2.騎士

 グロリア大聖堂には神子と大司教の他に、数人の小間使いと、聖堂騎士と呼ばれる男たちが十数名程常駐している。

 聖堂騎士とは、王国に仕える騎士団の中から選ばれる少数精鋭である。

 卓越した戦闘力に加え、とりわけ篤い忠誠心と信仰心、そして未婚であることが条件として求められるため、常に数が少なく、年齢層も高い傾向にあった。

 そんな聖堂騎士団の宿舎では、非番の騎士たちが昼間から盤上遊戯に興じながら、昨日の典礼の話題で持ちきりだった。

「昨日はまた参列者が増えていたな」

「毎週どんどん増えているよな。このままだと、近々大聖堂に入りきらなくなるんじゃ」

「神子様のお姿を拝むために、わざわざ遠くから参拝に来る者も増えたからな」

「今代の神子様はお優しい上に、見目も麗しいからな」

「大司教様だって大した人気だぜ。あの方が大司教になって何十年も経つらしいが、恐ろしいほどに姿が変わらないって評判なんだよ」

「聖職者になると歳を取らなくなるのかねえ」

 だんだんと下世話になっていく話を聞いていた聖堂騎士の一人・ヨハンは、その内容に辟易し、自室に取って返そうとしていたところを年嵩の先輩騎士に捕まった。

「なあヨハン、お前はどう思う?」

「どうって、何が?」

「神子様と大司教様だよ。お二人とも麗しくていらっしゃるって話し」

 ヨハンは盛大に溜息を吐くと、絡んできた騎士を睥睨しながら言った。

「神子様と猊下がどんなお姿をしていようと、我々の忠誠と信仰に変わりはないだろう」

「そりゃそうだけどさ」

「そういうことだ。……巡回に行ってくる」

「最年少聖堂騎士殿は、相変わらず真面目だねぇ」

 同僚の騎士の皮肉混じりの言葉も意に介さず、ヨハンは手早く身支度を整え、さっさと宿舎を後にした。


 ヨハンは王国騎士団に入団してから僅か二年足らずで聖堂騎士団に抜擢された、若干二十二歳の最年少聖堂騎士だ。

 鳶色の短い髪に水色の瞳を持つ彼は、子爵位を与えられた貴族の次男であり、文武両道を地で行く真面目で実直な性格と端正な風貌から将来を嘱望されていたが、本人の強い希望により聖堂騎士団への入団を果たしていた。

 最年少という立場ゆえに、年嵩の先輩騎士たちからはああやって揶揄われることもしばしばだが、皆聖堂騎士たる心と強さを持ち、頼りになる仲間たちであるため、ヨハンは特に気に留めていなかった。……とはいえ、まだ慣れないのだが。

 宿舎の喧騒から半ば逃れるように巡回に出てきたヨハンが、とりあえず中庭の方から見て回ろうかと考えていたそのとき、離れた場所を歩いていた小間使いがこちらに目を留めるや否や、足早に駆け寄ってきた。

「騎士様、よろしいでしょうか」

「何事だ」

 小間使いの表情を見るに、火急の用件のようだ。ヨハンは気を引き締める。

「王宮より神子様のお召しがありました。護衛にどなたか一人、騎士様にご同行願いたく」

「わかった、私が神子様に随従する。しかし、一人で良いのか?」

「内密のお召しとのことでして、護衛も最少人数に留めていただきたいとのご要望です。……大きな声では言えませんが、どうやら王太子妃殿下絡みとのことで」

「……承知した。神子様は裏口か?」

 小間使いからの言葉で意図を予感したヨハンは、神子の居場所を把握するなり、その場所へ直行した。


 ◆


 ヨハンと合流したとき、神子は外套を纏い、頭からすっぽりと頭巾を被って顔を隠していた。万が一王宮で誰かと鉢合わせをした際に、下手に混乱を招かないようにとの配慮とのことだ。

