8.永遠


 先王の退位宣言から一週間後、新たな王と王妃の戴冠の儀が執り行われた。

 王妃が産後まだ体調が万全ではないことと、何よりも未だ混乱と憔悴の最中にある国民感情を配慮して、式の内容は簡略化されたものとなった。

 二十八歳の若き新国王・ジャンは、戴冠式を終えた直後に国民の前に立ち、五十年以上に渡る王家の隠蔽を改めて謝罪した。そして、自らの考えを明らかにすべく、堂々と演説する。

「我々は長きに渡って、数多の神子たちから癒しを享受してきた。しかし此度の件にあたって、それが神子の人生の犠牲のもとに成り立っていることを痛感した。皆もどうか考えてみてほしい。神子は人として生を享けている。神子もまた、一人の人間なのだと」

 新国王の考えは、『神子の存在こそ、神が我らに与えたもうた慈悲』という古来からの教義に一石を投じるものだった。戸惑いと困惑のざわめきが漣のように、国民へと広がっていった。

 こうなることを予期していたジャン国王は動揺を見せることなく、暫く間を空けたのち再び口を開いた。

「国王の役割は、すべての国民に安寧を齎すことにある。その中には神子も含まれている。神子の自由を奪って得る安寧と幸福に、はたして未来はあるだろうか?」

 ジャン国王は一度呼吸を整え、高らかに宣言する。

「国王となった私は第一の仕事として、神子制度の撤廃を行う。神子の力を持った者については必要に応じて保護を行ない、一国民として過ごしていけるように取り計らう」

 その宣言に対して、神子の癒しを求める者たちから次々に抗議の声が上がった。医者に掛かる金のない我々はどうなる、病気の子どもを見捨てろというのか、と。

 ジャン国王は、より強く畳み掛けるように言い募る。

「そして何よりも、神子の力に頼らずに済むよう国内の医療を発展させていくことを約束する。医術と衛生の向上を最優先にすべてを投じていくことで、これらはすべてこの国の未来にとっても大きな基盤となるはずだ。だが、それらを成すためには多大な時間と労力が掛かる。私の一生を賭す長い道のりになるが、実現のためにどうか皆の力を貸して欲しい」

 事実上の改革宣言に、国民のどよめきは再び増していった。


 ◇


 戴冠の儀での新国王の宣言は、客間で待機していたヨハンとキリエにも文書の形で報されていた。

 二人の目を引いたのは、やはり神子制度の撤廃についてだった。当事者ともいえる立場のキリエは、当該の記述に安堵したような笑みを浮かべていた。

「よかった。これからは神子たちも自由に生きられるんだね」

 寝台の端に腰掛けて文書を読むキリエを、ヨハンはすぐ傍に控えながら見つめていた。ようやく起き上がって過ごせるようになったものの、キリエの顔色は相変わらず陶器のように白い。

 キリエの体調は未だ不安定だ。調子が良いときは中庭を散策したり、書庫から借りてきた本を読んだりすることもあるが、横になって目を閉じている時間も長く、体力が落ちていることが傍目にも明らかだった。怪我の治りも遅く、最も深い肩の傷は塞がってこそいるものの、時折痛むのか息を詰めていることもあった。

 そんなキリエの手元にはもう一枚、重要な文書がある。それは、彼の今後についてを問う内容となっていた。

 ジャン国王が提示してきた案は大きく二つ。一つは、国家の保護下で年金を受け取りながら望む環境で暮らすというもの。二つ目は、グロリア大聖堂で位を得て聖職者として復帰するものだった。加えて、急いで結論を出す必要はないという旨と、体調が十分快復するまでは王宮に留まっても構わないとの記載もある。

「どうしようかな……」

 文書を眺めながらキリエは困ったように苦笑する。今までずっと大聖堂の深窓に閉じ込められ、神子として一生を終えるはずだった身だ。こんな未来がくることをいったい誰が予想し得ただろうか。

「大聖堂の聖職者って、今までクレド様がやっていたようなことをするってことだよね」

「私も詳しくはありませんが、その認識でだいたい合っていると思います」

「僕があれをやるだんて、想像がつかないな。……それに、できればあそこには戻りたくないし」

 キリエにとってグロリア大聖堂はヨハンと出逢った思い出の場所ではあるが、やはりそれ以上に痛みを伴う記憶を思い出させる。

 では年金を受け取りながらどこかで暮らすということになるが、正直これも想像が追いつかない。望む場所と言われても、二歳の頃からずっと大聖堂の奥にいたキリエはあまりにも市井に疎く、頼れる血縁すらもいない有り様なのだ。

「でも、いつまでもここにいるわけにはいかないからね……」

 後でゆっくり考えたい。そう思って文書をたたんで傍らに置いたときだった。

「キリエ」

 傍に控えていたヨハンが不意に名前を呼び、キリエの前に膝をついた。キリエは寝台に腰掛けているため、少しだけ目線を下げる形になる。

「どうしたの、改まって」

 キリエが訊ねると、ヨハンはそっと手を取った。ずっと冷たいままのキリエの手に対して、ヨハンの手はとても温かい。

 指先を温めるように包み込まれると、ヨハンはまっすぐにキリエを見上げて言った。

「貴方さえ良ければ、私の家に来ませんか?」

 一瞬、どういうことかわからなかった。

 何も言えず目を丸くするキリエに、ヨハンはさらに続けて言い募る。

「マレンツィオ山の麓に、我がホーフハイマー家の別邸があります。都からは離れることになりますが、静かな分ゆっくり静養できますし、私も一緒にいられます」

「待って。一緒にいるって言ったって、ヨハンは都で騎士団の仕事があるでしょ?」

「聖堂騎士団は王国騎士団に吸収合併されることが決まりました。私は王国騎士団に転属願いを出して、邸付近での勤務希望を出します。それに、聖堂騎士でなくなれば結婚もできます」

「結婚……」

 予想だにしなかった言葉の連続に、ますます思考が追いつかなくなる。

 言葉を失うキリエに対し、ヨハンの表情は至って冷静に見える。

 だが、キリエは知っている。ヨハンの瞳がとても雄弁であることを。水色の瞳に、底知れない情熱が宿っていることも。

「結婚って、僕と……ヨハンが……?」

「もちろんです。お厭ですか?」

「厭なはずない! けど……駄目だよ……」

「なぜですか?」

 問い返されて、つきりと胸が痛む。

 こんなこと、本当は言いたくない。でも、言わないといけない。

「ヨハンも知ってるでしょ……僕、もう長く生きられないんだよ……」

 仮に結婚したとしても、未来がない。

 プラエネステ王国では同性同士の結婚は認められているが、爵位のある貴族となると家督相続や政略の観点からやはり異性婚が通例だ。

 キリエがいなくなった後も、ヨハンの人生は続いていく。せっかく結婚ができるようになるなら先の短い同性の自分よりも、子どもを成して生涯添い遂げてくれる女性を迎えた方がきっと良いはずだ。

 その方が良いに決まっている。けれど、ヨハンが自分以外の誰かに笑いかける姿を想像するだけで、キリエの胸は締めつけられるように痛む。そんな姿は見たくないと思ってしまう。

