第16話 運命への諦念

玄関の重い扉が鈍い音を立てて閉ざされた。その音は、琴音の心を完全に閉じ込めるかのように響いた。悠真の必死な叫び声は、もう何も聞こえない。彼の姿も、雪の降り積もる暗闇の中に消え去った。琴音の胸に、激しい痛みが走る。それは、唯一の希望が断ち切られた痛みであり、どうすることもできない自身の無力さに対する絶望だった。


「琴音様、さあ、こちらへ」


親戚の男の一人が、琴音の腕を支え、そのまま祭殿へと促した。琴音の身体は、まるで魂が抜けたかのように、力なく揺れる。足元がおぼつかないが、男の腕に引かれるまま、ゆっくりと歩き出す。


外は、すでに夕闇が迫り、降り積もった雪が微かに光を反射していた。祭殿へと続く渡り廊下には、提灯の明かりが灯され、その光は、琴音の心を照らすどころか、かえって暗い影を落としているように見えた。琴音の足取りは、鉛のように重い。まるで死刑台へと向かう罪人のようだ。


制服の袖を握りしめる手が、激しく震えていた。その震えは、琴音の心の底に宿る、最後の抵抗のようだった。しかし、その抵抗も、この巨大な因習の前にあっては、あまりにも無力だった。涙は、もう枯れ果てて、瞳の奥はただ虚ろな色をしていた。


祭殿の入り口が、すぐ目の前に迫る。その扉の向こうからは、祭主の低い祝詞の声がかすかに聞こえてくる。琴音の目は、祭殿の入り口に立つ二つの人影を捉えた。祭主と、そして一条慧。


一条慧は、白い装束を身につけ、その姿は普段よりも一層厳かで神々しく見えた。彼の顔は、何一つ感情を読み取れないほどに静かで、揺るぎない覚悟を湛えている。彼の存在が、琴音自身の運命を、もはや避けられないものとして、はっきりと突きつけていた。


抗えない運命を前に、琴音は全ての抵抗を諦めた。身体中の力が抜け、心は完全に無に帰したかのようだった。琴音は、ただ、祭祀の場へと足を踏み入れる。その瞳の奥には、絶望と、そして深い諦念だけが宿っていた。彼女の人生は、この扉の向こうで、完全に書き換えられることになるのだ。

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