりと現れては消える。それが何を意味するのか、誰の記憶なのか、琴音はもはや理解できなかった。かつて確かにそこにあったはずの、大切な記憶が、神酒の濁流によって押し流され、認識できないほどに薄まっていく。 残像は、琴音の意識に定着することなく、ただの幻として消えた。
抵抗したいという本能的な衝動がかすかに湧き上がるが、神酒の効果で身体が言うことを聞かない。手足は鉛のように重く、指先一つ動かせない。脳が、逃げろと警鐘を鳴らしているのに、身体が言うことを聞かない。琴音はただ、されるがままに、彼の唇を受け止めるしかなかった。身体の芯から湧き上がる熱と、抗えない快感の波に、琴音の意識は深く沈んでいった。理想のキスのイメージは、神酒の熱によって焼き尽くされ、琴音の意識には、ただ慧の唇の感触と、身体を支配する快感だけが残された。
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