第3話 お祓いと祈祷の音
祭殿の中央、祭主と一条慧の前に静かに座った琴音は、冷え切った身体の震えが止まらなかった。浅い呼吸が、胸郭を小さく震わせる。祭殿に満ちる厳かな空気が、琴音の心をさらに押し潰す。
祭主が、白い装束の袖をゆっくりと持ち上げた。その手には、白木でできた祓串が握られている。ひゅう、ひゅう、と、祓串が空を切る音が祭殿に響き渡る。その音は、琴音の身体の奥深くから、言いようのない寒気をこみ上げてきた。まるで、琴音自身の魂が、その祓串によって清められ、あるいは削ぎ落とされていくかのような感覚だった。
次に、祭主の低く、重々しい声が祭殿に満ちた。古の言葉で紡がれる祝詞。
「――はらいたまえ、きよめたまえ……」
祝詞が詠み上げられる間、琴音はただ目を閉じ、心を無にしようと努めた。耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、身体は動かない。その声は、遠い昔から紡がれてきた村の歴史と、それに抗えない自分の運命を告げているかのようだった。琴音の脳裏には、悠真の姿がちらつく。彼の必死な叫び声が、まだ耳の奥にこだましている。だが、その声も、祝詞の響きにかき消されていく。
祝詞の言葉が、琴音の意識を深く沈ませる。それは、村の因習が持つ、根源的な力を感じさせるものだった。身体中の血が、凍り付いていくような感覚。汗が背中を伝うが、その汗さえも冷たく、琴音の皮膚に張り付く。
祭主の祝詞は、延々と続く。琴音は、その言葉の羅列が、自分という存在を少しずつ分解し、再構築していくように感じた。もはや、抵抗する気力はどこにもない。ただ、されるがままに、この儀式の流れに身を委ねるしかなかった。この場所にいる自分は、もう、自分ではない。ただ、祭祀のために存在する、空っぽの器なのだと。
やがて、祝詞の終わりを告げる、高く澄んだ鈴の音が響き渡った。その音は、琴音の耳に、まるで世界の終わりを告げる音のように聞こえた。琴音は、ゆっくりと目を開けた。そこには、何事もなかったかのように、静かに座る祭主と一条慧の姿があった。そして、祭主の手には、朱塗りの杯が厳かに掲げられていた。
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