 しかし、キリエがそう言っても尚、ヨハンは一切表情を変えずに言い続けた。

「わかっています。それでも私は、貴方の傍に……一番近くにいたいのです」

 ヨハンの手が伸ばされ、キリエの頬に触れる。睫毛を撫でてくれる指先があまりにも優しくて、涙が出そうになる。

 この手を取ればヨハンとずっと一緒にいられる。彼の伴侶として、この命が尽きるまで。

 けれど、ヨハンの未来を思えば思うほど躊躇ってしまう。自分の存在が枷になるのでは、と。

 口を噤むキリエの気持ちを推し図ったのか、ヨハンは苦笑して言った。

「私のことを心配してくれているのですね」

「…………」

「でもキリエ、私はこの先、貴方から離れる人生を考えられないのです」

「……っ、だったら尚更……」

「最後まで聞いてもらえますか?」

 初めて耳にするヨハンの強い語調に遮られ、キリエは言葉を呑んだ。

「私たちがいつまで一緒にいられるのか、それは神にしかわかりません。それならせめて、死が私たちを分つそのときまで、貴方と共に過ごし、誰よりも貴方を幸せにする権利を私は欲しい」

「……っ」

 意図的に避けていた「死」という言葉をヨハンがはっきり口にしたことで、キリエは彼の覚悟を思い知った。同時に、自身の方が現実から目を背けていたことにも気づく。

 ヨハンはこの先に待ち受ける運命を受け入れた上で、キリエへの想いを貫こうとしていた。

「……本当に、いいの……?」

「勿論です」

「僕、もう神子じゃないよ」

「神子でなくなっても、貴方は貴方です」

 堪え切れずに溢れてきた涙を、ヨハンの指が掬い取る。

 ヨハンは眦を決して、再び懇願した。

「キリエ、どうか私の伴侶として、我が家に来てください」

 さっきとは一転して問うのではなく、ヨハンははっきり来てほしいと言った。それは、 キリエが心のどこかでずっと求めていた言葉でもあった。

 キリエは小さく頷き、震える声で答える。

「うん……僕も、ヨハンと一緒にいたい……!」

 衝動のままにキリエがヨハンの胸に飛び込むと、彼は力強く受け止めてくれた。


 後日、ホーフハイマー子爵からヨハンの許に、正式にキリエを受け入れる旨が記載された手紙が届いた。事前にヨハンが手紙で、家族にキリエとの関係を告白し、真剣に将来を考えた上で伴侶として迎えたいと打診したところ、もともと神子への信奉心の強い家系であることもあり、キリエのためならばと喜んで許諾してくれた。

 手紙の内容を知らされたキリエは国王への返書に、ホーフハイマー家に入ることとヨハンと共に郊外の別邸に移り住むこと、そのため保護と年金は不要としたためた。

 そして自らが受け取らなかった年金については、今後の国の医術と衛生の発展のために使ってほしいと書き添えた。


 ◆

 

 二週間後。

 ヨハンとキリエは、二人揃ってグロリア大聖堂の中庭を訪れていた。

 およそひと月振りに訪れたグロリア大聖堂には新たな大司教と司祭たちが着任し、国民の清らかな祈りの場が戻りつつあった。

 穏やかな気質の大司教の許しを得て久しぶりに訪れたこの中庭は、ヨハンとキリエが初めて言葉を交わした思い出深い場所だ。そしてその場所には、複数の名前が刻まれた白い石碑が設置されていた。

「僕の前に、こんなにたくさんの神子がここで過ごしていたんだね」

 プラエネステ王国が興ってからおよそ二百年、石碑に刻まれたおよそ三十もの名前を眺めながらキリエは呟いた。そう、ここに刻まれている名前はすべて、グロリア大聖堂で暮らした今は亡き神子たちのものだった。

 神子制度の廃止をおこなったジャン国王は、命を尽くして癒しを齎した歴代の神子たちへの敬意を込めて、この石碑を設置した。パーテルとエストという名の二人の神子の間には一名分の間隔が空いており、本来そこにはクレドの名が入るのだという。

 大聖堂で過ごした最後の神子となったキリエだが、石碑設置の話を聞いた際、神子として命を終えなかったことを理由に自身の名の刻印を辞退した。一度は食い下がられたものの、禁を犯した身で運命に殉じた彼らと名前を並べるわけにはいかない。そして何よりも、神子として名前を遺したくないのだと伝えた。その願いは聞き届けられ、キリエの名前は刻まれていない。

「神子たちは皆、幸せだったのかな」

 空欄の後ろに刻まれている三名は、おそらくキリエ同様にクレドに血を捧げていた神子たちだ。彼らの人生がどんなものだったかはわからないが、せめて少しでも幸福であったと信じたい。

「僕にとってのヨハンのような存在が、彼らの傍にもいてくれていたならいいのだけど」

 キリエがそう呟いたそのとき、二人の背後から声が上がった。

「ヨハンに、キリエ様?」

 名を呼ばれた二人が振り返ると、そこには聖堂騎士団長改め、王国第七騎士団長となったトマスが、白い花束を携えた姿でそこにいた。

「二人とも、今日は出立の日では?」

「はい。でもその前に、歴代の神子様たちに挨拶をしていこうということになりまして」

「そうか。きっと神子様方もお喜びだろう」

 鷹揚に頷くトマスにヨハンは向き直り、居住まいを正した。

「このたびは格別のご采配をいただき、本当にありがとうございます」

「私は最適と判断した人事をおこなっただけだ。礼を言われるほどではない」

 トマスは事もなげに言うが、それでもヨハンにとっては低頭して礼を尽くす恩義があった。

 キリエをホーフハイマー家に迎えると決めた際、ヨハンはキリエに宣言した通り王国騎士団への転属と別邸付近への配属をトマスに依願した。しかしそれは、思わぬ形で跳ね除けられた。

 トマスからの辞令は、王国騎士団へ転属した上で、元神子キリエに仕えること。

 元神子という立場上、キリエには傍に仕える者を騎士団から遣わしたいとの相談をトマスはジャン国王から受けており、それならば近侍であったヨハンが最適任だと進言したという。

 ヨハンに与えられた務めは、キリエの一番近くで彼を支えて守り、キリエの状況を報告すること。もちろん聖堂騎士ではなくなることから、恋愛も結婚も自由だと伝えられた。

 キリエがホーフハイマー家に入ることを知っているのは、ジャン国王とトマスだけ。トマスは表向きにはキリエが親しいヨハンの縁を頼って子爵家の保護下に入る体裁と取りつつ、二人を誰にも邪魔されない環境へと送り出す大義名分を仕立て上げてくれたのだった。

 ふとキリエは、トマスが持っている花束へと目を留めた。

「それは、薔薇?」

「ええ。お渡ししたい方がいまして」

 トマスは微笑むと、石碑の前に膝をつき、花束を供えた。そして刻まれた歴代の神子たちの名前を眺め、ある一点に目を留めた。

「……あなた様は、アニュス様というお名前だったのですね……」

 アニュスとは石碑の一番下に刻まれている、キリエの先代にあたる神子の名だった。世代的に見ておそらく、ヨハンの母の病を癒した神子だろう。

 聖堂騎士が仕えるのはあくまで神子であり、個人ではない。聖堂騎士が神子の名前を知らないことは珍しくはなく、むしろ名前で呼び合っていたキリエとヨハンの方が異例と言えた。

