2回目の夏―希望と絶望の入り口

2回目の夏



 半ば覚悟していた。目を開けるとまたあのバスの中だった。


「おいおい裕也、顔死んでるぞ。まだ始まってもないのにさ」


驚いて鈴下を見つめてしまった.、鈴下が前回と違うことを喋っている。


「あ、ああ。緊張してるだけだ..」


鈴下は一瞬不思議そうな顔をしていたが納得したと思う。


一人で奮闘しても前回のようにジリ貧。でもこの短時間じゃ全員と話すなんて不可能に近い。ならあいつらしかいない。鈴下。石岡。この短時間で状況を打破できるのは。


意を決して鈴下に喋りかけた。


「鈴下、今日の相手ピッチャーはあまりお前の嫌いな軟投派のピッチャーじゃなかったはずだ。どちらかというと本格派で変化球もカーブとスライダーしかない。」


「どうした急に、そして何でそんな詳しいんだよ?」


鈴下は目をパチクリさせながら僕を見てきた。


しまった、時間がないから焦りすぎた。理由も考えていない。


嘘はつきたくない。でも考えている暇もない。


「一回戦で稲毛台に負けた中学に僕のリトルの時のチームメイトがいるんだよね」


嘘は言っていない、たしか佐藤だか田中だかいたはず。


とにかく信じてもらわなきゃ意味がない。


「おい、石岡。森本お前苦手だったっけ。...だったら、裕也に聞いてみたら? なにか知ってるかもよ。」


鈴下が呼んでくれるなら話が早いこれで少しは...


「成瀬、お前なんか森本のクセ知ってるのか?」


若干食い気味に石岡が聞いてきた。


「も、森本自体に決定的な弱点はないけど、森本以外なら石岡でも全然抑えられなくないから基本フォアボールにしてもいいからボール先行でミスショット狙うのが一番良さそう」


話してるうちに成田の森第一公園球場についたので後輩とも比較的喋る鈴下に相手ピッチャーの特徴をチームに話してもらうことにした。


 「プレイッ!」


審判の高らかとしたコールで試合が始まった。


もう当たり前ではあるが相手ピッチャーは前回と同じ構え、同じ顔。


そして第一球目だけはタイムリープしても同じ。僕は自信を持って構えた。



ピッチャーの初球はやはりスライダー。


すましたように右中間へ打ち返し今回は滑り込む必要のないツーベースヒット。



二番鈴下はバントの構えを見せず叩きつけるように引っ張ってセカンドへの進塁打となり1アウト三塁、これで十分だ。前回と同じような結果ではあるが全然違う。黒田は冷静にボールを見極め2−1からの三球目をレフト定位置より若干深いところに飛ばす。


打球がレフトのグラブに収まった瞬間、三塁コーチャーの高崎がゴーサイン。


僕は三塁ベースを蹴ってホームへと突っ込む。


ホームに滑り込んだ瞬間砂埃が舞う。


一瞬の静寂。


「セーフッ!」


審判が両手を広げた時、ベンチから歓声があがった。僕も地面を叩いた。



そして四番千葉の低く鋭いライナーがライトへ襲う。ライトの前に落ちて歓声を上げる。


流れがこっちに傾いている、僕は確信した。


五番石岡のカーブを捉えた打球はセンター方向のフェンスにあたりタイムリーツーベースヒットとなり追加点を上げる。もう一点欲しい場面ではあったが六番に入っているキャッチャーの織田が空振り三振に倒れ三点目は上げれなかった。



 一回裏の相手の攻撃は一番が前回の通りにクリーンヒットを打つが二番のセーフティバントをサード中野に伝え、5−4−3のゲッツ―を取りツーアウトランナーなしとするも三番にストレートのフォアボールを出してしまい鬼門である四番森本を迎える。



「ツーアウトだからなー打たしてけー」と常套句を石岡にかける。



森本は石岡の三球目を捉えていい角度で上がるもライトフライ、石岡は安堵の息を吐いた。


上位打線をおさえて上々の立ち上がりを見せてくれた。


よし、僕も石岡を楽にしてやるか。



 そこからは一進一退、いや若干僕らが押されているか。


先発の石岡は5回2失点と十分抑えてくれたが継投した二番手の左腕である大井が2者連続のフォアボールから連打を浴びてしまい6回に3点を取られ同点に追いつかれてしまう。



ベンチに戻った大井の顔は青ざめていた。


「これは...次の回は無理だ」


誰が見てもそう思えるほど、動揺が滲んでいた。



 そしてついに中学野球の延長を除けば最終回となる7回を5対5で迎えた。


この回は8番から。


僕にも、回ってくる。しかも、この三人は今日よく当たっている。


「僕が決めてやる」


そう強く思いながら素振りをした。



だがここで相手の監督が出てきた。


ピッチャー交代の合図。


何気なくベンチを見る。


相手ベンチから8番の背番号をつけた選手がゆっくりとマウンドへ向かってきた。



森本だ。



いやあり得ない。

あいつはバッターだ。ピッチャーじゃない。


そんなはずは...



だが森本は何気ない顔で投球練習を始めた。


8番がいや森本が投じた初球―――


ズドンッ、キャッチャーミットが音を立てた。

130km近い速球。


ベンチの空気が一気に凍りついた。


体の奥が急速に冷えていった、


指先が震え、素振りをしていたバットを握る力が少しだけ弱くなる。


「嘘だろ...」


僕はただ、マウンド上の森本を見つめていた。



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