第4話 神酒との対面
祭主の祝詞が終わり、高く澄んだ鈴の音が祭殿に響き渡った。その音は、琴音の耳に、まるで世界の終わりを告げる音のように聞こえる。琴音は、ゆっくりと目を開けた。そこには、何事もなかったかのように、静かに座る祭主と一条慧の姿があった。そして、祭主の手には、朱塗りの杯が厳かに掲げられていた。
いよいよ、杯を交わす時が来た。祭祀の核心となる儀式。
祭主が差し出した朱塗りの杯には、とろりとした琥珀色の液体が湛えられている。それが、この村に代々伝わる「神酒」だということは、琴音も知っていた。杯から放たれる甘く濃厚な香りが、琴音の鼻腔をくすぐる。その香りは、琴音の心をさらにざわつかせた。
一条慧が、静かに祭主から杯を受け取った。彼は、一切の躊躇もなく、その杯に口をつけ、ごくり、と一口飲み込んだ。彼の喉が上下するのを目で追う琴音の心臓が、ドクン、と大きく脈打った。彼の表情は変わらない。
慧が杯を口から離すと、その杯は祭主の手を経て、ゆっくりと琴音の前に差し出された。杯を持つ手が微かに震える。琴音の視線は、杯に湛えられた琥珀色の液体に吸い寄せられた。その液体が、自分を何に変えるのか。漠然とした予感に、琴音の身体は固まる。
「さあ、琴音様」
巫女の静かな声が、琴音を促した。祭主も、慧も、琴音の様子をただ黙って見つめている。琴音は、もう逃げられないことを知っていた。
意を決して、震える手で杯を唇へと運んだ。甘く、それでいてどこか薬草のような独特の香りが、口いっぱいに広がる。ごくり、と一口。液体が喉を通り過ぎる。
その瞬間、琴音の身体の奥深くから、熱い塊が胃の腑に落ち、そこからじんわりと全身に広がるような感覚があった。血液が熱を帯びるように、指先まで温かくなる。肌の内側で、何かが覚醒していくような、奇妙な感覚。心臓の鼓動が、一段と速くなるのが分かった。
この液体が、自分を何に変えるのか。琴音の脳裏には、悠真の姿がちらつく。彼の悲痛な叫び声が、まだ耳の奥にこだましている。しかし、その声は、身体に広がる神酒の熱によって、次第に薄れていくかのようだった。琴音の瞳は、熱に浮かされるように、わずかに潤んでいた。
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