「もしかして、薔薇はアニュス様のために?」

 キリエが訊ねると、トマスは微笑を浮かべたまま頷いた。

「アニュス様は、私が聖堂騎士団に入って初めてお仕えした神子様です。キリエ様の前で言うのも気が引けますが、とてもお美しく、そして繊細な方でした」

 トマスの目が、遠くを見つめるように細められる。ヨハンもキリエも知らないアニュスの姿が今、トマスの脳裏に思い出されているのだろう。

「アニュス様とは生前、少しだけお話ししたことがあります。満月の深夜、この中庭……そう、ちょうどそこの長椅子で一人座っているところをお見かけして声を掛けたのです」

 トマスは少し離れた場所にある長椅子を示した。その長椅子は、キリエも何度も使用したことがあるものだ。

「肌寒い夜でしたので、私は身体に障るからとお部屋に戻るように伝えました。それから他愛のない話しをしていたとき、アニュス様が私に言ったのです」

「……なんと言っていたのですか?」

 訊ねたのはヨハンだ。トマスは一度瞑目し、呼吸を整えてから口にした。

「『名前で呼んでほしい、って言ったらどうする?』と」

「あ……」

 キリエが思わず声を上げる。それは、かつてキリエがヨハンに乞うた願いとまったく同様のものだった。

 驚愕して言葉を失うキリエに目を遣り、トマスは苦々しげに続きを口にする。

「私はあまりの畏れ多さに、咄嗟にお断りしてしまいました。ですが、今ならわかるのです。アニュス様はあのとき、私に助けを求めていらしたのだと」

「……そう、だと思う……」

 先代神子であるアニュスの気持ちが、キリエにはなんとなくわかった。毎夜クレドに血を啜られ身体を苛まれる中で、一縷の望みを賭けて求めた救い。キリエはそれをヨハンに求めて、奇跡的に叶えられた。アニュスもまた同じものをトマスに求めようとしたが、忠義の心ゆえに振り払われてしまった。

「その後、アニュス様は……」

 ヨハンが訊ねると、トマスは左右に頭を振った。

「すぐに体調を崩され、間もなく身罷られた。月が厚い雲に覆われていた夜、あの長椅子に横たわって動かなくなっているアニュス様を見つけたときには、既に冷たくなられていた」

「……そう、だったのですね……」

 神子と聖堂騎士の切ない過去に、二人は閉口せざるをえなかった。そのときのトマスの心境を思えば胸が重くなり、亡きアニュスのことを思えば締めつけられるようだった。

 トマスは立ち上がるとヨハンとキリエを交互に見つめ、笑いかけた。

「キリエ様がヨハンと楽しそうされている姿を見ていて、私もあのときアニュス様の願いに応えていれば、少しでもお心を救うことができたのではないかと考えずにはいられませんでした。騎士団長という立場ならば、一線を超える前に窘めるべきだったのかもしれません。それでも、私にはできなかった」

 その言葉に、やはりトマスは二人の関係に気づいていたのだとヨハンは確信した。しかし、アニュスへの後悔がトマスの心に深い傷を残し、躊躇わせていたのだと。

「ヨハンの行動は本来の騎士の忠義からはずれていたのかもしれない。だが、それによってキリエ様の心をお守りした。私はそれを過ちだと思いたくない」

 トマスはヨハンの肩に手を置き、穏やかに微笑んだ。自身が神子にしてやれなかったことを託すように、何度か軽くその肩を叩く。

「騎士団のことは私に任せなさい。キリエ様のこと、どうか頼んだぞ」

「はい、必ず」

 トマスの思いを受けたヨハンは、決然と頷いた。

「キリエ様、どうかお幸せに」

「……うん。ありがとう」

 トマスに見送られた二人は、必要最低限の荷を積んだ馬車に乗り、都を後にしていった。


 ◇


 馬車に揺られながら、目的地に近づくにつれて車窓から覗く山が大きくなっていく景色を、キリエは馬車の中からずっと眺めていた。山頂に雪を戴く円錐形の山がかのマレンツィオ山であることをヨハンから教えられ、以来食い入るようにその山容に見入っている。

 やがてきらきらと輝く山の裾が見え始め、もしやと思ったそのときヨハンが再び教えてくれた。

「麓に湖があるのが見えますか?」

「うん、見える。あれってもしかして……」

「そう、カッチーニ湖ですよ」

「凄い凄い! 山も湖も、想像していたよりずっと大きい!」

 ヨハンにとって見知ったこの光景も、キリエにとってはすべてが新鮮だった。

 病み上がりであるのキリエの体調を考慮してこまめに休憩を挟みながら移動し、ホーフハイマー家別邸に到着したときには日が沈みかけていた。

 マレンツィオ山を少し登った先の高台にあるその邸宅は、白い壁に煉瓦の屋根の小さな城のような形をしており、手入れの行き届いた広い庭には多種多様の花々が咲き誇っている。庭から遠くの景色を見はるかせば雄大なカッチーニ湖が望め、陽の光を受けて湖面が輝く姿を想像するだけで美しいことがわかる。

 ヨハンに手を取られるがままキリエが馬車から降りると、邸の中から一組の男女が出てきた。二人とも五十歳代半ばといった年齢で、優しい笑顔と共に出迎えてくれた。

「ヨハン様、おかえりなさいませ」

 男性の方が先に声を上げると、二人は揃って丁寧に頭を下げた。ヨハンは「ただいま」と応えると、状況がよくわからずにいるキリエに紹介してくれた。

「キリエ、こちらはバルトルディ夫妻です。二人は長年我が家に仕えてくれているのですが、このたびこちらで私たちの世話をしてくれることになりました」

 夫妻はそれぞれ、夫はフェリクス、妻はセシルと名乗った。

「長旅でお疲れでしょう? すぐに食事を用意しますので、それまでゆっくりしていてください」

 セシル夫人はそう言って邸の扉を開き、二人を中へ通した。

 邸は二階建てで、入ってすぐに大きな階段があった。バルトルディ夫妻は食事の準備のために一階の奥へと辞していった。 

「二階に私たちの部屋があります。食事の時間まで休みますか?」

「ううん大丈夫。それより、お邸の中を見てみたい!」

 目を輝かせて案内を乞うキリエに、ヨハンは驚いたように目を瞠る。こんなにも楽しそうにしているキリエの顔を見るのは、本当に久しぶりだ。

「わかりました。案内しますよ」

 ヨハンも数年ぶりに訪れた別邸は、綺麗に掃除され整えられていた。一ヶ月ほど前、ヨハンが手紙で父にこの別邸をキリエと暮らすために使わせてほしいと嘆願したところ、キリエのためならばと快諾してくれた上、すぐさま使用人たちを派遣して清掃と庭の手入れをしてくれたのだ。また、庭には新しく小さな畑が作られ、そこではいざというときに使える薬草が栽培されている。

 一階には食堂に応接室、談話室が設置されている。そして今回、ヨハンが事前に要望を出して整えた部屋が、一番奥にあった。

「わあ……!」

 その部屋の扉を開けた瞬間、キリエが感嘆の声を上げた。壁一面に設置された棚の中をぎっしりと埋め尽くすのは、数え切れないほどの本だ。ヨハンの目算で少なくとも、グロリア大聖堂の書庫の五倍の面積と蔵書量がある。

