第15話 届かぬ叫びと閉ざされる扉
「琴音っ!」
悠真の悲痛な叫び声が、雪の降る空に虚しく響いた。親戚の男たちに引きずられ、彼は雪に足を取られながらも、必死に琴音の名を叫び続けている。琴音は、親戚の男たちの背中越しに、その残酷な光景を呆然と見つめることしかできなかった。悠真の顔は、絶望と怒りに歪んでいる。彼の口からは、もはや声にならない、絞り出すような叫びが漏れていた。
「離せ! 琴音を……琴音を、こんなところに置いておけるか……!」
悠真の身体は、力なく雪の中に倒れ込んだ。それでも、彼は諦めず、手を伸ばし、琴音の姿を求めていた。琴音の胸が、激しい痛みに締め付けられる。悠真の必死な姿が、琴音の心を深く抉る。彼を助けたい。彼の手を取りたい。しかし、琴音の腕を掴む親戚の男たちの力は、あまりにも強大だった。
「これ以上、村の秩序を乱すな。お前には、学業の道を用意してやったはずだ」
親戚の一人が、悠真に向かって冷たく言い放った。その言葉は、悠真が学資援助を受ける代わりに、村には一切近寄らないという「約定」を交わしていたことを示唆していた。村の権力者が、悠真の将来を握り、彼を村から物理的に隔絶させるための策動が、すでに実行されていたのだ。
悠真は、その言葉に絶望したように、一瞬動きを止めた。彼の瞳から、一筋の涙が流れ落ち、雪に吸い込まれていく。その涙は、琴音への深い愛情と、どうすることもできない自身の無力さを物語っていた。
親戚の男たちは、倒れた悠真を容赦なく引きずり、水瀬家の敷地の外へと運び出していく。悠真の身体は、雪の中に消えゆく小さな点となり、やがて見えなくなった。
「琴音っ!」
彼の最後の叫びが、琴音の耳に届いた。それは、琴音の意識を深く貫き、胸を抉るような痛みを与えた。しかし、それも虚しく、玄関の重い扉が、ゆっくりと、しかし確実に、閉ざされた。
ごおん、と、鈍い音が響き渡る。その音は、悠真の存在が、琴音の世界から完全に遮断されたことを告げていた。希望の光が、音を立てて消え去った瞬間だった。
扉が閉まった瞬間、琴音は身体の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。親戚の男たちが、琴音の身体を支え、そのまま祭殿へと促す。琴音の瞳には、もう涙すらない。ただ、未来への希望が完全に断ち切られた、虚ろな感覚だけが残っていた。抗いようのない運命の前に、琴音の心は、もはや無に帰したかのようだった。
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