「このたびお供致します、ヨハンにございます」

「よろしく、ヨハン」

 初めてヨハンが一対一で相対した神子は、線が細く小柄で、物腰が柔らかい印象だった。

 大聖堂と王宮の間には、この二箇所を繋ぐ秘密の地下通路がある。

 その昔、王族が王宮から脱出するために造られたという如何にもありがちな言い伝えがあるが、真偽のほどは定かではない。

 地下通路を通って神子とヨハンが王宮に入るなり、待ち構えていた侍女たちに迎えられた。

 そしてすぐに、ヨハンの予期していた通り、王太子妃の寝室へと案内された。

 夫である王太子の一人目の御子を懐妊している王太子妃は、臨月に差し掛かり、出産が近いとされている。

 しかし、懐妊してからというもの体調が思わしくなく、表沙汰にはされないものの、以前から神子が召喚され、癒しを得ることがたびたびあった。

 王太子妃の寝室に入るなり、神子は被っていた頭巾を脱ぎ取った。

 ヨハンが初めて間近に見るその容貌は、息を呑むほどに神秘的で、可憐だった。

 ──これが、神子様……

 いつも遠目に見つめて警護していた崇敬の対象に、ヨハンは思わず目を奪われる。同僚の聖堂騎士たちが口を揃えて「神子様は麗しい」と賛美していたが、こればかりは同意せざるを得なかった。

「騎士殿はこちらでお待ちください。神子様はどうぞこちらへ」

 侍女が慣れた態度で、神子を垂れ幕の向こうへと案内する。この垂れ幕の向こうで、身重の王太子妃が臥せているのだ。

 待機している間、ヨハンは頭を振って思考を切り替えた。

 聖堂騎士たるもの、神子に見惚れて務めが支障が出るなどあってはならない。

 そのように自身に言い聞かせて、ヨハンは自らを戒めた。

 しかし、どれほど自戒しようとも、脳裏にあの可憐な姿が焼きついて離れなかった。


 ◆


 王宮に入ったのは昼過ぎ頃だったが、神子がようやく辞した頃には、間もなく夕刻に差し掛かろうとしていた。

 来たときのように神子は頭巾を被り、同じく地下通路を通って帰途に着こうとしたそのとき、神子の身体が大きく揺らいだ。

「神子様!」

 危うく倒れかけた神子を、ヨハンが咄嗟に抱き留めた。

 神子はヨハンの腕にぐったりと身体を預け、力のない声で謝罪した。

「ごめんなさい……少し、疲れてしまったみたいで」

「どうか私のことはお気になさらずに。失礼でなければ、背負って参りますが」

「……お願いします」

 か細い声で応える神子を、ヨハンはそっと背中に負った。

 修練を積んだ聖堂騎士であるヨハンにとって、神子の身体はあまりにも軽く、今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。