「ここにある本はすべて好きに読んでください」

「本当にいいの?」

「もちろんです。持ち出していただいても構いませんし、他に読みたいものがあればいつでも言ってください」

 グロリア大聖堂にいたときからキリエが読書好きであることを熟知していたヨハンは、書庫の整理も依頼していた。さらに歴史書や地理に関する本を新しいものに入れ替え、流行の作家の読み本も何冊か追加した。今後はキリエの要望や必要に応じて増やしていく予定だ。

「ねえ、ヨハンのおすすめはどれ?」

「おすすめですか?」

「うん。たとえば、小さい頃に読んでいた本とか」

「そうですね……」

 ヨハンは暫く逡巡すると、キリエを部屋の奥の本棚へと案内した。確かこの辺にあったはず、と呟きながら探し当てた一冊は、年季が入っているが状態の良い物語本だった。

「それは?」

「古今東西の騎士道物語を集めた本です」

 ヨハンから本を受け取り、キリエはぱらぱらと捲った。こんなにも華やかな装飾と挿絵が施された本は、グロリア大聖堂には一冊もなかった。この本をヨハンが少年時代に読んでいたのだと思うと、幼い日の彼の面影を見られるようで温かい気持ちになった。

「この本、借りてもいい?」

「はい、ぜひ」

 キリエは本をしっかりと抱きしめ、棚の配置を粗方配置を確認したところで、二人は二階に移動した。移動の最中に地下にはなんと湯殿があると教えられ、驚きを隠せないキリエである。

 二階には最初に教えられた通りそれぞれの私室があった。階段に一番近いところにバルトルディ夫妻の部屋。一番奥に家主である子爵夫妻の寝室とそれぞれの私室。その隣にヨハンたち兄弟の部屋が並んでいる。子爵夫妻の部屋と長兄の部屋は以前使用したときから手を加えておらず、現在は施錠されていた。

「ここが私の部屋です」

 ヨハンは自室の扉を開けてキリエを招き入れた。本人の気質がそのまま反映されたような飾り気のない部屋は、碧色の壁が印象的だった。設られた調度品はどれも簡素な造りでありながら丁寧に使い込まれているが、中でも目を引くのは露台に設置された長椅子だ。マレンツィオ山の森林を望めるこの露台の長椅子で、清々しい風を受けながら騎士道物語を読み耽る少年時代のヨハンが想像でき、キリエは知らない彼の姿が見られたようで嬉しくなる。

「おもしろみのない部屋でしょう?」

 食い入るように部屋を眺めるキリエに、ヨハンは苦笑しながら言う。

「なんだかヨハンらしいね。子どもの頃からこういう部屋なの?」

「そうですね、大きくは変わっていません」

「この部屋で騎士道物語を読んだり?」

「本も読んでいましたし、フェリクスに勉強を教えてもらったりしていました」

「え、じゃあフェリクスさんはヨハンの先生ってこと?」

「そう言っても差し支えないかと」

 曰く、社交的な性格で科学や数学に関心を寄せる如何にも貴族らしい兄とは対照的に、ヨハンは子どもの頃から物静かで、地歴や古典に興味を抱いていた。大人しく本を読み耽るヨハンに、更なる智恵を授けたのがフェリクスだったという。

「じゃあ、フェリクスさんに話しを聞けば、小さい頃のヨハンのこともいろいろ聞けるってことだね」

「聞いても大しておもしろくないと思いますよ」

「そんなことないよ。まだまだ僕の知らないヨハンの姿があるんだと思うと、楽しみ」

「……お手柔らかにお願いします」

 持ち前の好奇心と無邪気さを発揮するキリエの姿にヨハンは笑う。ずっと大聖堂の奥で封じられてしまっていたが、これこそがキリエの本来の姿なのだ。

 案内したい部屋がもう二箇所あるということで、ヨハンは自室から廊下を挟んで向かいにある部屋の扉を開いた。

 そこは日当たりが良く、清潔に整えられ、何よりも露台から庭園とカッチーニ湖を一望できる一室だった。

「貴方の部屋です」

 ヨハンに言われ、キリエは驚きを隠せなかった。グロリア大聖堂にいたときに使っていた居室よりも遥かに広く、調度品も華やかなものばかりだ。

「こんなに素敵な部屋を使っていいの?」

「もちろんです。それにこの部屋はもともと、代々我が家に輿入れしてきた方が使用する場所なんです。貴方以上に相応しい方はいないでしょう?」

「輿入れ……」

 さらっと言われたその言葉に思わず鼓動が高鳴る。言われてみればその通りで、キリエは今日からヨハンという子爵家の子息の伴侶としてこの家に入るのだ。

 頭では理解したつもりでいたが、この部屋を見せられ、ようやく実感となって心に湧いてきた。

 するとヨハンは、もう一つ見せたい場所があると隣の部屋へとキリエを案内した。

 その部屋は二間続きとなっており、まず目に飛び込んできたのは暖炉と卓だった。そしてその奥には、天蓋付きの広々とした寝台とそれを囲う天幕。露台からは隣の部屋と同様、庭園とカッチーニ湖が合わさった絶景を望むことができた。

 今まで見てきたどこよりも豪奢で広い作りのこの部屋は、どう見ても一人で使うには持て余すに違いない。もしやと予感するキリエに、ヨハンは答えた。

「私たちの寝室です」

 やっぱり、とキリエは得心する。

 近いうち……否、おそらく今夜ここで二人で過ごすことを考えると、緊張すると同時に待ち遠しくも感じた。

 ひと月前、初めてヨハンから与えられた愉悦を思い出すだけでキリエの身体の奥は甘く疼いた。喜びと同時に、なんだか自分が酷くはしたない人間に思えて恥ずかしくなる。

 そんなキリエの心境を知ってか知らずか、ヨハンは再びキリエの部屋に取って返すと、調度品について説明してくれた。机に備え付けられている紙やペンは自由に使って構わないことや、衣装棚の中には替えの服を用意してあること。他に足りないものや欲しいものがあればなんでも言って欲しいと言っていたが、心が落ち着かず殆どが耳を素通りしていった。


 ◇


 セシル夫人が手掛けた料理はどれも絶品で、初めて家庭料理というものを口にしたキリエを驚かせた。ヨハンによると、バルトルディ夫妻が今回別邸に来ることが決まった際、ヨハンの母である子爵夫人がセシル夫人の食事を当面の間食べられなくなることを非常に惜しんでいたという。

 二人の給仕に回っていたフェリクス氏は食後に温かい茶を淹れてくれたのだが、これもまた香り高く非常に美味だった。茶葉を独自に調合した氏の茶もまたヨハンの母の気に入りで、やはり暫く口にできなくなることが心残りだったそうだが、自慢の使用人夫妻の腕を見込んで信奉するキリエのために派遣してくれたのだそうだ。

 生まれて初めて温かい家庭料理を味わった後、ヨハンは自室でトマスに送る報告書を書くとのことで、その間にキリエはフェリクス氏に湯殿へと案内された。グロリア大聖堂では基本的に清拭や行水が日常で、髪を洗うことは稀だった。初めて見る湯殿にどうすればわからずにいるキリエに、フェリクス氏は丁寧に作法を教えてくれた。

 用意されている湯はすべてマレンツィオ山から湧いている温泉とのことで、普通の水よりもとろみがあって肌に吸いつくようだった。石鹸と浴槽の湯からは花のような香りがして、無意識に緊張していた気持ちが安らいでいくのを感じた。

 湯殿から上がると、さっきまで着ていた服は既になく、代わりに新しい肌着と服が用意されていた。足首に届くほど丈の長いその衣服は羽織って帯を結ぶだけの身体を締めつけない作りになっており、ひとまず思うがままに纏ってみた。纏い終えると絶妙な頃合いで夫妻がやってきて、香油を使って丁寧に髪と肌を整えられた。良い香りがする香油にキリエが興味を示すと、セシル夫人は薔薇の香りだと教えてくれた。

 支度を終えると、キリエはフェリクス氏に寝室……ヨハンとの寝室へと案内された。ヨハンは入浴を終え次第戻ってくるとのことで、キリエはしばらく一人で待つことになった。

 湯上がりに冷えるといけないからと、フェリクス氏は温かいお茶を用意していってくれた。先ほど飲んだ香り高いものとはまた異なる、気分の安らぐ控えめな香りの茶だった。

 茶を注いだ杯で指先を温めながら、キリエは露台へと出てみる。ここに来たときは夕暮れ時だった空には月が上り、カッチーニ湖の水面に輝きを齎していた。

「きれい……」

 無意識にその言葉が溢れるほど、その光景はあまりにも幻想的だった。

 月が輝く空が、眼下に果てしなく広がる世界が、こんなにも美しいものだなんて知らなかった。昨日までのキリエの世界は都のごく一部にしかなく、あらゆる人々の思惑と怨嗟が犇き絡み合う場所だった。そんな中でまるで籠の鳥のようだった自分を、ヨハンは広い世界に連れ出してくれた。

 美しい夜の景色に、キリエは無心で見入っていた。時折吹く風が湖面を波立たせるのか、月の光を乱反射するように輝くその光景は、いつまで見ていても飽きそうになかった。

 もっと近くで見てみたい。今度ヨハンにお願いしてみようか。そんなことを考えていたときだった。

「お気に召していただけましたか?」

 景色に見入っていると、頭上から声が降ってきた。

 声がした方をはっと仰ぎ見ると、湯殿から戻ってきたヨハンの顔があった。ヨハンもまた、キリエと同様の形状の服を着ていることから、これがこの家の夜着であることがようやくわかった。

「何度声を掛けても聞こえないようでしたので」

「ご、ごめん……凄く綺麗で、つい」

「わかりますよ。ここからの景色は、いつ見ても美しいですから」

 そう言って微笑んで、ヨハンもまたキリエの隣で同じ景色を見はるかす。

「ねえ、カッチーニ湖って、近くで見ても綺麗?」

「綺麗ですよ。水の透明度がとても高くて、浅瀬でしたら足を浸すこともできます。今度行ってみましょうか」

「本当? 行きたい!」

「決まりですね。さっそく明日、日程を調整しましょう」

「嬉しい! 楽しみだな」

 ヨハンがすぐに願いを聞き入れてくれたことはもちろんだが、些細な約束ができることが何よりも幸せだった。誰にも傷つけられることのない、こんな日々がこの先続いていくのかと思うと、明日が来るのが待ち遠しくなる。

 そのとき、強めに吹く風が二人の間を流れた。

 夜の冷たい空気に身を縮めた瞬間、キリエの身体がふわりと浮き上がった。間近にヨハンの顔があったことで抱き上げられたことに気づき、キリエは咄嗟に持っていた杯を落とさないように抱えこんだ。

「やっぱり、こんなに冷えて……中に戻りましょう」

 有無を言わせる間もなく、ヨハンはキリエを抱えたまま部屋の中へと戻っていく。間近に感じるヨハンの膚からはキリエのものとは違う香りがして、思わず胸が高鳴った。

 ヨハンはキリエを寝台の上に下ろし、手に持っていた杯を取り上げた。今になって淹れてもらった茶を冷ましてしまったことに気づき、申し訳ない気持ちになった。

「長旅と慣れない環境で、今日はもう疲れたでしょう」

 露台に続く硝子扉と紗幕を閉じながらヨハンは言った。ヨハンもまた同じ寝台に腰を掛けると、掛布を捲って促した。

「明日の朝は起こしに来ないよう夫妻には言ってありますから、時間を気にせずゆっくり休んでください」

 そのとき、掛布の中に入ろうとするヨハンの手を、キリエは咄嗟に掴んでいた。

 咄嗟の行動だった。恥じ入る気持ちもあったが、このときを逃してはいけないと思った。

「キリエ……」

 自分よりも高い位置から降ってきた声は、静かでありながらどこか戸惑いの色を含んでいた。困らせたのかもしれない、恥知らずと思われたのかもしれないと思うと指先が震えて、ヨハンの顔を見られない。

「あ……えっと……」

 手を離さなければと思うのに、それ以上に離したくないという思いが胸を衝いてしまう。キリエが動けずにいると、温かい手が頬に触れ、ついと顔を上げさせられた。

「……それは、誘ってくれていると受け取っても良いですか?」

 吐息が頬に触れるほどに近い距離でヨハンは問う。艶と熱情を宿した水色の瞳に魅入られたように、キリエは目を逸らせなかった。

「貴方の身体のこともあるので、今夜は我慢するつもりでしたが……」

「……いい」

 懸命に発した声は小さく、掠れていた。きゅうっと指先に力を込めて、キリエはもう一度繰り返す。

「我慢、しなくていい……僕もそうしたい……だから……」

 言い募る唇は、降りてきたヨハンの唇にそっと塞がれた。

 初めて交わしたときと変わらない温かくて優しい口づけは、キリエの中の切ない快楽の記憶を呼び起こす。でも、もう悲しまなくて良いのだと思うと、一気に悦びが膨れ上がるようだった。

「もっと……」

 少し離れるのも惜しくて、キリエは殆ど無意識のうちに強請っていた。それはすぐに叶えられ、触れるだけだった口づけは徐々に欲望を纏いだす。

「ふ……ぁ、ん……」

 唇を舐めるヨハンの舌をキリエは促されるがままに受け入れる。深くなる口づけに震える身体を支えるように、いつしか強く抱きしめられていた。

「ん……んっ……」

 互いの唾液が交わる水音が直接脳裏に響く。命が欠けた体温の低い身体が、少しずつ熱を帯びていくのがわかった。

 無我夢中で舌を絡めているうちに、キリエはそっと寝台の上に身体を倒されていた。柔らかい寝具の上に横たえられ、覆い被さる形でヨハンに組み伏せられたまま、厭かず唇と舌を貪り合った。

 どれほどの間そうしていたのかわからない。唇が離れた途端、銀色の糸が二人の間を伝った。

「なんだか、こうしているのが夢みたい……」

「どうしてですか?」

「だって……あのときが最初で最後だと思っていたから」

 初めて想いを通わせたあの日は、禁断の恋に堕ちた二人の一夜の思い出となるはずだった。でもまさか、あの夜をきっかけにこんなにも運命が大きく動くだなんて、思いもしなかった。