 神子を背負い、なるべく揺らさないように気を張りながら、ヨハンは足早に大聖堂に続く地下通路を歩く。その間、神子は一言も喋らずにヨハンに身を委ねていた。

 少しでも早く神子を休ませたい。そんな思いでヨハンは黙々とひたすら歩き続け、大聖堂に繋がる階段に差し掛かろうとしたとき、神子が自分で歩くと申し出た。

 言われるがままにヨハンは神子を背から降ろすが、やはり先ほどのこともあり、些か気掛かりでもあった。

「本当に大丈夫ですか?」

「おかげで少し楽になったよ。……ヨハン、このことは僕たちだけの秘密にしてくれる?」

 皆に心配を掛けたくないから、と神子は先よりも幾分かはっきりとした声色で言った。

 健気に、それでいて気丈に振る舞おうとする神子に、ヨハンは頷いた。

「承知致しました。口外しないとお約束します」

「ありがとう」

 頭巾の影でよく見えなかったが、ヨハンの目には神子が微笑んだように映った。

 階段を上り、続く先にある重い扉を開けると、大聖堂の裏口に出る。

 王宮に向かうときは高い位置にあった陽はすっかり傾き、間もなく夜が訪れようとしていた。

 頭巾をはずした神子の顔は、周囲の薄暗さもあってか青白く見える。

 一時は立っていることもできなくなった神子の体調を思い、ヨハンは随従を申し出た。

「お部屋までお送りします」

「ありがとう。お願いしてもいい?」

 二人連れ立って歩こうとしたそのとき、日中にヨハンに声をかけてきた小間使いが、足早に駆けつけてきた。

「神子様、騎士様、おかえりなさいませ。神子様、お疲れのところ恐れ入りますが、大司教様がお呼びです」

 用件を聞いた瞬間、神子の纏う空気が張り詰めたようにヨハンには感じた。

 しかし神子はすぐに眦を決すると、小さく頷いた。

「……わかりました」

 承諾する前に、躊躇いがあったのは思い過ごしだろうか。

 先ほど地下通路で倒れかけた神子の姿を目の当たりにしているヨハンは、語調を強めて小間使いに問い質した。

「神子様はお務めを終えたばかりでお疲れなのだ。今でなくてはならないか?」

「大司教様が、神子様がお戻り次第すぐにお連れするようにと仰せでして」

「しかし……」

「ヨハン」

 言い募ろうとするヨハンを、神子が静かな口調で諌めた。

「僕なら大丈夫。もう下がって」

「ですが」

「本当に大丈夫だから」

 神子は小間使いにすぐに向かうことを伝えると、再びヨハンに向き直った。

「今日は本当にありがとう。ヨハンもゆっくり休んでね」

 おやすみなさいと、神子は微笑む。──碧い瞳の奥に、翳りを宿したまま。

 ヨハンが気づいたときには、神子は外套を翻し、その場から立ち去っていた。


 ◇


 聖堂騎士団の宿舎に戻っても、神子のことが気掛かりになっていたヨハンは、居ても立ってもいられずに部屋を飛び出した。

 神子と別れてからさほど時間は経っていない。大司教の部屋の付近で待機していれば、用件を終えた神子と鉢合わせることができるかもしれない。

 そんな打算を巡らせながら、大司教の私室近くにある中庭に差し掛かろうとしていたそのとき、廊の隅に蹲る小さな影を発見した。

 よく目を凝らしてみると、見覚えのある祭服と白金色の髪が見えた。ヨハンの記憶の中に、この二つの特徴を持ち合わせた人物は一人しかいない。

「神子様……⁉︎」

 ヨハンが声を上げると、蹲っていた神子がのろのろと顔を上げた。可憐な容貌は、過度の疲労のせいか哀れなほどに窶れている。

「ヨハ……ン……?」

 神子が名を呼ぶと同時に、ヨハンはすぐ傍に膝をつき、目線を合わせた。

「申し訳ございません。神子様が心配で、無礼を承知でお迎えに上がりました」

「そう……だったの……」

「立てますか? おつらいようでしたら、お部屋までまた背負ってお送りしますが」

 ヨハンが訊ねると、神子は左右に首を振った。

「大丈夫……いつものことだから。それより……もしよかったら、少し話せないかな?」