「夢ではありませんよ。貴方も、私も、ちゃんと生きてここにいます」

 ヨハンに手を取られ、彼の胸元へと導かれた。キリエとは違う、衣越しにも伝わる温かさと力強い鼓動は、何よりも確かな存在の証だった。

「ヨハン、凄くどきどきしてる」

「それはそうです。貴方と再び繋がれるのですから」

 その言葉に、キリエは目を見開いた。

「ヨハンもそうなの?」

「も、とは?」

「その……また、僕に触りたいって、思ってくれていたの?」

 キリエの問いに、ヨハンは声を上げて笑った。

「好きな人に触りたいと思わない男はいませんよ」

「そっか……そうなんだね、安心した」

「何か不安が?」

「……笑わないで聞いてくれる?」

「わかりました」

 ひとまず言質を取って予防線を張り、キリエは思っていたことを口にする。

「あのね、この部屋が僕たちの寝室だって教えてもらったときに、その……また、ヨハンに触ってもらえるのかなって考えて、ずっとどきどきしてて……」

 約束を守ってヨハンは黙って聞いてくれている。しかし、目を合わせるのがなんだか少し怖くて、それとなく視線を逸らした。

「もしかすると僕、そういうことが好きな……淫乱、なのかなって思っていたけど、でもヨハンも僕に触りたかったって思ってくれていたってわかって、嬉しくて……」

 自分を見下ろすヨハンの瞳がすっと眇められる気配がした。もしかすると、はしたないと思われたのかもしれないと思うと怖くなった。

「でも、好きな人に触りたくない男はいないって、僕もそうだったんだなって、当たり前なんだってやっとわかって、安心し……」

「……っ」

 言い終える前に、ヨハンがキリエの肩口に顔を埋めるように突っ伏してきた。全身を小刻みに震わせながら黙り込むヨハンの様子に、キリエは慌てふためいた。

「あの、ヨハン、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもありません……貴方があまりにも可愛すぎて……」

 予想だにしなかったヨハンの反応にキリエは驚くことしかできなかったが、軽蔑された様子がないことに安堵した。

 ヨハンは大きく一つ息を吐くと、再び顔を上げた。その瞳は鋭い輝きを宿してキリエを見つめた。

「そこまで期待していただけていたのなら、応えないわけにはいきませんね」

「な、に……あ……!」

 キリエが思惑を訊ねようとした刹那、首筋にヨハンの舌が這った。結局残ってしまった傷痕を辿るように、熱い舌と唇が執拗にそこを舐る。

「ん、ん……ああっ……!」

 舐められていたそこを突如強く吸われ、身体が小さく跳ねる。痛みとも快感ともつかないその感覚は、キリエの中の欲望に火を点けた。

 ヨハンは自らの夜着の帯を解くと、躊躇うことなく脱ぎ捨てる。キリエが初めて目の当たりにするヨハンの裸は、全身が引き締まっていて一切の無駄がない。それは決して痩せているのではなく、ばねのようにしなやかな筋肉がついていて、彼が選ばれた騎士であることを物語っていた。

 陶然と見惚れていると、視線に気づいたヨハンは苦笑する。

「そんなに見られると、さすがに恥ずかしいですね」

「だって……凄く、かっこよくて……」

 視界が翳ったと思った瞬間、再び唇を塞がれた。音を立てて絡め合う口づけは、すっかり濃密な愛欲を纏っている。

 微かにまだ唇が触れ合う距離で、ヨハンは深くキリエの瞳を覗き込みながら囁く。

「あまり煽らないでください。手加減ができなくなくなります」

「しなくていいのに……」

「いけません。貴方を壊してしまいそうになる」

「ヨハンに壊されるなら、僕はいいよ」

 キリエは自ら帯に手を伸ばして解こうとするが、ヨハンの手に制された。

「どうか、私に」

 しゅる、と帯が解ける衣擦れの音が耳に届く。今からヨハンに抱かれるために脱がされていると思うと、それだけで胸の奥が甘く軋む。

 夜着が乱されて、その下に纏っていた肌着も抜き取られた。露わになった膚がヨハンの膚と合わさるだけでキリエの呼吸は荒れ、この先の快楽への期待に身体が打ち震えた。

 日に焼けていない裸体が月の光によって青白く浮かび上がり、同時に無数の傷痕も晒された。消えないそれらの一つ一つを、ヨハンの舌と唇が慰撫していく。切ないような心地良いような感覚に、キリエは身体をくねらせた。

「あっ、……ん、んっ……」

 首筋、肩、鎖骨、そして胸へと舌と唇は下りていく。じれったい快感はやがて欲求となって、愛撫を乞う形を成す。

 固く主張するその胸粒を口に含まれた瞬間、キリエは堪えきれずに嬌声を上げた。

「ああっ……ん、やっ、あ……あっ……」

 優しく喰まれ、ざらりと舐め上げられるたびにキリエは身悶えた。ヨハンとの官能を知っている身体は彼から施される愛撫をすべて快感と捉えて、あっという間に理性を蕩かしていく。

 もう片方の乳首にもヨハンの手が伸びて、指先で転がすように弄ばれる。双方の胸に同時に与えられる甘い刺激は、キリエを当惑させた。

「や……だ、歯、立てな……」

「痛いですか?」

「そうじゃ、ない……けど……ぁ、んっ……!」

 抵抗してみせるも敵うはずもなく、ヨハンはそのすっかり敏感になった乳首に歯を立てた。もちろんそれは軽く当てる程度の力であったが、キリエを翻弄するには十分だった。

「いっ……あ、あぁっ……!」

 身体を波打たせて感じ入るその姿に、ヨハンは胸への愛撫を強くした。甘噛みをしながら、先端に少し爪を立てて、キリエを快楽で乱していく。

「や……ぃ、や……も……やめ……」

 キリエが震える手でヨハン押し返そうとするが、すっかり快感に蕩けた身体には力が入らない。これ以上はもう耐えられそうになかった。

「ん……んっ、あああ……っ……!」

 びくんと身体をのけ反らせた瞬間、キリエは絶頂していた。とろとろと濃い精を溢れさせながら解放の余韻に喘ぐキリエを、ヨハンは少し驚いたように見つめた。

「早かったですね」

「ご……めん……」

「謝らないでください。良くなっていただけたのなら、嬉しいです」

 いつの間にか熱を帯びていた目尻をヨハンの指先が撫でた。ヨハンはその手でキリエの大腿に触れ、そっと開かせながら膝を立たせた。

 その行為の意図を知っているキリエは、ようやく繋がれることへの期待に思わず息を呑む。しかしそう思ったのも束の間、ヨハンはキリエの双脚の間に顔を伏せた。

「な……っ、や……あ、ぁっ……!」

 陰茎を粘膜に包み込まれ愛撫される快感は凄まじく、キリエは惑乱する。そんなことはやめてほしいと思う傍ら、あまりにも扇情的なその姿から目が離せない。

「ん、あ、ああっ、く……んっ……」

 ヨハンの舌が輪郭をなぞるように這い、舌先で先端を擦られる。強すぎる快感は新たな官能に火を灯してキリエの身体を炙っていく。一度果てている身体はあまりにも敏感で、無意識に揺れる腰も溢れる嬌声も制御できずにいた。

「や、あっ、だめ、離し……」

 理性を総動員してキリエはヨハンに訴えるが、先端を強く吸われて言葉を奪われる。目が眩むような快感に悲鳴じみた声が喉を裂き、びくんと身体が跳ねた。

「お、ねが……そんな、汚い……から……」

「私がしたいのです……どうか、このまま」

 喉の奥まで深く咥え込まれ、頭を前後しながら抽挿の動きをさせられた。柔らかな粘膜との摩擦で生まれる凄まじい快感が、一気に押し寄せた。

「あ、あっ、く……あ、ぁ……っ」

 愛する人を汚してしまう罪悪感と凄まじい快感が同時にキリエを苛む。ヨハンにこんなことをさせながら愉悦に溺れていく自分が酷く厭わしい。

 やめてほしいと思うのに、それ以上に快美に抗えなくなっていた。

「いっ……あ、いい……そこ……」

 一際強く脈打つ箇所を舐められると、甘い痺れのような快感が脳髄まで響いてくる。

 先に放ったキリエの精と溢れたヨハンの唾液が混ざり合って、鼠蹊部を伝って滴り落ちていた。ぐっしょりと濡れそぼった入口をヨハンの指がなぞり、やがてそっと沈み込んだ。

「や、んんっ……指、はい……って……」

「力を抜いて……少し我慢してください」

 陰茎を口に含んだまま、ヨハンは後孔にその長い指を沈めていく。男と繋がろうとしている後孔は固く閉じてしまっている状態だ。身体の内側が引き攣る痛みにキリエが息を詰めると、ヨハンは口で前を刺激した。

「あぁ……んっ……、く……」

 キリエの意識が逸れて身体から力が抜ける間合いで、ヨハンの指が中を拡げていく。初めて繋がろうとしたとき、ゆっくり呼吸をするとヨハンが褒めてくれたことを思い出した。

「……っ、ふ……」

 あのときの記憶を思い起こしながらキリエは細く息を吐く。それを何度か繰り返しているうちに、後孔の圧迫感が薄らいだ。

「……そう、とても上手です」

 ヨハンもまた初めてのときを思い出していたのか、同じように褒めてくれた。

 ふっと気分が和らいだそのとき、二本目の指が入ってきた。

「う……、んっ……」

 挿入される瞬間は息が詰まるが、受け入れてしまえば痛みは殆ど感じなくなっていた。身体が受け入れ方を思い出したのか、今度はこの先に待ち受ける快楽への期待に奥が疼きだす。

「あっ、んん……く、っ……」

 中に在るヨハンの指を締めつけるとたちまち愉悦が全身を駆け抜けた。しかし、気持ち良いはずなのに、飢餓感がばかりが募る。

 指では足りない。もっと熱くて大きいものでなければ、満たされない。

「ヨハ……も、……れて……」

「いけません。貴方に苦しい思いをさせたくない」

 ヨハンはそう言うが、こうして焦らされる時間の方が今のキリエにとってはよほど苦しい。早く満たされたい、繋がりたい──一つになりたい。そんな淫らな欲求が全身を渦巻いていた。

「ひっ……あ、ぁ、んっ……」

 二指で後孔を拡げながらヨハンは口での奉仕も続ける。気持ち良いはずなのに満たされない空虚な快楽はキリエを切なく苛んだ。

 熱を持って疼いている場所に触れてほしくて腰を振るが、ヨハンの長い指でさえそこには届かず、キリエはもどかしさに悶えるしかない。

「お願い……挿れて……痛くていいから……」

 一刻も早くこの空虚感から解放されたくてキリエは懇願する。なりふり構ってなどいられない。恥じらう余裕はとっくに押し流されていた。

「指じゃ足りない……足りなくて、苦しい……」

「キリエ……」

 躊躇うヨハンを必死に誘う。全身を喘がせて、後孔で指を締めつけながら、キリエは囁いた。

「ヨハンが、欲しい……」

「……っ」

 低い溜息とともに後孔から指が抜き取られ、身体を押さえつけるように覆い被さられた。両脚を大きく開かされると、固く熱いものが一気に入ってきた。

「ん、んっ、ぅ、あ、ああっ……!」

 待ち焦がれた挿入にキリエは感嘆の声を上げる。中を満たすヨハンの肉欲は張り詰め、内側から身体を焦がすような熱を孕んでいた。痛みはあったが、ヨハンのためならばいくらでも耐えられる。愛する男の欲望を甘受しながらキリエはそう思った。