「話し……ですか?」

「このまま部屋に戻っても、嫌なことばかり考えてしまいそうで……気分転換に付き合ってもらえると嬉しいんだけど」

 暫し逡巡したヨハンは、神子の要望を受け入れることにした。本当は今すぐ休んでもらいたい気持ちだったが、何やら気落ちしている様子の神子を一人にしたくなかった。

 神子の身体を支えて立ち上がらせ、中庭の中央にある長椅子まで連れて行き、座らせる。

「ヨハンは座らないの?」

 立ったまま控えようとするヨハンを不思議に思ったのか、神子が訊ねる。

「私はこのままで結構です」

「せっかくなんだから、座って話そうよ」

「ですが」

「もしかして、僕の隣に座るのがいや?」

「滅相もございません! ただ、その……」

 口籠るヨハンに、神子は首を傾げる。無垢な瞳に見つめられ続けるのが居た堪れず、ヨハンは正直に内心を白状した。

「あまりにも、畏れ多くて……」

 予想外の返答だったのか、神子の目が丸く見開かれた。

 しかし、神子はすぐにくすくすと忍び笑いを零し、頷いた。

「わかった。そのままでいいよ」

「申し訳ございません」

「気にしないで。僕の方こそ、困らせてごめんね」

 二人の間に、奇妙な空気が流れる。

 沈黙を破ったのは、神子の方からだった。

「ねえ、ヨハンはどうして聖堂騎士になったの?」

「と、言われますと?」

「聖堂騎士になると結婚ができなくなるから、ある程度歳のいった熟練の騎士がなることが多いってクレド様から聞いたことがある。でも、ヨハンは凄く若いよね? だから気になって」

「ああ、なるほど。確かに、私が今の騎士団では最年少です。今年で二十二歳になります」

 二十二歳の貴族出身の男子ともなれば、通常ならば家同士の繋がりや一族の繁栄のために結婚をする時期だ。にも関わらず、若い身で結婚をせず、聖堂騎士の道に進んだヨハンは異例と言えるだろう。

「僕と四つしか変わらないんだね。それなのに、どうして」

 この大聖堂の中で、珍しく年齢が近いヨハンに、神子はどうやら興味を抱いたようだ。

 普段は崇敬の対象であるはずの神子の年相応の無邪気さと振る舞いに、ヨハンは微笑む。四つ違いならば、ヨハンにとって神子は、ちょうど弟のような年齢だ。

 子どもの頃、妹か弟が欲しいと言っては両親を困らせていたことをふと思い出す。もし本当に弟がいたのなら、こんな感じなのだろうかと思いながら、ヨハンは語った。

「……これは両親から聞いた話ですが、私の母が若い頃に病を得た際に、先代の神子様に癒してもらったのだそうです」

「先代の?」

「はい。もう三十年ほど前になります」

 神子はその命を終えると、数年以内に次代の神子が誕生すると云われている。これは神子が転生を繰り返しているためでは、と憶測されているが、真相は神子自身にも不明だ。

「神子様のお力で母は健康を取り戻し、家族は幸せになり、私が生まれました。今我が家が繁栄し、私が在るのは、神子様のおかげなのです。恩を返すためとはまた違いますが、私は自ら神子様にお仕えすることを望んで、聖堂騎士になりました」

「そう……なんだ」

「神子様?」

 表情を曇らせた神子に、ヨハンは気色ばんだ。

「もしや、お気に触ることを申しましたでしょうか」

「あ、ううん、そうじゃないんだ。ただ、僕には家族の記憶がないから、どんな人たちなんだろうと思っただけ」

「……覚えていらっしゃらないのですか?」

 無礼を承知でヨハンが訊ねると、神子は微苦笑を浮かべた。

「この力が見つかってすぐ、この大聖堂に引き取られたから……二歳になるかならないかの頃だったって、クレド様から聞いてる」

「そんなに幼くして……」

「あ、誤解しないでね。寂しいとか、つらいとか思っているわけではないんだ。この力は神に選ばれた証で、苦しむ人たちを救える素晴らしいものだって、クレド様も言っているし、これが僕に与えられた使命だってわかってる」

 ただね、と神子は躊躇うように呟く。

 思いを吐露する表情は、ヨハンにはまるで泣いているようにも見えた。

「ときどき、どうしても考えてしまうんだ……もし神子に生まれなかったら、どう生きていたんだろう、って」

 そこまで語って、神子は頭を振り、大きく息を吐く。

 それから笑ってみせたが、ヨハンの目には無理をしているようにしか映らない。

「ごめんね。いきなりこんなことを言われても、困るよね」

 不意に神子が長椅子から立ち上がった。まだふらつくのか、咄嗟に手をついていたが、それでも倒れまいと気を張っているのがひしひしとヨハンにも伝わってきた。

 痛々しいほど気丈に振る舞おうとする神子の姿に、ヨハンは胸を締めつけられた。

 どんなに大人びていても、尊き存在であっても、結局は神子も生身の人間なのだ。

 神子が抱えている痛みは、ヨハンには癒せない。しかし、それでもせめて誠意を伝えたかった。

「……お慰めにはならないかもしれませんが」

 ヨハンはその場に膝をつき、神子を見上げた。

 素直に驚愕の色を浮かべている碧色の瞳と、視線がぶつかった。

「神子様はそのお力で、多くの民たちを幸せに導いておいでです。昨日の典礼で癒された少女も、間もなく生まれるこの国の世継ぎも、この先神子様に感謝を抱きながら生きていきます」

 そして彼らは、その先に生まれる子どもたちに神子に救われたことを語る。そうやって神子への敬慕は受け継がれていくのだ。ヨハンが両親から語り聞かされたように。

「神子様の苦しみや葛藤は、神子様にしかわからないものと存じます。ですが、そんな神子様をお支えするのが、私の栄誉です。どうかこれからも、おつらいときは遠慮なくお話しください。私でよろしければ、いつでもお相手致します」

「ヨハン……」

「……それに、失礼を承知で申し上げますと」

 ヨハンは微笑し、本音を口にする。

「神子様の素直なお気持ちに触れることができて、私はとても嬉しいのです」

「嬉しい?」

「はい。神子様にもそんな一面があって、やはり同じ人間なのだと感じました」

「……幻滅してない?」

「とんでもない。むしろお心に触れることができ、光栄です」

「……そっか。そうなんだ」

 頷く神子の表情が、和らいだものに変わっていく。胸の内を吐き出し、幾分か気持ちが晴れたのかもしれない。

「ねえヨハン」

「はい」

「明日からも、こうして僕と話してくれる? 今度は愚痴じゃなくて、もっと楽しいことを話したい」

「もちろんです。いつでも喜んでお相手致します」

 ヨハンが応えると、ようやく神子の顔に笑みの花が咲いた。いつもの楚々とした微笑みではなく、年齢相応の鮮やかなそれに、ヨハンは目が離せなかった。

「神子様、そろそろお部屋に戻りましょう。夜風がお身体に障ります」

「そうだね。……ねえ、もう一つお願いしてもいい?」

「なんでしょうか?」

「キリエ、って呼んでくれないかな」

「は……?」

 一瞬、何を言われたのかがわからなかった。耳馴染みのないその名に、理解が追いつかない。

 文字通りぽかんと呆気に取られた様子のヨハンに、神子は再び繰り返した。

「神子じゃなくて、キリエ。……名前で呼んでほしい」

「キリエ……様?」

「二人のときは“様”もいらない。僕、ヨハンと仲良くなりたい」

 乞われるがまま、ヨハンは「キリエ」と口にする。

 その瞬間、神子……キリエは、まるで大輪の花が綻ぶような美しい笑みを浮かべた。

「……今日は本当に、いろいろとありがとう。ヨハンと話せて良かった」

「私こそ、こうして神子様……いえ、キリエとお近づきになる機会を賜り、大変光栄です」

 名前を呼ばれたキリエは、はにかむような、くすぐったそうに微笑んだ。

 幼い頃に大司教に引き取られ、神子として傅かれてきた。名を知られること、ましてや呼ばれることは、恐らくほとんどなかったに等しいだろう。

「本当はもっと話していたいけど、言われた通りそろそろ休むね」

「お部屋までお送りします」

 名残惜しさは尽きないが、夜風に当たったキリエの身体はすっかり冷え切っていた。

 キリエを部屋の近くまで送り届けたヨハンは、別れ際、敢えて騎士としてではなく、友人として振る舞った。

「私はここで。……おやすみなさい、キリエ」

「うん。おやすみ、ヨハン」

 部屋の扉の向こうにキリエが消えていくのを見届けてから、ヨハンは一人、中庭から天を仰ぐ。

 煌々と輝く月が、白金色の光を降り注いでいた。

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