「大丈夫ですか?」

 浅い呼吸を繰り返すキリエを心配したのか、ヨハンが気遣わしげに訊ねた。

「ぅ、ん……ヨハンの、硬くて……凄く、熱い……」

「……っ、煽らないでくださいと、言ったでしょう……」

 ヨハンが息を詰めながら言うと、キリエの中で肉欲がどくんと脈打つのを感じた。ヨハンもまた中で良くなってくれているのだとわかり、キリエはそれだけで幸福だった。

 だが、キリエは知っている。さらに深い、それこそ気が狂うほどの官能を。

「動いて……」

 囁きながら、キリエは両腕をヨハンの首に絡めた。自ずとヨハンに縋りつく形になった体勢で、愛欲の続きを乞う。

「壊してもいいから……いっぱいにして……」

「馬鹿なことを言わないでください。誰よりも大切な貴方を、私が壊せるはずがないでしょう」

 大切な貴方と言われたことに、胸がきゅうっと切なくなる。嬉しくて、幸せで、視界が熱いもので滲み始めたとき、嗚咽を封じるようにヨハンの唇が塞いでくれた。

 重なる唇が、胸が、身体が熱い。命が欠けたこの身体は、ヨハンと愛を交わすときだけ熱が宿る。生きていることを、実感できる。

「そのまま掴まっていてください」

「……っ、あ……っ……」

 全身を重ね合わせたまま、身体の奥を押された衝撃で溜息が溢れる。キリエを貫く欲望が、ゆっくりと中を行き来し始めた。

「あ、ん、ぅ……っ、あ、あ……っ」

 深く行き交う快感がキリエの意識を浚う。抜き差しするだけでなく、時折中を掻き回すように揺さぶられ、幸福と愉悦が指先まで駆け抜けていくようだった。

「痛く、ありませんか……?」

 絶え間なく腰を送ってくるヨハンの声は、興奮のせいかいつもよりも低い響きを帯びて掠れていた。

 もはや痛みはない。そこにはひたすら純粋な官能だけがあった。

「い、い……気持ちいい……」

「良かった……私もです」

「もっと……深く……」

 キリエが強請ると、ヨハンは強く突いてくれた。衝撃と快感を余さず受け止めながらも、さらなる愉悦を追うことをやめられない。

「あ、あっ、そこ……」

「ここ、好きですよね」

 キリエの弱いところはとっくにヨハンに知られている。キリエを再び追い詰めようとしているのか、ヨハンに執拗にそこばかりを攻め立てる。

「や、ああ……っ、そこ、ばっかり、だめ……」

「どうして?」

「んんっ……、あっ……、良すぎて……おかしくなっちゃ……」

「良いですよ……おかしくなっても」

 ずん、と重い衝撃が叩きつけられ、意識が一気に浮き上がる。二度目の絶頂が、すぐそこまで近づいてきていた。

「あ、あ、だめ、も……出ちゃ……」

きそうですか?」

 こくこくと何度も無言で頷く。そうすればきっとヨハンは容赦してくれると思っていた。しかし、期待に反してヨハンの腰の動きは止まらない。

「達ってください、何度でも」

「あ……!」

 広い寝台が軋むほどの衝撃で、体重を乗せて何度も深く貫かれた。突かれて、揺さぶられて、極みへと連れていかれる。

「ああ、あっ……、い……く……っ……!」

 導かれるままにキリエは精を吐き出した。中を突かれるたびに小さな絶頂が訪れて、先端から白濁が溢れていった。

 しかし、中にあるヨハンの欲望はまだ硬さを保っており、キリエの身体も二度極めてなお官能の熱が冷めていく気配がない。

 まだ終わらない。終わらせたくない。まだこうして、淫らに睦み合っていたい。

「ヨハンも……中で……達って……」

「……よろしいのですか」

 官能の熱に興奮していても、ヨハンはキリエへの気遣いを失っていなかった。

 ヨハンの優しさに、キリエは何度も救われてきた。けれど、今だけはそれを忘れて欲しくて、拙い手管で誘う。

「中に出して……僕で、 達って……」

「……貴方は、いつの間にそれほど扇情的になったのですか」

 ヨハンが少し困ったように眉を寄せて、汗ばんで額に貼りついた髪を梳いてくれる。

「全部、ヨハンが教えてくれたんだよ……」

「となると、すべて私の責任ですね」

 小さく笑い合いながら額を重ねていると、やがて唇も重なった。笑い声を上げながら絡め合う唇は濃密な情欲を纏い、再びの愉悦を約束してくれた。

「……あ……んっ……」

 軽く腰を揺らされ、駆け抜けた快感に甘い溜息が溢れた。両脚を抱え上げられ、ほとんど真上から突き立てられるような体勢のまま、より奥まで男を受け入れる。

「ああっ……ぅ、あ、あ、んっ……!」

 体重を乗せてヨハンが沈み込んでくる。自身でも未知の深みをこじ開けられながら、一分の隙なく溶け合っていくようだった。

「あ、あっ……、深、い……」

「苦しいですか?」

「わ、からな……、けど……凄く、いい……っ」

 奥を突かれるたびに瞼の裏がちかちかと白く染まる。膨れ上がった肉欲が内腑を圧迫する息苦しさですらもはや快美にすり替わる。

 寝台が激しく軋む音と共に、何度も奥を貫かれ、抉られる。そのたびに嬌声を抑えられず、キリエはヨハンの下でしどけなく乱れた。

「あ、あ……っ、くっ……ん……!」

 キリエを追い詰めるために動いていたヨハンが、いよいよ自らの快楽を追い始めた。低い唸りが混じった声と共に漏れる熱い吐息がキリエの膚を掠めていく。

 汗ばんでいる上、愉悦に蕩けて力が抜けた手ではもう縋りついていられず、キリエは腕を解いた。すると、落ちた手にヨハンが自らの手を重ね、指を絡めてくれた。

「あ……」

 キリエがか細く喘ぐと、ヨハンの瞳と視線が重なった。ヨハンはふっと優しく微笑むと、薄く開いたキリエの唇を再び塞いだ。

「んっ……あ、ぁ、ぅ……んん……!」

 互いに唇を貪り合っている最中にもヨハンの腰の動きは止まらない。それどころか、速さも深さも増していた。

 悲しいわけでも、苦しいわけでもないのに、眦から涙が流れてくる。ただ目の前にいるこの人のことが好きで堪らなくて、何も言わずに手を繋いでくれたことがこんなにも嬉しくて、幸せで。

「──愛しています、キリエ」

 最上の言葉を紡いだ唇が重なり、一際強く腰を打ち据えられた。

 声にならない喘鳴が喉を震わせていると、身体の奥で熱が弾けた。

 

 ◆


 次にキリエが目を開けると、素裸のまま柔らかな寝具に包まれていた。

 見慣れない天井と、眩い朝日が豪奢な部屋を染め上げるその景色に、ここがホーフハイマー家の別邸であることを思い出す。この部屋はヨハンとキリエの寝室であり、そして昨夜は……

「目が覚めましたか?」

 すぐ隣から聞こえた声の先へとキリエは視線を移す。そこでは同じく裸のままのヨハンが、穏やかな笑みでキリエを見つめていた。

「……おはよう、ヨハン」

 発した声は、自分でも驚くほどにかさかさに枯れていた。

「おはようございます。身体の具合はどうですか?」

 そう問われてようやく、身体中が鈍く痛むことに気づいた。特に腰の辺りと、そして瞼が重い。

「すみません。無理をさせてしまいましたね」

「ううん……これくらい、なんともないよ」

 かつて膚を裂かれて血を啜られていたことを思えば、この程度は痛みのうちにも入らない。何よりもヨハンと愛し合った名残なのだ。愛おしく思いこそすれ、厭わしいはずがない。

 ヨハンの指先が重い瞼と目尻をそっと撫でる。もしかすると腫れているのかもしれないとぼんやり思っていると、掛布を掛け直してくれた。

「今日はゆっくり休んでください。私も傍にいます」

「うん……」

 何も着ていないためか少し肌寒く感じていると、ヨハンが抱きしめてくれた。ヨハンの腕の中、何の隔たりもない素肌のからぬくもりを与えられ、心地良さにキリエはうっとりと目を閉じる。

 すると、ヨハンの手が何やらもぞもぞと動き、そしてキリエの左手を掴んだ。

 何事かと目を開きヨハンを見つめると、彼は真剣な瞳でキリエを見つめ返した。

「キリエ、貴方に伝えたいことがあります」

「なに……?」

 ヨハンの手が、キリエの左手を捧げ持つ。そしてその細い薬指に、光る輪を通した。

 それは、水色──ヨハンの瞳と同じ色の石を湛えた、白金プラチナ色の指輪だった。

 驚いて言葉を失うキリエに、ヨハンはまっすぐに宣言する。

「貴方を愛しています。私と、結婚してください」

「……っ!」

 それは、自らの瞳と同じ色の宝石をその証にした、永遠の愛の誓いだった。

 指輪が嵌まったその左手の甲に、ヨハンは唇を寄せる。生涯の忠誠を捧げてくれた、あの日と同じように。

「どうか、答えを」

 さまざまな感情が綯い交ぜになって、自分がいったいどんな顔をしているのかわからない。けれど、これだけは伝えたい。

 微笑むヨハンに、キリエは頷き返した。

「……はい、喜んで」

 そう答えると、再び強く抱きしめられた。


 この先、きっとそう遠くないうちに運命の日は訪れる。命が欠けた身体が、二人にそう告げる。

 ならばせめてその日まで、この人に愛され、愛すことを互いに誓う。

 永遠の愛を誓い、生涯の忠誠を捧げた唇を、二人は重ね合わせた。

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